三丁目の交差点は今日も涼しい

池田春哉

第1話

「運命って幽霊みたいよね」

 隣の席に立つ蓮見はすみはそんなことを口にした。彼女も混乱しているのかもしれない。

「まあ音は似てるよな」

「いや語感の話じゃなくて。もっと本質的な話よ、川越かわごえくん」

 自分の席に立つ僕に、彼女は自分の主張を順序立てて説明する。

「運命って目に見えないでしょ? だから本当にそこにあるかなんて誰にもわからないの。実在させるなら信じるしかない。信じればそこにいるし、信じなきゃどこにも存在しない。幽霊とおんなじ」

「じゃあ蓮見さんは信じてるんだね」

「いいえ。私は運命なんか信じない」

「なんでだよ」

 僕の声は思いのほか大きく響き、彼女ははじめてこちらに顔を向けた。周りのクラスメイトたちはちらりとも振り向かない。

「なに怒ってるのよ。びっくりした」

「怒ってない。ボケたからツッコんだだけだ」

「私ボケてないけど」

 彼女は首を傾げる。本当に意味がわかってなさそうな顔だ。

 気付いてないってことも無いだろうが、僕は改めて教えてやる。

「もっと表面的な話だよ、蓮見さん」

 僕たちは自分の席に立っていた。

 もっと言えば、自分の席の机の天板の上に立っていた。

 クラスメイトたちは全員が着席して暗い顔で俯いている。黒板の前に立ってこちら側を向いている担任も、その悲哀に満ちた目で僕たちを捉えることはない。

「僕たちは、幽霊だ」

 二人の足元。

 教室最後列に並んだ二つの机の上には、まったく同じ花を生けた透明な花瓶がひとつずつ置かれていた。

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