異世界予備校 獣人と戦士はトーダイに行け!!

古野ジョン

第一話 予備校、立てよう!!

 ジュケン帝国に転生してから、三年目になった。この世界での俺の名はハルト。自分で言うのもなんだが、前の世界では一流大学に通っていた。けど、サークルで内輪もめした挙句に同級生に刺殺されてしまった。向こうの世界じゃ大騒ぎになっていそうだが、今の俺には関係のないことだな。


 俺はこの世界でも学生をしている。トーダイン帝国学院(通称トーダイ)の魔法学科というところに通っていて、二年生に進級したばかりだ。トーダイは博物学科、冒険学科、魔法学科、歴史学科で構成されている四年制の学校だ。


 今日は「冒険学実習」という授業で、十数人の学生と一緒にとある洞窟を訪れている。この科目は全学科の学生が履修しなくちゃならんので、魔法学科の俺も渋々この授業を受けているというわけだ。


「諸君、あれの正体が何か分かるか? ハルト君、答えたまえ」


 洞窟の隅を指さしてそう話すのは、引率教員のキーゼル・イエラだ。魔法学科長も務めていて、トーダイの中でもかなり偉い人らしい。俺はキーゼルの言葉に対し、気の抜けた返事をする。


「はあ、何でしょうか」


「見て分からんのか!! これだから常人は」


「すいませんねえ」


 またこれだ。このキーゼルというのは魔族以外の人間を悉く差別している。この世界には、魔族、戦士、獣人、常人(要するにただの人間)という四つの属性がある。だが、トーダイの人間は(学生も教員も)ほとんどが魔族で占められていて、俺みたいな常人は滅多にいない。そのため、キーゼルは俺のことをよく思っていないようだった。


「仕方ない。ジメイ君、答えたまえ」


「はい、クスリタが洞窟の壁に偽装した姿です」


「正解だ、やはり魔族は賢いな」


 今キーゼルの質問に答えたのは、マイカ・ジメイという魔族の女だ。成績優秀なうえに、誰もが認める美少女。家柄も兼ね備えた、才色兼備という言葉の似合う奴だった。


 クスリタってのはモンスターの名前だ。カメレオンのように周囲の景色に擬態している、中型のスライムだ。決まった形は無く、状況に応じて流体のように姿を変えてしまう。


「ではタロイ・サト、君がクスリタを討伐したまえ」


「えっ、自分がですか?」


 キーゼルに指名されて驚いた声をあげたのは、タロイ・サトという博物学科の男だ。彼もトーダイでは珍しい常人で、成績優秀者としてよく表彰されている。しかし、戦闘スキルは皆無のようで――


「とおりゃああああ!!」


 情けない叫び声とともに剣を振り回していた。当然クスリタに当たるはずもなく、全くダメージを与えられていなかった。


「見たまえ、あの無様な姿を!!」


 キーゼルがタロイを指さし、大きな声で醜く笑った。マイカを除く他の学生達(皆魔族である)も大声で笑い、タロイを馬鹿にしていた。


「……全く馬鹿らしい。魔族の誇りは無いのかしら」


 マイカはため息をついてそう呟いた。彼女は魔族にしては珍しく、他属性に対する差別意識を持っていなかった。魔族としての誇りを持っており、昔ながらの名家の令嬢として振舞っていたのだ。


「君のような魔族がいるだけでも、俺たち常人には有難いよ」


 俺は彼女にそう告げた。実際、学生生活で魔族にいじめられそうだったのを彼女に何度か助けられたことがあった。なぜ助けてくれるのか理由を聞いたことがあるが、その際の返答は――


「一年のとき、あなたに『魔法学序論』の成績で負けたからよ」


 というものだった。よく分からん理由だが、美少女に助けてもらって悪い気分ではなかった。


「おりゃああ!!」


 タロイは相変わらずブンブンと剣を振り回しているが、クスリタがやられる気配はない。流石に可哀想になってきたので、助力を申し出ようとしたそのとき――


「タロイ君、危ない!!」


 マイカが叫んだ。クスリタが怒り、その口を開けてタロイを飲み込もうとしていたのだ。俺は慌ててキーゼルの方を向き、対応を求めようとした。


「フハハ、常人のくせにトーダイにいるのが悪いのだ!」


「「「ハハハハハ!!!」」」


 しかし、キーゼルはこの調子で他の学生たちとタロイを馬鹿にするばかりだった。だんだんと腹が立ってきたが、今はこいつらに構っている場合ではない。


「タロイ君しゃがんで!! ホノ・ワンサム!!」


 マイカは呪文を唱え、炎魔法を発動した。タロイが慌ててしゃがむと、その上を火の玉が通過していき、クスリタに直撃した。が、クスリタには全く変化が無い。


「嘘、効いてない!?」


「アイツは水系だ、脊髄反射でホノを使うんじゃねえ!!」


 大体のモンスターは、炎魔法で焼かれると死に至る。そのため、魔族はモンスター討伐の際には炎魔法で片付けてしまうことが多い。しかし、クスリタを構成するのは水だ。炎魔法の相性は悪い。


