第20話
優雅な音楽が流れ、それぞれパートナーの手を取って踊りだす。
ファーストダンスに参加しなかった令嬢たちが、こちらに熱い視線を注いでいるのがわかる。
(ああ、テレンスね)
その視線の先を確認して、納得する。
たしかに彼のエスコートは優雅で、とても踊りやすい。
華やかな容姿も相まって、さぞ目立つことだろう。
けれど、この国のステップと少し違うのは、やはりティガ帝国風のダンスなのだろうか。
戸惑うほどの違いではないが、間違えないように集中をしていたので、クルトたちを気にする余裕がなかった。
それでも、なかなか楽しい時間を過ごすことができた。
相手が違うだけで、ダンスもこれだけ楽しくなるのかと思うくらいだ。
「すまないな」
だがダンスが終わったあと、テレンスはアデラだけ聞こえるような小さな声で謝罪する。
「何のこと?」
思い当たる節がなくて、アデラは首を傾げた。
「ダンスなどひさしぶりで、この国の踊り方をすっかり忘れてしまったようだ。もう少し時間があれば、しっかり勉強してきたのだが」
どうやら、帝国風のダンスだったことを気にしていたようだ。
(時間があったら、テレンスが私のためにダンスの練習をしていたの?)
それを思い浮かべると、思わずくすりと笑ってしまう。
「アデラ?」
「ううん、何でもないの。それくらい大丈夫よ。でも、急だったの?」
言われてみれば、テレンスがエスコートをしてくれると知ったのも、つい先ほどだ。
「ああ。昨日の夜だった」
「昨日?」
その答えを聞いて、思わず溜息が出る。
(お父様ったら……。いくらテレンスがこちらに借りがあるとはいえ、強引すぎるわ)
でも、それだけ婚約者がいるアデラに別のエスコートを用意するのは、難しいことだったのだろう。
父が探してくれたのは、アデラのためだ。
「……謝るのは私の方ね」
ごめんなさい、と謝罪する。
戻ったら、父にもあらためてお礼を言わなくてはならない。
それでもまさか、父がテレンスに声を掛けたのが前日の夜だったとは思わなかった。
「いや、弟が申し訳ないことをしてしまったからね。大切な娘の婚約を、破談にしてしまった」
「……悪いのは、あなたではないわ」
アデラは首を横に振る。
騙されて身元のはっきりとしない女性を妻にしたのは、テレンスの父である前オラディ伯爵。そして義妹と浮気をして、アデラとの婚約を軽視したのは、彼の弟であるレナードだ。
しかもテレンスは当時、ティガ帝国に留学していた。すべて、彼が不在の間に起こったできごとである。
「それでも身内である以上、責任は取らなくてはならないからね」
テレンスは、軽く肩を竦めてそう言う。
それだけ聞くと家族思いのようだが、彼は結果的に父親を幽閉し、弟のレナードを伯爵家から除籍している。
傍から見れば、オラディ伯爵家を守るためには、仕方がなかったと思うかもしれない。
テレンスは、平民となった弟に支援までしているのだ。
でも支援などなかったほうが、ふたりは幸せになっただろう。心が離れたら、別れることもできた。
アデラの認識でも、彼は冷たい人間だった。
同じ境遇になるまで、その冷酷さが苦手で、テレンスのことは好きではなかったほどだ。
でも自分が裏切られた立場になってみると、その気持ちがよくわかる。
レナードのときは、彼とシンディーの境遇に後味の悪さを覚えていたが、二回目となると、それほどではない。
「私は、冷たい人間なのかもしれないわ」
だからテレンスに対する苦手意識も消えて、むしろ同じ境遇の彼に、親近感すら覚えているのだろう。
思わずそう呟くと、テレンスは不思議そうにアデラを見た。
「なぜ、そう思う?」
「だって、レナードたちのときにあった罪悪感が、今はもうないの」
彼らが不幸になった様子を見ても、虚しいだけだった。
それなのに、クルトとリーリアが同じ境遇になったとしても、そう思うことはないだろう。
「それは、当然だろう」
自嘲するようなアデラに、テレンスはそう言った。
「弟のときは、長年の婚約者だった。義妹だったシンディーとも、不本意とはいえ、長い時間を一緒に過ごしていた。顔を合わせたばかりの人間たちと違う」
「……そうね」
たしかに、彼の言う通りかもしれない。
レナードとは長い付き合いだったし、彼がいつも義妹を連れて来るので、顔を合わせることも多かった。
今回の相手は、まだ数回しか会っていない婚約者と、初対面で敵意を向けてきて、アデラを陥れた女性だ。
そんなふたりに、罪悪感を持てなくとも当然か。
むしろ油断できない相手なら、徹底的に戦わなくてはならないと思うほどだ。
ふと、テレンスはどうだったのだろうと思う。
噂では、婚約したばかり相手だった。
けれどアデラは、それだけではなかったように感じていた。
「それよりも、君の友人たちがこちらを伺っているが」
「え?」
そう言われて視線を向けると、彼女たちは慌てた様子で視線を逸らす。
それを見て、アデラは首を横に振った。
「今日はいいの。誰とも話さないわ」
どうやらテレンスにエスコートされていた経緯をアデラに聞きたいが、それでも悪評には巻き込まれたくないのだろう。
彼女たちの名誉も守りつつ、好奇心を満たしてやる義務はない。
「他に挨拶は?」
「誰もいないわ。今日は様子見だから」
「わかった」
テレンスは頷くと、アデラの手を取ったまま歩き出した。
「ならば少しだけ、私の方の用事に付き合ってほしい。従姉も参加しているはずだ」
「ええ、もちろん」
テレンスの代わりにオラディ伯爵家を継ぐという女性に、アデラも会ってみたかった。
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