第17話
報告書を読み終わったアデラは、これからどうするべきか、静かに考えを巡らせていた。
これからクルトは、あんな提案をしたアデラに対する当てつけのようにリーリアと行動をともにするかもしれない。
でも、最終的にクルトが彼女を選ぶことはないだろう。
彼はレナードよりは常識があり、また年も上なので、貴族社会のことはよくわかっている。
たとえアデラのことは気に入らないとしても、リィーダ侯爵家に婿入りできる機会をみすみす逃すことはしないはずだ。
仮面夫婦になったとしても、リィーダ侯爵家の当主になるのはクルトだ。
それらをすべて捨ててまで、クルトがリーリアを選ぶとは思えない。
彼は、リーリアを愛しているのではない。ただ儚げで、自分を頼ってくれる義妹になるはずだった女性を守りたいだけだ。
ならば、このままアデラが何もしなくとも、リーリアの企みは潰えるのかもしれない。
(でも、彼女はきっと諦めない。何とかしようとするでしょうね)
それこそ手段を選ばず、クルトを手に入れようとするだろう。
それでも駄目なら、既成事実も作りかねない。裏社会では、理性を失わせてしまうような、怪しげな薬も出回っているという。
そうなってしまえば、さすがにクルトも逃げきれない。リィーダ侯爵家の当主の座を捨てて、ロトリガ子爵家に婿入りしなくてはならないだろう。
このままリーリアが勝つのか、クルトが勝つのか。それを見守るのもおもしろい。
少しだけ、そんなことを考える。
けれど彼女は、アデラにも攻撃を仕掛けてきたのだ。このまま何もせずに終わらせるわけにはいかない。
そこまで考えて、アデラは苦笑した。
もしレナードが裏切らなければ、裏社会に詳しくなることも、相手に復讐しようと思う心も持たないままだったに違いない。
(ああ、でも。あのまま何も知らずに結婚していても、レナードは私を裏切っていたでしょうね)
何も知らずに騙されるよりも、反撃の手段を知っている、今の方がまだましだ。
それに、人の本質は変わらない。もしシンディーと浮気をしていなかったとしても、いずれ誰かとそういう関係になっていた。
だからレナードと婚約したときから、こうなることは決まっていたのだろう。
ならばもう、過去は振り返らない。
今、できることをやるだけだ。
そう気持ちを切り替えて、分厚い報告書を置く。
「……そうね。まずは」
それから机の上に置かれていた、夜会の招待状を手に取った。
明後日の夜に、王城で開かれるものだ。
「これにひとりで参加して、まずは様子見ね」
クルトとリーリアはどうするのか。
ひとりで参加しているアデラを、周囲はどう見るのか。
アデラがリーリアを突き飛ばしたという話が、どこまで広がっているのか。
それをじっくりと、観察してみようと思う。
夜会にひとりで参加することを告げると、やはり父は反対した。
あの日。
訪ねてきたクルトにも謝罪しなかったことを聞いて、父にはまた叱られてしまった。
「私は、謝罪しなければならないようなことは、何もしておりません」
再度そう言うと、父は溜息をついた。
「そうだとしても、謝罪することで治めなければならないこともある」
さすがに、何度もやっていないと言ったアデラの言葉を、父も信じてくれたようだ。
それでも、陥れられてしまったアデラが悪いのだと、やってなくとも謝罪しなければならないときはあるのだと言う。
たしかにあのときは、油断していた自分も悪い。アデラもそう認めざるを得なかった。
「だから、今からでも謝罪の手紙を書いて、エスコートを頼め」
それでも、その父の言葉に従うことはできない。
「……嫌です。彼女に屈したくありません」
クルトに謝罪するのが嫌なのではなく、リーリアに負けるのが嫌なのだと告げると、父はしばらく沈黙した。
さすがに子爵家の娘に、侯爵家の娘であるアデラが謝罪するのは、あまり良くないと考えたのだろう。
「お前も頑固だな。誰に似たのやら」
「それは、お父様でしょうね」
即座にそう答えると、父は苦笑した。
そして今回だけは、他の者にエスコートを頼んでおくと言った。さすがにひとりで参加することは、許してくれないらしい。
(仕方ないわ。クルトではない人に頼んでくれるだけ、まだ良かったと考えるしかないのね)
父も頑固だが、娘に愛情がないわけではなさそうだ。
ドレスや装飾品など、レナードにもクルトにも関わらない色を選ぶのに少し時間が掛かったが、準備も万端だ。
(そういえば、お父様は誰に頼んでくれたのかしら?)
ふと、そう思う。
父は名前を明確には教えてくれなかった。
この国では、未婚の女性のエスコートは、未婚の男性のみと決まっている。
他国では兄や父など、縁戚ならば既婚者のエスコートも可能なのにと思うが、そういう決まりなので仕方がない。
従兄のエイダーが神殿に入ってしまったため、もう親戚内に未婚男性はいないはずだ。
父の知り合いの誰かに、頼んでくれたのかもしれない。
クルトでなければ、誰でも良い。
そう思っていた。
けれど夜会の当日に、迎えに来てくれた人を見て、さすがにアデラも驚いて立ち尽くす。
「……どうして」
「リィーダ侯爵に頼まれてしまってね」
そう言ってアデラに手を差し伸べたのは、レナードの兄のテレンスだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます