最幸で最悪な日

「「「ロイン、13歳の誕生日おめでとう!」」」

三人の男女の声が広い部屋に響き渡る。

目の前の赤髪の少年に祝福の言葉が浴びせられる。

今日は10月13日。

少年、ロイン・アースヴァンドの誕生日である。

「昔はこんなに小さかったのにもうこんなに大きくなりやがって」

と、ロインと同じ燃えるような赤髪を持つ父親ブレットは快活な笑みを浮かべ言った。

「あなた、それ毎年言うつもり?」

黒髪の母親リーリャは呆れたように言うが、その口元は笑っていた。

そこに明るい茶髪の少女の使用人ミラがニヤニヤしながら「ロインちゃんはもう13歳なんですよ?いつまでもそんなことを言うのはロインちゃんが可哀想じゃないですか」と、小馬鹿にしたようにロインに言う。

「うう...だったらミラ、僕のことはロインちゃんって言わないでよ」

実際にはミラはロインの5歳年上でこの呼び方は妥当なのだが、普段は呼び捨てのためロインは違和感しか感じなかった。

「分かりました。ロイン様っ♪」

「...いつも通り、ロインでいいよ...」

ロインとミラのやり取りにブラットとリーリャが微笑む。

今日はロインの誕生日。

大切な人たちに囲まれ、自分の誕生日を祝ってもらえる。


そんな幸せな時間。


そして、それは唐突に終わりを迎える。

バガンッ

玄関の方から大きな音がした。

「アラン様でしょ─

ミラの頭が飛んでいた。

ロインはミラの頭から目が離せなかった。

頭は驚くほどゆっくりと落ちていき、最期にゴトンと、鈍い音を立てて床に衝突した。

それと同時に体の方も力を失ったように倒れる。

瞳がこちらを見ていた。

「ミ...ラ?」

ロインの口からかすれた声が漏れ出る。

ミラがいた場所には一人の男がいた。

白髪が特徴的でブレットよりもまだ幾分か歳若く見える男が、

「リーリャ、ロインを連れてアランのもとへ、逃げろ」

そう言ったブレットの手には既に剣が握られていた。

リーリャは無言でブレットの言葉を受け取ると、まだ呆然としているロインを連れて裏口へと向かう。

去り際に「あなた、愛しているわ」という言葉を残して。




ブレットと男は無言で相対していた。

不意に男が口を開く。

「誰だ」

「俺の名はドルゴール。お前は元エンデルス騎士団隊長だな」

「俺を殺しに来たのか」

ブレットの問いにドルゴールは鷹揚に答える。

「違う。俺はアースヴァンド家の人間を殺しに来たのだ」

「ッ!ならなぜミラを殺した」

「こいつの事か。邪魔だったから殺した。それだけだ」

ドルゴールの言葉にブレットは湧き上がって来る怒りを必死に抑える。

今すぐにでも斬りかかりところだが、リーリャとロインのために時間を稼がなくてはならない。

「なぜアースヴァンド家を襲ったの─

言い終える前にドルゴールの手刀がブラットの首を狙う。

が鳴った。

「時間稼ぎはもういいだろう」

自らの手刀を剣で防いだブラットを冷ややかな目で見つめ、ドルゴールは言った。




夕日の光に照らされてロインとリーリャが駆けている。

二人は魔装闘法(魔力を体中に巡らすことにより身体能力と五感と肉体の強度を強化させる技術)により常人では考えられない速度である場所へと向かっていた。

ブレットの旧友であり、元剣聖アランの家へと。

ふいに少し前にいたロインが口を開き、

「お母さん、お父さんは、ミラは大丈夫だよね?」

その声は震えていた。

まだあの時の光景が信じられないのだろう。

無理もない。

ロインはまだ13歳で、今日はロインの誕生日なのだ。

そんな幸せな日に大切な者がいなくなってしまうなんて、

「大丈夫、大丈夫よ。お父さんは、強いから。ロインも知ってるでしょ。ミラもいつか、きっと、会えるから。だから今は私達が頑張らないと」

ロインを安心させるように言う。しかし、それは自分に言い聞かせるようであった。

ブレットの強さはリーリャが誰よりも知っている。

だからこそ分かるのだ。

あのブレットが死を覚悟していた。

そもそも、誰かに助けを求めること自体ブレットならありえないのだ。

それほどまでに恐ろしい相手。

リーリャは一旦考えるのをやめた。

今はロインとアランの元へ向かうのが先決ね


カサッ


遠くで草がこすれる音をリーリャの耳が捉えた。

リーリャが迎撃するために両手に魔力を込め、振り向こうとする。

十分に早い対応であった。

だが、相手が悪かった。

「ガホッ」

リーリャの胸から手が生えていた。

