2.ファザコンかも知れない
なんだか
先週、美容室で整えてもらったばかりの、内巻きショートボブの髪をいじりながら、視線が泳ぐ。
「ごちそうさまぁ。それで、なんだっけぇ? せーちゃんのお話ぃ?」
「なんで、こんな時だけは物覚えいいかな。この野郎」
思わず、毒が吐いて出る。いや、野郎じゃなくて、正しくは
あたしを入れて机を囲んだ三人の内の一人、
泣き
だから超絶モテる。気がつくと彼氏が変わっている。毛先に少しウェーブ入った長い髪がゆるふわで、オツムがふわふわで、オマタがゆるゆるだ。
「
「
三人の内のもう一人、
吸い込まれそうな
二人の間を、視線が泳ぎ疲れて、観念する。ペットボトルのダイエット茶を、一口あおる。
「悩みって言うか……あの、さ。引かないでね? あたし、その……」
中等部からの仲でも、デリケートな話題は、やっぱりためらう。なんでこんな状況に追い込まれたのやら。顔に出してるつもりはなかったけれど、女の
「ちょっと……ファザコンかも知れない」
「えぇー? キモぉい!」
「うん。あんたはそうくると思ってた」
「
「ワープしないで。一から一〇〇までに、九十九段階あるでしょ」
断じて、そんな人の道を踏み外した話ではない。どうなってんだ聖書。
「せーちゃんパパって、そんなイケオジだったのぉ?」
「全然。むしろ普通より下だよ。毛深いのに髪は薄くなってるし、服は適当だし、太ってるし
「男らしくて、飾らなくて、頼り
「お願いだから帰ってきてよ。宇宙の果てから」
あたしの理想は、知的かつ
とにかく、限りなく保健体育に近い漫画やドラマで、父親なんてのは娘にとって、
「若くても、オマタの毛はみんな生えてるよぉ?」
「そんな生々しい情報、
つまりは、あたしの父親と理想のタイプは、正反対だ。ここまではいい。清く正しい。
「でも……嫌いじゃないんだよね」
キモいとも、ウザいとも、ムカつくとも思わない。
大声で
客観的に評価しても、距離が近い。これは
健全な娘は、思春期に父親を嫌わなければいけないはずだ。
「……それくらいなら、きっと考えすぎだよ」
お
「家庭の中のお父さんって、イメージ変わってきてると思う。ほら、
「うん。まあ、そうだよね」
「私たちの親世代なら、なんでも普通に話せるし、家のこととか、子供の学校のことだって、夫婦で助け合ってる感じがする。もちろん、例外はいろいろ、あるかも知れないけど」
「じゃあ、のえるのとこは例外かなぁ。パパ、のえるには甘いけど、ママには
「なんか、わかる。それ」
「子供から見えるお父さんって、半分くらい、お母さんを通してるんだよ。お母さんからの好きとか、嫌いとか。
あたしは、ちょっと言葉を失った。
言われてみると、そうとしか考えられない。
我が家の父親と母親は、娘から見てもラブラブだ。
ファザコンじゃなくて、嫌いにならなくてもいい、嫌うことで違うタイプに幸せのイメージを求めなくていい、とすれば、家族関係をひっくるめて健全のはずだ。
「すごーい! のえるも同じ、って言うか、せーちゃんの逆ぅ! ママみたいな耐える人生イヤだなって思ってたし、だから、パパみたいな人ちょっと信用できないな、って思ってたぁ!」
「さらっと闇が深いこと言うな。頭、追いつかないよ」
「じゃあさ、じゃあさぁ! さーちゃんはどうなのぉ? さーちゃんパパとさーちゃんママのこと、好きぃ?」
「え……わ、私?」
いけない。この場は、悩みを解決してくれた恩人だ。あたしが守ってあげなくては。
そう思っている間に、当の本人が、爆弾を投げ返した。
「私は……恥ずかしいな。
また、言葉を失った。
頭の上に聖書が浮かんだ。漢字で題名が書いてある本のイメージだけど。中身は知らないけど。
多分、禁断の保健体育っぽいなんか、のはず。
「あ、ご、ごめんね。おかしな意味じゃなくて……去年、お母さんが男の人と出て行っちゃって。今は、私とお父さんの二人で暮らしてるの」
「えぇー! さーちゃんママ、やるぅー!」
「そっちなのっ? いや、まあ、確かに耐えてないけど!」
突っ込みが続かないあたしに、
「ん、と……結婚する前からずっと好きだった人で、でも、事情があって結ばれなくて……それで、再会したら今度こそ一緒に、なんて感じだったみたい。お母さん、泣きながらあやまってた」
「え? そんな
「せーちゃん、毒が隠せてないよぉ」
「お父さんも、昔から知ってたみたい。それでも幸せにするって約束したのに、できなくてごめん、って、やっぱり泣いてあやまってた」
そっちはそっちで、ガムシロップ吐いてたのか。人間、いろんなものを口から吐けるな。
うん。ぎりぎりで、吐く前の毒を飲み込んだ。それこそ、
「それで、さーちゃん、さーちゃんパパの方に残ったんだぁ。のえるなら、お金だけ出してもらって、一人暮らしするなぁ。さーちゃんママの方についてく気もなかったんなら、確かに、ちょっとファザコンっぽいかもぉ」
「いや、一人暮らしはともかく、母親の方はあり得ないでしょ」
「でもぉ、すっごく優しくて美形でお金持ちのオジサマだったら、のえる、好きになった相手の女子高生バージョンでしょぉ? がんばって、
「地獄の
もう、突っ込みにもキレがない。それでも
「うん。そういうことなんだと思う」
「わかんないよ……そういう、って、今の会話のどこなのよ……?」
「相手の人は、きっとお父さんより優しくて、素敵で、お金持ちなんだよ。私のお父さんは世界に一人だけで、代わりなんて誰もいないけど……お母さんにとって
「……」
「……」
あ。さすがに
「私もお母さんの娘だから、きっと同じ。結婚はしないの。だって、人のことを条件だけで比べるなんて、自分も相手の人も不幸にするだけでしょ? 私の特別はお父さんだけで、お父さんの特別も、もう私だけ」
おかしいな。気温が下がった気がする。湿度は上がった気がする。
「昔の時代劇でさ……お父さん、おかゆができたよ、おまえには苦労ばかりかけるな、それは言わない約束よ、なんてシーン、あったじゃない? あれ、すごくいいよね……私も月に一回くらい、濃い味のおつまみを作って
うん、犯罪だ。法律は詳しくないけれど、メイビーで犯罪だ。
「それで、本格的に倒れたらね、一人で自宅介護するの。入院とか、本職の介護士さんがやるより、
なんだか、周りの景色も暗くなる。お昼休みだったはずなのに、どんどん暗くなる。思わず、
「お父さんが死んだら、お
大丈夫の定義がわからないよ。でも多分、大丈夫じゃないよ。
ものすごい
「ごめんね! やっぱり私、ちょっと本気っぽいよね? やだ、本当に恥ずかしいな……!」
「うん……ちょっと、をくっつけたのが、図々しすぎるかな……」
「人生設計……しっかりしてるよねぇ……」
あたしと
ああ、もう。どうなってんだ聖書。いや、世の中か。
〜 愛と青春の多様性デス! きっと完…… 〜
愛と青春の多様性デス! 司之々 @shi-nono
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