「いくぞ、ラーメン!!」


 俺は腰につけた魔石を握りしめ、呪文を唱えた。俺みたいな常人でも、魔石を使えば魔法を使うことが出来るのだ。次の瞬間、クスリタは細切れになり、その体液をぶちまけた。


「うわっ!!」


 タロイはなんとかその体液を躱した。バシャッという音ともに、近くの壁が赤く染まった。ふう、危機一髪だ……


「貴様ァ、何をしたのか分かっているのか!?」


 すると、キーゼルが俺に向かってキレてきた。俺はコイツが怒っている理由を察した。クスリタはその臓物に薬剤としての価値があり、売り払えばそれなりの値がつく。それなのに俺が内臓まで細切れにしてしまったもんだから、台無しになってしまったというわけだ。がめつい奴だなあ。


「タロイ君が助かったんだから別にいいじゃないすか」


「ふん、エセ魔族が」


 そう言い残し、キーゼルはタロイの方へと向かった。


「もとはと言えば貴様がクスリタを仕留め損ねたからだ。どう責任を取るつもりだ?」


「責任ってそんな、ええ?」


「その態度が気に入らんのだ!!」


「ぐぇっ!?」


 キーゼルはタロイに蹴りを入れた。タロイは思わず、クスリタの死骸の方へと倒れ込んでしまった。


「やだ、きったな~い!!」


 その様子を見た魔族の学生達がクスクスと笑っている。俺とマイカはタロイのところへ向かい、汚れを拭いてやった。


「ごめん、二人とも」


「謝ることないさ」


「そうよ、同じ魔族として恥ずかしいわ」


 その後、実習を終えた俺たちはトーダイに戻った。服を着替えて帰ろうとしたが、俺はふと周囲の景色を見渡した。キャンパスを見渡す限り、どこもかしこも魔族だらけ。こんなんじゃ、魔族以外の地位が低いのも仕方ないなあ。


 俺はトーダイの現状を整理してみることにした。そもそも、トーダイが設立されたのは魔族を優遇するためではなかったはずだ。


 このジュケン帝国は、冒険者が集めた財宝から税金を集めることで成り立っている。彼らはその対価として、活動に対するバックアップをしてもらっている。すなわち、冒険者抜きで国が成り立つことはあり得ないってわけだ。


 そんなわけで、冒険者たちも効率化のためにギルドを組んで活動するようになった。国もギルドの登録制度を設け、活動を支援するようになった。とは言っても、ギルドの長がしっかりしていないと冒険は成り立たない。


 そこで、ギルドマスター養成のための教育機関を設けることになった。それで、このトーダイが設立されたというわけだ。冒険者たちを引っ張っていける人材を育成するために、専門的教育を行っているというわけだ。


 トーダイを出てギルドマスターになれば、かなりの地位と名誉が約束される。財宝の取り分も大きくなるため、皆裕福な暮らしをしていることが多い。したがって、トーダイに入ることは将来を約束されることと同義なのだ。帝国の政治に携わっている者も、ほとんどがトーダイ卒だ。


 そういう理由で、帝国の若者はトーダイを目指したがる。だが――現実にトーダイに入っているのは、ほとんど魔族ばかりだ。魔法を覚えさせるため、魔族は小さい頃から子どもに熱心に教育する。すなわち、帝国の四種族(魔族、戦士、獣人、常人)のうち、教育という文化があるのは魔族だけなのだ。


 ゆえに、トーダイの難しい筆記試験を突破できるのは魔族だけだ。そのせいで、国の要職はほとんど魔族が占め、冒険で得られる利益も彼らが持って行ってしまう。他の三種族は地位をどんどん落としていく一方だ。


 こんな国、明らかに健全ではない。改善するには何を、何をすれば…… ん?


 よく考えれば、戦士や獣人をトーダイに送り込めばいいんだよな。入試を突破するのに必要な物と言えば、アレしかないじゃないか……!


「予備校、作るかあ……!!」


 こうして俺は、トーダイ受験予備校を設立することにした。すべてはこの国を変え、魔族が傍若無人に振舞う現状に抗うため……!!

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