夕日の光を受けてより一層紅くなった手が。

「お...母...さん?」

「...ロイン、ごめんね」

今にも消え入りそうな声でリーリャは言う。

息子とは最悪の別れ方になってしまった。

ブレット、あなたの覚悟を無駄にしてしまったわね。

手が勢いよく引き抜かれる。

それと同時にリーリャは振り返り、両手に込めていた魔力をドルゴールに向けて魔法を放つ。

そのとき、はじめてドルゴールの姿を見た。

その体には全身至る所に生々しい切り傷があり、左腕は肩口からなくなっていた。

気付くと、リーリャは笑みを浮かべていた。


大爆発が起きた。


リーリャの体は吹き飛ばされ、地面に激突した。

ロインは急いでリーリャに駆け寄る。

胸から勢いよく血があふれ出ていた。

もう助からないであろうことは誰が見ても明らかであった。

「お母さん、お母さん、お母さん!」

大粒の涙を流しながら何度もリーリャに呼びかける。

返事は、ない。

だが、その手が涙でぐちゃぐちゃになったロインの頬を優しく撫でた。

「...ロイ...ン...愛...し...てる」

それを最後にリーリャは息を引き取った。

その顔は安らかに笑みを浮かべていた。

自然とロインの涙は止まっていた。


「別れの挨拶は済んだか?」


白髪の男が立っていた。

ドルゴールだ。

あの攻撃を受けてもなお、生きていた。

そもそも、リーリャの攻撃はほとんど効いていなかった。

裂傷の他に

お父さんも、お母さんも、ミラも皆こいつに殺された。なのになんでこいつは生きているんだ?こいつが死ねばいいのに。


許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。許せない。

途端に湧いてきたのは怒りであった。そして、それは憎悪に変わって行く。

「殺す、殺してやるッ!!」

ロインはドルゴールに飛び掛かるも後ろに回り込まれ、ドルゴールの手刀が首元に迫る、が、

「気が変わった」

そう言うとドルゴールは手刀を引っ込めると、こちらを向いたロインを蹴り飛ばした。

体が宙に浮いた。

「ガハッ!」

背中から地面に激突したロインは息をすることすらままならなかった。

「今のお前じゃ力不足だ。俺を殺したければ俺を殺せるほど強くなってみせろ」

そう言うドルゴールは笑っていた。これから起こることにワクワクしているかのような、まるで子供のように無邪気な笑みだった。

そして、ドルゴールは背を向けて去って行く。

「...待...て!」

吐き出すように出した言葉も

だがしかし、夕闇の中に消えてしまう。




気が付くとロインはベッドの上にいた。

...いつもの部屋では無い。だが、そこは見覚えのあるところだった。

「ッ!!」

体を起こそうとすると背中に激痛が走った。

そして、痛みとともにさっきまでの出来事が鮮明に蘇ってくる。

《宙に飛ぶミラの頭、男と共に残ったお父さん、胸を貫かれたお母さん、最後に笑っていた男》

吐き気が襲ってきた。

「ロイン!?」

扉を開けて金髪の少女がやって来た。

体を起こそうとした時に鳴った物音を聴いて駆けつけてきたのだろう。

「リアラ?」

少女はアランの娘であるリアラだった。

だとするとこの家はアランの家なのだろうとロインは思う。

「ロイン、大丈夫?どこか痛いところはない?」

リアラは心配そうに聞いてくる。

が、ロインはそれどころではなかった。

「桶とかない?今、ちょっと吐きそうなんだ」

「分かったわ、ちょっと待ってて」




しばらくしてリアラは木桶を両手に抱えて持ってきた。

そこに盛大に吐瀉物をぶちまける。

誕生日に食べたものが出てきた。

「...ウッ」

「ロイン?」

「大、丈夫。少し思い出しただけだから」

吐き気をどうにか堪えて気丈に振舞おうとする。

今はとにかく聞きたいことがあった。

「リアラ、なんで僕はここに?僕はあそこで倒れていたはず」

「あの、ね」

リアラはポツポツと話し始めた。

「日が落ちる前、お父さんとロインを祝いに行かないかって話になって、ロインの家に向かう途中、ロインが倒れているのをお父さんが見つけたのよ。近くにはリーリャさんが死んでた。家にはお父さんが一人で行くと言って、私にはロインを頼むって。それでね、お父さん帰ってきたの、そしたらミラお姉ちゃんとブレットさんは死んでいたって。その後、皆を埋めて、ロインを家に運んだけど、ロインは一日中起きないし、もう、私、何をすればいいのか分かんなくてっ」

