第8話

 


 ヴァンフレイム帝国皇帝、つまりユリフィスの父が死んで一週間が経過した。


 元々、大病を罹患していた皇帝の死は予想されていたもので、混乱は少ない。

 既に政務のほとんどを第一皇子や第二皇子が引き継いでいた事も理由の一つである。


 だが、それは国に住む国民達の生活に関して言える事だ。


 帝国が誇る魔剣城に勤める貴族達は国内の勢力図が大幅に変わった事について、文官や武官問わず話し込む者が多かった。


 皇帝の死をきっかけにしたように帝国の重鎮たる宰相が第三皇子の後見人となった事について、様々な噂が広がっている。


『陛下は遺言で、第三皇子を次の皇帝に指名したのでは』


『ブランニウル公はそれを聞き入れ、第三皇子を擁立したというのか?』


『……半魔の者が次の皇帝などあり得んッ。第一、教会は決して認めんぞ!』


 身の振り方を考える帝国貴族達。


 彼らの話題の中心である第三皇子、ユリフィス・ヴァンフレイムは我関せずに帝都脱出へ向けて着々と準備を進めていた。


 今日はその大詰めの日となる。


「――ユリフィス殿下。今回の巡遊に同行する騎士達の責任者を紹介いたします」


「ああ」


 場所は魔剣城から少し離れた、今は亡き皇帝がユリフィスの為に用意した白天宮。


 第三皇子の自室に足を運んだ金髪オールバックの鋭い目つきの男性、エルドール・ブランニウル公爵は扉の外で待つ人物を呼び寄せた。


「入りなさい」


「――失礼する」


 入室してきたのは宰相よりも老齢の騎士だった。


 六十を優に超えているだろう年齢。だが皺が刻まれた顔で一番目を引くのは、左目を縦に横断する大きな切り傷。


 そして老いを感じさせない筋肉が付いた鋼のような肉体。


「お初にお目にかかる。儂はガーランド。ブランニウル公軍に置いて剣術指南役を務めている」


 言葉少なに歴戦の勇士はそう語った。


 性がないという事は、ガーランドという目の前の生気溢れる老人は平民に違いない。

 そして剣術指南役というのは文字通りの意味なのだろう。


 貴族の代表のようなブランニウル公爵が保有する軍隊が、平民が振るう剣に教えを乞うているという事実にユリフィスは少なからず驚いた。


「……護衛は帝国魔法騎士団からではなく、宰相の私兵か」


「暗殺を警戒しての事です。国軍である騎士団はアーネス殿下がほぼ掌握済みでしょうから」


「……なるほど」


「とは言え、ユリフィス殿下自身が働きかければ、恐らく魔法騎士団からも派遣できたでしょうが」


 宰相はそう言って流し目を向けてくる。

 暗にゴドウィンの事を言っているのだとユリフィスは悟った。


 どうやら彼がユリフィスに協力している事も宰相にはお見通しのようだ。


 しかし国軍である帝国魔法騎士団は全員血統魔法の使い手、つまりは貴族出身者たちだ。

 彼らは半魔であるユリフィスを嫌っているので、元より魔法騎士団に護衛を任せるつもりは毛頭なかった。


「……彼は不愛想ですが、腕は確かです。数十年前、突如として起こった帝国全土を飲み込む勢いの魔物大量発生スタンピード。かの戦で、ガーランドは先代の帝国魔法騎士団長と並んで大きな武勲を上げた者の一人です。殿下のような半魔や亜人族とのハーフ等に関しても偏見はありません。ちなみに元々は傭兵ですので、礼儀などは大目に見てください」


「慣れてるさ。そもそも今まで傍にいたメイドや執事たちも礼節など知らないように見えたからな」


 礼儀など二の次。

 それよりも重要視するのは人間性だ。


 今回の巡遊にユリフィスは宰相の隠し子であるマリーベルも同行させるつもりである。


 最初は父という立場からか大分渋ったが、帝都の貧民街しか知らないマリーベルに外の世界を見せたいと言ったら急に対応が百八十度変わった。


 だからこそ、宰相も人選は真剣に考慮してくれるはずだ。護衛部隊の責任者に当たる目の前の老人はゲーム上のストーリーには出てきた覚えがないが、確かな実力者だと感覚で分かる。


 それにしても元傭兵を私兵とし、剣を教えさせているのは宰相自身考え方が柔軟というか、とにかく実力主義なのだろうと思う。


「最後に殿下。頼まれていた物を宝物庫から盗み――借り受けてきました」


「おお、ご苦労」


 若干、不穏な事を言う宰相の言葉を聞かなかった事にして、ユリフィスは手の大きさサイズの箱を受け取って中を開く。

 すると、そこにはシンプルなデザインの片眼鏡モノクルが入っていた。


「第二皇子殿下が所有する魔剣のような派手な能力ではありませんが。本当にそれでよろしかったのですか?」


「勿論だ。情報は……時としてどんな武器にも勝る」


 原作ではクリア後にしか入手できない特別な魔道具マジックアイテム、【探究者の義眼】。

 ユリフィスは左目に装着して、魔力を流しながら早速宰相を見つめた。



名前 エルドール・ブランニウル 

レべル:25

異名:戦争公(演説時、状態異常:恐怖無効)

種族:人族

体力:212

攻撃:74

防御:60

敏捷:54

魔力:193

魔攻:111

魔防:176

固有魔法:【なし】

血統魔法:【獅子王の光炎レオ・ブレイズ

技能:【並列思考】





 左目の視界に無事表示されたステータス表記を見てユリフィスは胸を撫でおろした。

 それはゲームではメニュー画面を開く事でしか見る事ができないものだ。


 当然、この世界は現実世界であり、ステータスオープン等と言ったところで確認できはしない。


 だがゲームでは【探究者の義眼】を使う事で、他キャラのステータスやアイテムの詳細情報について視る事ができた。


 魔道具の能力は現実世界となったこの世界でも変わらないらしい。


 この力を使えば、敵が魔法で攻めてくるのか近接戦が得意なのかはっきり分かる。


 何度も言うがユリフィスが生きる世界は現実世界だ。

 コンティニューなどできない世界では、一回も負ける事は許されない。


 ユリフィスは万全を期す為にこの魔道具が必要不可欠だと考えていた。

 

 一応、ユリフィスはガーランドにも視線を向ける。



名前 ガーランド

レべル:64

異名:剣鬼(剣を装備時に会心率20%アップ)

種族:人族

体力:504

攻撃:214

防御:185

敏捷:203

魔力:52

魔攻:0

魔防:37

固有魔法【なし】

血統魔法:【なし】 

技能:【身体能力強化】【魔衝閃】




「……強いな。これなら俺も安心だ」


 感心するように顎を撫でるユリフィスに、ガーランドは顔を僅かにしかめて呟いた。


「……皇子。悪いがこれっきりにしてもらいたい。何となく不快に感じる」


「それは済まない」


 強者であればどうやらステータスを覗かれたかどうか分かるらしい。

 だとすれば、視るタイミングと人は選ばないといけないだろう。

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