第25話


 敵が使う未来視という能力について、どんなものなのかブラストは全く想像が及ばなかった。


 目の前にいる教会の騎士を見据える。

 整った容貌に紫紺の長髪、手には十字剣を持つ教会最高戦力のジゼル。

 

 彼とは村で一度戦い、子爵の館で二度目の邂逅を果たし、そして今回。

 三度目で本気の勝負である。


 過去二回の時、ジゼルはブラストに対して固有魔法を使わなかった。だが今、彼の瞳は蒼く輝いている。


 そしてそれはブラストも同じで、彼もまた奥の手を使っていなかった。


 魔物としての力を呼び覚ます【鬼化】。


 能力値が倍増する反面、ブラストは今までこの力を使うことを躊躇ってきた。

 魔力が尽きた状態で【鬼化】を続けると、魔物の姿のまま戻れなくなる危険があるのだ。


 とはいえ、もはや今はデメリットなどないに等しい。

 無尽蔵かと思うほど膨大な魔力が、身体の底から湧いてくる。


 ブラストは最高速度で駆けながら躊躇なく相手の急所に狙いを定めた。

 引き絞った右拳で、教会の騎士の下顎を狙う。


 だが、ブラストが今にも拳を振るうという直前にジゼルは首を捻って躱す動作をした。


「は!?」


 攻撃を繰り出す前に避けられた。


 その事実に戦慄するブラストだが、高速で動く中での戦闘である。

 もはや動作は止められない。


 振るわれた拳は綺麗に空を切る。

 ブラストは眼を見張り、そして教会の騎士は笑みを浮かべて十字剣を振るった。

 

 その一刀を避ける事はできない。

 ブラストの肩口から鮮血が吹き出した。


 だが、半魔の青年はひるまない。彼は壮絶な笑みを浮かべ、自らの血で身体を染めながら蹴りを放った。


「この程度ならなんでもねえッ!」


「……これだから化け物は」


 悪態をつきながらジゼルはその攻撃も読んでいたのか、刀身の腹で蹴りを受け止めて、衝撃を吸収するように後ろへ飛んだ。

 

「……やりづれえな」


「勝てないと悟ったかな?」

 

 血が付着した十字剣を払うジゼルに対して、ブラストは無表情で自らの肩口を見下ろす。


「はっ、冗談言うなよ。この状態の俺に、てめえの攻撃はさほど効いてねえ」


「血だらけでよく言うね」


「血だらけ? おいおい、お前の眼は節穴かよ」


 まるで逆再生のように、ブラストの傷が白い煙を上げながら治っていく。


「魔力量が多いと、このくらいなら一瞬で治るもんだ」


 ブラストが持つ技能スキルは【鬼化】だけではない。

 大鬼という魔物は、自然治癒力が凄まじい。

 

 従って彼は【再生】という技能スキルも持っていた。


 ジゼルは肩を落として、ため息を吐きながら先ほどと同じ言葉を繰り返した。


「……これだから化け物は」


「その化け物に一撃入れるお前だって化け物じゃねえか」


 呆れたように言うブラストに、ジゼルは眦を吊り上げた。


「一緒にするな。僕は偉業を達成し、神に認められた英雄だ」


「……自称英雄か。随分痛々しい騎士様だな」


 馬鹿にしたように口笛を吹くブラストに、ジゼルは額に青筋を浮かべながら十字剣を正眼に構える。


「御託は良いさ、化け物。さっさとかかってこい」


 だが、ブラストは動かない。


「……はッ、読めたぜ。また未来を視て俺の攻撃を躱した後、ばっさりいく戦法だろ?」


 ブラストは先ほどのやり取りでジゼルがカウンター狙いであることを悟った。

 素の身体能力では【鬼化】したブラストの方が上回っているのだ。


 だったら相手を先に動かせて後手に回った方が良い。


「……少しは頭を使っているようだが、来ないなら僕から行かせてもらうよ」


 そう言って斬りかかってくるジゼルの一撃をブラストは余裕をもって回避した。


 だが、回避したはずなのに腹部から血が垂れる。

 いや、回避したと思い込んでいるだけで、身体が追い付いていないのだ。


「……何だ⁉」

 

 端的に言えば、【鬼化】が解除されている。

 ブラストは腹部を押さえながらすぐに距離を取った。


「僕は教会最強戦力【世界を正す者達スティグマ】の一人にして、浄剣の異名を持つ騎士だ。その由来は勿論この十字剣」


「……」


「浄剣【ハーミア】。これは魔道具の一種でね。魔力を込めて斬ると、あらゆる穢れを払う事ができる」


 ジゼルは続ける。


「……沼地を綺麗な湖に変える事ができるこの剣で、君の中に流れる魔物としての血を浄化した。まあ一定時間しか効果は続かないが、数分もあればもはや片付けられるさ」


 ブラストは冷や汗を浮かべる。


 つまり【技能】を完全に封じられたわけだ。


 魔物を殺す事に特化した恐るべき相手である。未来視で攻撃を読み、確実にダメージを与えてそして能力を封じて完封する。


 素直に強いと認める。


 それでも諦めるつもりはなかった。


 いずれ世界を変える王の為に、こんなところで果てるわけにはいかない。


(……まだだ。魔物としての技能スキルは封じられたが、人族としての技能スキルは使えるはずだ)


 まるで応援するように、王であるユリフィスから膨大な魔力が流れてくる。


 それを身体中に流す事で、ブラストは身体能力を強化した。

 初めての行使だったが、そこはずば抜けた戦闘センスで補う。


(……鬼化程じゃねえが、これで五分だ)


 しかし身体能力が同程度であれば、勝敗を分けるのは当然別の能力である。

 敵は固有魔法を持つ、魔物狩りのエキスパートだ。


 一転してジゼルは攻めに回った。十字剣を縦横無尽に振るう。

 

 ブラストは避けるので精いっぱいである。

 時には教会に置かれた石像や円柱を盾にしてやり過ごしながら歯噛みする。


(クソッ、このままじゃジリ貧だッ。だが攻めに回ったところで攻撃を読まれて殺される……)


 あの十字剣の効力は時間制限があると言っていた。


 このまま逃げ続けて再び鬼化が使えるようになるまで待つかと一瞬考えた。


 だがそれまで自分が生きているとは思えない。


(未来視さえどうにかすれば勝機はあるが……)

 

 そこで閃いた。電流が身体中を駆け抜けるような感覚である。


 蒼く輝くジゼルの瞳。

 あの瞳で、未来を視ている。だとしたら、


 一か八かの賭けに、ブラストは乗り出す。


 床に散らばったステンドグラスの破片を掴み、ジゼルの眼を狙って投げる。


 だが、


「無駄だよ」


 身体を捻って躱し、ジゼルは十字剣を振り上げた。

 しかしブラストにとっては十分だった。


 目への攻撃を大袈裟に躱した事から、仮説は裏付けられた。


「――これで終わりだ」


 迫りくる十字剣の一撃は、ブラストの胸の辺りを斬り裂いた。

 完全に急所である。


 ジゼルは勝ちを確信して魔法を解除した。

 蒼く輝く瞳が元の紫色の瞳へと。


 だがそこで一転して戦慄の表情を浮かべる。


 勢いよく吹き出した血が、ジゼルの顔に飛び散った。

 

 

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