話し始めるうちにリアラは泣いていた。

リアラはロインの家によく遊びに来ていた。お父さんは仕事で忙しくて遊んでくれないから、と。

そのときはロイン、ミラ、リアラの三人で遊んでいた。

ブレットの冗談にもよく笑っていたし、リーリャにいろいろと家事を教わってもいた。

リアラにとっても大切な存在であった。

そんな大切な存在をある日突然失ってしまったのだ。

そんなリアラを見てロインはリアラも悲しんでくれるんだと、思った。

心が軽くなった気がした。

だけど、まだあいつが生きている。

もうロインの中で覚悟は決まっていた。




あれから一か月が経ち、ロインは以前と同じ様に動けるようになっていた。

家の前に二人の男が向き合っている。

茶髪で右目に眼帯をつけている元剣聖のアランとロインであった。

アランに目線を合わせ言う、

「アランさん、僕を、いや、俺を鍛えてくださいッ!」

「復讐するためか?」

アランは静かに問う。

「...はい」

「分かった。ロイン、お前を鍛えてやろう」

あっさりと、だった。

ロインはアランには反対されるだろうと思っていたためしばらく呆然としてしまっていた。

「そうだなあ、まず何から始めるか。魔法か?剣術を先に教えるのも―

「ちょっと待って!いいんですか?復讐目的ならてっきり断られるかと...」

はっ、と我に返ったロインはアランに問いただした。

それに対してアランは真剣な面持ちで話し始める。

「もし、お前がただ力を得るためだけに俺に弟子入りを頼んでいたら家から追い出していたところだ。復讐?強くなりたい目的としては十分じゃないか。俺だってそのために力を磨いていた時期があった。...ただな、その復讐心に囚われるな。自らを破滅に導くだけべなく、自分にとって大切なすら失うことになるかもしれない。そのことをしっかりと心に留めておけ」

「......」

ロインは無言でその言葉を受け取った。

アランはロインの顔を見る。その顔は覚悟の決まった者の顔だった。

「それじゃあ、さっそく今日から修行を始めるか」

「はい!」

「いい返事だ。ああ、それと、俺のことは師匠と呼べ」

「はい、アラン師匠!」

師匠と呼ばれるのが嬉しいのか、アランの顔は少しにやついていた。

「お父さん、なんでにやついてるの」

ちょうど買い出しから帰ってきたリアラがジト目をアランに向けていた。

リアラからの指摘を受けてキリっとした真顔になったアランは再び、何事もなかったかのように話し始めた。

「まずはお前の実力を知りたい。リアラ、その荷物を置いたらロインに剣の相手をしてやってくれ」

「分かったわ」

そう言うと、リアラは手に持った荷物を持って家の中に入っていった。

「アラン師匠が相手をしてくれるんじゃ?」

「ブレットの下で剣を教わったことがあるそうだが、リアラに勝てなければ話にならんだろう」

さも当然であるかのようにアランは言った。

そもそも、ロインはリアラと剣を使った試合はしたことがなかった。それどころかリアラが剣を使ってる場面すら見たことはなかった。

だからロインはリアラの実力を知らない。

「準備できたわ」

リアラが腰に木剣を携えて戻ってきた。

服装は動きやすいものに変わっていた。

「ロイン、これを使え」

アランから渡されたのはまだ使われていない新品の木剣であった。

「前使っていたものはもうボロボロだっただろう。だから新しいのを買っておいたんだ」と、アランが言った。

しばらくして、庭にロインとリアラが剣を構えて向き合う。

リアラの構えはロインのそれよりもはるかに洗練されていた。

「ロイン、手加減はしないわ」

リアラの構えに気圧されながらもロインは答える

「分かってる。だから、全力で来い」

「それでは、これよりロイン・アースヴァンドとリアラ・ファルスの試合を始める」

アランの声が響く。

「構え」

ロインは唾を飲み込んだ。

「始め!」

ロインは合図とともに剣をリアラ目掛けて水平に薙いだ。

それをリアラは剣の腹で受け流し、がら空きになったロインの喉元へ素早く剣を突き付けた。

完敗だった。

「ふ、ハハハ。まさかここまで綺麗に負けるとはな」

剣を突き付けられたロインを見て、アランは笑っていた。

もう少しロインが善戦すると思っていたのだろう。

「ロイン、大丈夫?」

剣を腰に戻したリアラが心配そうに聞いてくる。

「大丈夫」

ロインはリアラと顔を合わせることができなかった。

今日までロインはリアラは自分よりも弱いと思っていた。思い込んでいた。

でも、リアラはロインよりもずっと強かった。

そんな自分が悔しくて、

「......」

ロインの心の内を知ってか知らずか、リアラがなにか言ってくる事はなかった。


この時、ロインに最初の目標が出来た。

リアラに追いついてみせる、という復讐のための目標が。

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