第86話
腹部を刺し貫かれたノエルは、痛みに顔を歪めながら内心で舌打ちを放った。
(……しくじった……でも、まだ大丈夫。任された事は確実に遂行する)
メイド服姿の暗殺者を睨む。
彼女の固有魔法は物体すらも転移させることができる。
そうと分かっていれば、魔法をコピーしたノエルも同じ事ができるのだ。
腹部から、再び手元に短剣を転移させる。
傷が白煙を上げながら修復していく。
ノエルは即座に顔を上げ、短剣を勢いよく明後日の方向へ投げた。
その行動を暗殺者は見ていなかった。既にノエルから背を向け、目もくれない。
ノエルを刺したと同時に、暗殺者はアリアを掴んで魔法を発動していた。
「<
「――ア、アリアちゃん、待ってッ!?」
「お母様ッ」
悲痛な声を上げるセレシアの腕からするりと娘の姿が消える。
触れていた人間さえも一緒に転移した。
だが、彼女は自身の視界に映る範囲しか移動できない。
窓際に二人は現れた。逃げる上ではそこしかない。
ただし、窓には隙間なくカーテンがかかっている為、一息には外へ転移できない。
暗殺者は窓に向けて蹴りを放った。
しかしその振り上げた足に、ノエルが予め投げていた短剣が突き刺さった。
「……ッ!?」
それは予想外だったのだろう。
暗殺者は驚きに思わず振り返る。無力化した者から手痛い反撃を受けたのだから、ほぼ反射的な行動だった。
だが、それは致命的な判断ミスである。
「<
その時にはノエルは転移していた。
「……誘拐など専門外なのだ。暗殺を命じられていれば、私はお前に勝っていた」
「――負け惜しみとか、無様すぎるわ」
嘲笑したノエルはアリアの身体を引き寄せながら、暗殺者を窓に向かって蹴り出した。
暗殺者は腕で防御したが、風を纏ったその蹴りの衝撃までは防げない。
窓ガラスが割れる音が甲高く響く。夜風が部屋に吹き込み、カーテンが跳ねあがった。
割れたガラス片と共に、メイド服姿の暗殺者が階下に落下していく。
「――レインッ、下に落としたわッ! 早く捕らえて!」
にわかに城が騒がしくなった。
破砕音を聞いた騎士達が集まってきたのだ。
「……あ、ありがとうございます、ノエル、さん……」
ひしっと抱き着いてくる主人の従妹の姿に、ノエルはほっと胸を撫でおろしながら背中に手を回した。
ノエルは窓枠に手を置いて、階下を見つめた。
そこに暗殺者の姿は既になかった。
(……)
「良かった、もう寿命が縮む思いだったわ、アリアちゃんッ」
「……お母様」
ぎゅっと抱きしめ合う親子を他所に、ノエルは見知った気配を感じて顔を上げた。
「……済まない、ノエル。見失った」
音もなく窓から部屋に入ってきた瞳が複眼の少年に、ノエルは尋ねる。
「アルシェという使用人は無事?」
「……ああ、彼女はどうやら我々の注意を惹くのが目的だったようだ。襲われてもいない。侵入者はあのメイド服の女ただ一人のようだ」
「つまり裏切ったと」
「……家族を人質に取られて、仕方なく協力するように脅されたらしい。そいつは顔を見せなかったらしいが、恐らくバレスの手の者だろう。襲われていた形跡がないから少し尋問したら洗いざらい喋ってくれた」
「……」
「……本当に済まない、もっと早く駆けつけるべきだった」
「……いや、目的は達したのだから、彼もきっと怒らないわ」
一先ず無事護衛という任務を遂行出来たことに、静かに安堵した。
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