@rabbit090

第1話

 嘘みたいだって思っていた。

 この感情は何って、動揺もしていたのだろう。

 とにかく日常は壊れて、俺はそのまま、姿をくらませるしかなかったのだ。

 

 「男に生まれてよかったことって何?」

 「そりゃ、力もあるし、めんどくさい話はいらないし、楽ってところじゃないか。」 

 「それ、いいこと?」

 「いいよ、俺には。俺はさ、知ってるだろ。全部嫌なんだ、だから、お前もとっととどっか、行ってもいいんだからさ。」

 「そうやって、試してるんだ。あたしが本当にいなくなるかどうか。」

 「まさか。」

 「もう。」

 でもそうだ、事実だ。でも、絶対に、認めたくないから笑うしかない。きっと、認めてしまったら終わってしまうから、だから。

 俺は、恋をしたことが無かった。

 そういうことは、あるって思っていたけれど、違うんだ。何か麻薬を吸っているかのような絶望的な、その感覚。いやだ、間違っていると思う事すらない、全てが正しくて透明で、そしてどこかぼやけていた。

 俺はそのピントの合わない何かにいつも、恐怖を覚えていた。

 でも、まあいいか。

 これってきっと人生のライフステージというか、甘んじて受け入れよう、だなんて傲慢な考え方をしてごまかそうとしていたけれど、それではだめだった。

 彼女は離れて行った。

 それも、必然だったのだ。でも、

 俺はどうしても、受け入れられない。

 いや、受け入れているけれど、耐えられない。

 常に何かを探し求めるようになってしまって彼では遅かった。

 そして、この度、まさかって感じだけど、彼女が死んだ。

 死んだ?何で、そう思ったけれど病気だったらしい。ガンだってことが分かってからたった一か月で死んでしまった。そして、友人の伝手で葬式に参列したけれど、彼女の近くには悲壮な表情を浮かべて男が、いた。

 それから、そう、それから。

 というか、これから。

 俺はいったい何に満足すればいいのだろうか。

 仕事も、とにかく稼ぎたくて起業し、今はほとんどを社員で回すことができている。

 専門的なものではなく、商業のようなものであるから、俺ではなく誰でも、活躍し知識を蓄えていけるというメリットがあり、それを好む人間によってどんどんたくましく、成長している。

 「呆然としてるね。」

 「ああ、だってまさか死ぬなんて、思わなかったんだ。」

 「まだ好きなの?」

 「いや、好きとかじゃなくて、感覚として何か、そういうのあるだろ?」

 「分かんない。」

 「分かんねえか。」

 「悪かったな。」

 「いや、俺もよく分かってねえからな。」

 「ふふ。」

 こいつは、俺の会社で役員をやっている大学時代からの友人だ。気が弱いところはあるけれど、しっかりとして責任感があり、というかチートを使わないから会社が混乱せず、統率の取れた組織として成り立っている。とても、貴重な人間だと思っている。

 俺もこいつも彼女なんかいなくて、適齢期でもあるのにぶらりぶらりと遊び回っている。けど、こいつはその内、可愛い女と出会ってそれを運命だと信じて、死ぬまで突き進んでいくのだろうなあ、と考えることがある。

 なんか、本当によく分からなくて、運命って何だ?

 何をすれば満足するのか、それすら何一つ分からなかった。

 「それより、会社の方はどう?もう俺要らないって感じ?」

 「何だよそれ、要るよ。でも、お前もまだ来いよ、みんな待ってるからさ。」

 「ああ、そうしたいんだけど、会社がうまく回ってるなら、俺みたいなやつが絡むより、いいのかなって思って。」

 「はあ、会社ってさ、急に折れるんだぜ?ちゃんと見てくれる奴がいないと、ダメだろ?」

 「ああ、数字は見てるんだ。でも、社内は分かってない。それじゃダメってこと?」

 「ダメだよ、全く。雰囲気ってものがあるしさ、先導してほしいって思ってるんだ。」

 「そうか。」

 「そうだよ。」

 と、くだらない近況報告みたいなことだけを月何回かしていて、それだけですべては万全だった。

 だから、ちょっとだけ欲をかいたんだ。

 「俺、会社もう一つ作るから。」

 「は?」

 「こっちには迷惑をかけない、だから大丈夫。」

 「それって…。」

 「とにかく、準備があるからごめん、先行く。」

 「ああ…。」

 俺は会計を済ませ、足早に店を出た。

 だって、あいつが死んだときら決めていた。

 俺は、このままじゃ嫌なんだ。

 俺は、何かをずっと探している。けれど、それが何なのかすら分からない。ずっと、不満足な状態で、動き回って、結局野垂れ死ぬような、そんな生き方しかできないだろうけど、強く思ったんだ。

 とても大事だったあいつが、死んだんだ。

 なら俺は、何でもやってやる。

 とにかく動いて動き回って、幸せになってやる。


 たまに、涙がこぼれることがある。

 昔から泣き虫だったと母に言われたが、それが嫌でいつも強がって、虚勢ばかり張っているから誤解される。

 でも、そんな母も死んでしまって、俺は、やっぱり一人になってしまった。

 感傷的な空気が好きだった。

 だって、その中にいれば俺は、悪意の中から抜け出せる。

 舞台の真ん中に立って、耳目を集めながら踊っていられるのだ。

 けど、いつも、こんなことじゃないと、何かが、誰かが叫んでいる。

 しかし、その正体はつかめない。

 足元が宙ぶらりんになっているようなそんな感覚を、俺はただ拭いたかった。

 

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