第34話
帝都はとても大きく、城壁で囲まれていた。
(大きな町……。それに、警備も厳重だわ)
どうやら帝都に入るには、かなり面倒な手続きが必要らしい。
でも皇太子が迎えの馬車を寄越してくれたお陰で、アデラたちが乗った馬車は、すんなりと入ることができた。
到着したのは夕方だったので、今日は町に泊まるようだ。そして明日の朝、皇太子に会うために、帝城に向かうことになっていた。
本当は帝城に泊まっても良いと言われたようだが、アデラが緊張するだろうからと、テレンスが断ってくれたらしい。
たしかに、いきなり帝城に泊まることになったら、緊張で眠れなかったかもしれない。
代わりに用意してもらったのは、宿ではなく広い屋敷だった。ここならゆっくりと休めるし、帝城に行くための朝の支度もできそうだ。
(でも、まだ暗くなるまでには時間があるわね。どうしようかしら?)
用意してもらった屋敷は帝都の中心に近く、窓から町の様子を見ることができる。
初めての異国に、興味がわく。
少しだけ、帝都の町を探索してみたい。
そう思ったが、こんなに大きな町でも、日が暮れると治安の悪い場所もあるらしい。もし町に行くのなら、明るい時間にした方が良いとテレンスに言われた。
「人や物が集まる分、事件や事故も起こりやすい。地方や他国から勉学のために来ても、帝都の華やかな生活に溺れて、身を持ち崩す者もいる」
「そうなのね」
皇太子との面会を前に、騒動に巻き込まれるわけにはいかない。アデラは素直に忠告に従ったが、それが正解だったようだ。
窓から町の様子を眺めるだけにしておいたが、ときどき揉め事があるようで、怒鳴り声や悲鳴が聞こえた。
今は用心しなければならない時期でもあるので、こうして安全な場所で眺めているくらいで、ちょうど良いのかもしれない。
いずれこの帝都には、何度も訪れる。
帝都を実際に歩いてみるのは、もう少し慣れてからの楽しみにしておこうと思う。
屋敷には皇太子が配置してくれた護衛や使用人もいて、食事も準備してくれた。ティガ帝国の料理は初めてだが、かなり凝った料理が多く、見た目も美しかった。
食後には、テレンスとお茶を飲みながらゆったりと話をする。
「皇太子殿下って、どんな方?」
「……そうだな」
テレンスは、しばらく思案したあと、こう言った。
「ローレン殿下は、理想主義なところがある。だがその理想のために、努力も労力も惜しまない方だ。それに、普段から人と会話をすることを好まれ、気が付けば、誰にも言うつもりのなかったことさえ、話してしまっていることがあった」
「立派なお方なのね」
「ただ、思いつきで行動されることも多くて、側近の方々は振り回されて大変そうだったな」
留学していた頃を思い出したのか、テレンスの表情が柔らかくなる。それを見る限り、この国での生活は楽しいものだったようだ。
皇太子も気さくな人柄のようで、少し気が楽になる。
明日は朝から忙しくなるからと、この日は早めに休んだ。緊張と旅の疲れもあり、すぐに眠ってしまったようだ。
翌日は朝から、支度に追われた。
皇太子は、友人とその婚約者に会うだけだから、気楽に来てほしいと言ってくれたらしい。けれど帝城に行く以上、正装は必要となる。
アデラはこの日のためにテレンスから贈られた、新しいドレスに袖を通す。
婚約披露に贈られたものと同じような大人びたデザインのもので、代わりに装飾品は豪華で美しい。
(この宝石をリィーダ侯爵家で販売する許可を頂いたことにも、お礼を言わないと)
父が言うには、すでにその噂を聞きつけた貴族たちから、宝石の販売に対する問い合わせが殺到しているらしい。本格的に販売が始まれば、かなりの利益を上げることができるだろう。
そうなればもっと、領地の発展のために色々できることが増えると、父は嬉しそうだった。
父は、世間体は気にするが、権力争いにはあまり興味がなく、自分の領地を発展させることに尽力している。
だから宝石の販売によって、領地が潤うことが何よりも嬉しいらしい。
それに、もしテレンスとアデラが正式に外交官になれば、各国を飛び回ることになる。領地の運営もしばらくは任せることになってしまうが、父ならば喜んで引き受けるに違いない。
時間をかけて念入りに身支度をしたアデラは、テレンスとともにティガ帝国の帝城に向かう。
テレンスは何度も訪れたことがあるらしく、慣れた様子である。それを見て、緊張していたアデラも少し気持ちが落ち着いた。
きちんと勉強をしてきたのだから、焦らなければ大丈夫だ。もし失敗しても、テレンスがフォローしてくれるだろう。
謁見室ではなく、広い客間に通されて、皇太子の到着を待つ。
しばらくして、複数の側近を連れた皇太子が部屋を訪れた。
「待たせてすまないな」
そう言った皇太子は、テレンスとアデラにそう謝罪して、笑みを向ける。
金色の髪に、青い瞳。
端正な顔立ちをしているが、それよりも強い光を宿した瞳が印象的だった。
「皇太子殿下におかれましては……」
「よせ。そんな挨拶は不要だ」
正式な挨拶をしようとしたテレンスを遮り、彼の視線がアデラに向けられる。
「テレンスの友人のローレンだ。わざわざこんな遠くまで来てもらって、すまなかった」
「いいえ。とんでもございません。わたくしはイントリア王国リィーダ侯爵家のアデラと申します」
ローレンがティガ帝国の皇太子ではなく、テレンスと友人と名乗ったので、アデラも簡単に名乗るだけに留める。
それは彼の望み通りだったようで、青い瞳が柔らかく細められた。
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