後悔 罪の重さを知る (シュウ)

「何でもします、どんな風に扱っても構いません、だから…… シュウのそばで償わせて下さい…… お願い…… します…… お願いします……」


 泣きながら高校最後の別れから今までの事を語った愛梨。

 あの映像を見てしまっているから、すべて愛梨の語った通りなのかは分からない。

 愛梨が自ら求めているように上手く編集されていても、動画の中で言っていたのは紛れもなく愛梨の口から出た言葉だった。


 他人が見たら今の愛梨の話を信じられないかもしれない…… でも、俺には愛梨が嘘はついてないとなんとなく分かる。

 だって今更誤魔化しても自分の立場が更に悪くなるだけだから。


 分かりはしたが…… 俺の気持ちは余計複雑になってしまった。

 すべてを語られて、すべてを許せるのか? 普通だったら許せないだろう。


 でも…… すべての元凶が自分だった場合は?


 この怒りや苦しみをどうすればいいのか分からなくなっているんだ。


「うぅっ…… 何で…… 何でシュウは…… 私が…… 不倫、していたのを知っていたのに…… 何も言わなかったの?」


 何故言わなかったか…… 言わなかったんじゃない、止められないと思って言えなかったんだよ……


 浮気を疑って興信所で色々調べてもらった結果を見て…… 俺と別れた後に付き合っている人がいたと分かり、その元カレの現在の状態を知って…… そして何か覚悟を決めたような顔をした愛梨を見て…… 


 ここで俺が止めてしまえば、この先ずっと愛梨は何かに後悔しながら生きていくような気がしたから…… 後悔しながら笑って誤魔化し、俺と生活を続ける愛梨を見たくなかったから…… だから俺も、苦しくて辛かったけど見て見ぬふりをする事を選んだ…… 


 かつて恋人だった二人が泊まりで旅行に行く、その後どうなるかなんて誰が考えても分かるような事を…… 許してしまったんだ。


 それなのに頭の中で想像して、ある程度覚悟していたものと、現実の差にショックを受け、何も考えられずにどうしていいか分からなくなってるんだよ。


 でも…… それでも……


「愛梨が…… 悩んで決めた事だと思ったから……」


 結局、あの時の愛梨を俺は止められなかったと思う。

 泣きそうで辛そうなのに、それでも何かに立ち向かおうとしていた愛梨を……

 そんな様子を見ていたら、専門学校時代に何かがあったのは分かる…… 俺が愛梨を傷付けて、別れていた専門学校時代に……


「うっ…… うぅぅぅっ…… ひぐっ、ごめんなさい…… ごめんなさい……」


 床に頭を付けて泣き崩れていても…… 手を差し伸べられない。


 抱き締めて泣き止むまで宥めてあげたい…… でも触れられない……


 すぐには許せない、許したいけど許しなくない、でも許したい…… 

 様々な感情が胸の中を刃物を持ちながら駆け回っているようだ……


 その刃物は…… 『すべておのせいだろ?』と言いながら、俺の心を刺してくる。


 だから俺は、泣き崩れる愛梨を見つめていることしか出来なかった。


 その後、居たたまれなくなり、逃げるように寝室へと戻りベッドに倒れ込んだ。


 不自由な利き手、もし無事なら家から飛び出していただろう。

 

『また、お前は逃げるのか?』


 許せない気持ちの裏にはそんな感情が潜んでいて、怒り狂う事すら出来ずにいる。


 現実から目を背けてはいけない。

 これからどうするか、すぐには決められない…… なら、よく考えて答えを出すしか…… ないんだよな……


 愛梨……


 愛梨の元カレを恨む気持ちはある。

 でも、もし俺があの時劣等感に耐えられず逃げたりしなかったら…… 彼もこんな事はしなかったんじゃないかと思うと…… 更に彼の病気の事もあって、とてもじゃないが恨みや憎しみをぶつけようとは思えないんだ。


 しかも、人見知りで恥ずかしがり屋で、簡単に人に心を開くタイプではない愛梨が好きになったと言った…… けど…… 愛梨の語った過去の話…… 本当に幸せだったのだろうか? 幸せなら…… 


 ……あぁっ、もう何も考えたくないな。

 一つ考えれば、怒りが湧いてきて、でもすぐに罪悪感が襲ってきて悲しくなる。

 

 本当許してもらう必要があるのは…… 誰なんだ?


 答えを知りたくないから目を閉じる。


 愛梨……


 目を閉じると…… 俺と一緒にいる時の無邪気な笑顔が一番最初に浮かんでくる…… 

 やっぱり…… 絶対に嫌いにはなれないんだよ…… なれた方が楽なのに……


「……シュウ」


 目を開けると愛梨が申し訳なさそうに視線を逸らしながら寝室に入ってきて、ベッド脇の小さなテーブルにトレーを置いた。


 トレーの上には小さなおにぎりと飲み物、痛み止めの薬が置いてあり


「……もうすぐ、薬が切れる頃だと思うから…… 置いておくね」


 寝室から出ていった愛梨の後ろ姿を、俺は返事も出来ずにただ見つめていた。


 そして身体を起こしトレーに手を伸ばした。

 腹は減ってないが…… 痛みで辛いのは嫌だから仕方ない……


 小さなおにぎりを一口…… うん、良かった…… 食べられそうだ……


 あの映像を見た後は、胃が受け付けなかったのか何を食べても気持ち悪くなって吐いてしまってろくに食べられてなかったのだが……


 愛梨の話を聞いて、愛梨が何を考えて行動していたかを少しは理解出来たからなのかもしれない。


 本当に愛梨の話が真実なら…… 毎日どういう気持ちで生活していたんだろうか。


 胃がビックリしないようゆっくりとおにぎりを食べて、痛み止めを飲む……


 お手拭きまで用意されて…… もし俺が嫌いならここまでしないよな。


 逃げ続けたら駄目だ、俺も向き合わなければ……


 少なくとも、今の愛梨の様子は俺に悪いことをして反省しているようにも見える……


 許せるか許せないか…… 愛梨の事を…… 何より、ここまでなってしまった元凶である俺の事も…… 


 そして、しばらくベッドの縁に腰掛け、色々考えていた俺だったが、意を決して立ち上がり、愛梨のいるリビングへと戻った。


 リビングにはテレビも点けずにソファーに座りうつ向く愛梨がいた。

 なんて声をかけようか迷っていると、俺が立っているのに気が付いたのか、俺の方を見て驚いたような顔をしている。


「……あっ、トレーは後で私が片付けるから…… そのままでいいからね」


「ああ…… 愛梨、俺からも話がある……」


「えっ……」


 愛梨の表情が強張った。

 間近で顔を見つめてみると化粧もせず目は腫れぼったくて、やっぱり顔色も悪い。

 顔に関しては人のことを言えないが、愛梨も相当悩んでいたのかもしれない。


 そして俺は今思っていることを正直に伝えようと思った。

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