悪と戦う男
寿甘
正義の男
男は小さい頃から曲がったことが大嫌いだった。名はライザー。故郷の村ではいじめっ子から友達を守ったり、野菜泥棒を捕まえて村の大人に突き出したりしていて、正義の男として離れた町でも噂になったほどだ。
そんなライザーは、首都イノケンディウスにあるソイミルク冒険者学校に入学した。ソイミルク冒険者学校はモンスター退治などを行う冒険者を育成する学校で、過去には巨竜グラノーラを倒し伝説となった英雄も通っていた名門校である。
ライザーは優秀で、在学中はずっとトップの成績を取り続けた。もちろんここでも曲がったことが嫌いな性格が発揮され、ズル休みをしていた生徒を教官に突き出したり、カンニングをしようとしている生徒を咎めたりしていた。戦い方を学んでからは盗賊退治など悪党を倒す仕事を進んでやるようになり、卒業前から冒険者としての名声を高めていった。
「なんでこんなに悪い奴が多いんだろう」
いつものように盗賊団を壊滅させ、町で女の子に声をかける男の腕をひねり上げ、学校で課題のごまかしをしている生徒を教官に突き出した帰りにライザーは呟いた。みんなが正しい心を持って暮らせば、この世に悲しみや苦しみはほとんど無くなるだろうに。そう思ってため息をつく。
ソイミルク冒険者学校を首席で卒業したライザーは、イノケンディウスの騎士団にスカウトされて入団する。騎士といえば騎士道精神を大切にする高潔な人物だ。国王に忠誠を誓い、命より名誉を重んじる騎士こそが自分の天職だと思った。すぐルールを破って楽をしようとする冒険者にはうんざりしていたのだ。
「ライザー、騎士として剣を預けた主に忠誠を尽くすのだ」
「はい、騎士の名に恥じぬよう全身全霊をもって任務にあたります!」
希望に満ちた顔で叙勲を受けるライザーだったが、そんな彼の期待はすぐに裏切られることになる。
騎士団は表向き高潔な人物の集まりということになっていたが、その内情は酷いものだった。賭博が横行し、昼間から酒を飲んでくだを巻く騎士もいた。当然ライザーはその惨状を騎士団長に報告するのだが、現実はそういうものだと諭されてしまった。
「騎士団に求められるのは現実の高潔さではなく、人々の前でそう振舞う奉仕精神なのだよ。任務さえこなしていれば普段の素行がどうであろうと問題はない」
これまでは悪い奴を倒し、捕まえて大人に突き出せば称賛された。どんなに悪党が多かろうと、この国は、いやこの世界は正義によって支えられているものだと信じて疑わなかった。
だが、それは大きな間違いだった。
その後、運良く国王と直接話をする機会に恵まれたライザーは一縷の望みを持って騎士団の現状を訴えた。しかしそれも徒労に終わる。国王は問題視せず、騎士団長と同じように彼を諭したのだ。
「そうか……そういうことか!」
失意のまま家に帰ったライザーは、自室で何かを閃いたように叫ぶ。
「悪党が多いのは、悪が国を支配しているからだ。世界を支配しているからだ! 弱き者が虐げられる世界を変えるには、この世から悪を消し去るしかない。悪が生産される根源を叩かねば、世界が平和になることはありえないんだ!」
ライザーは、世界の国々を支配する邪悪な王達を討ち果たし、真なる正義の支配する世界を作ろうと心に誓ったのだった。
そのために、力を求めて旅立つ。
善良な人々から笑顔を奪う悪に負けない力を。
この世のいかなる理不尽も打ち砕く天下無双の力を!
――時が過ぎ、ライザーは帰ってきた。最強の力を手に入れて。
「全ての悪をこの世から消し去ろう」
世界の全てを支配下に置いたライザーは、かつての国々に監視者を置く。いかなる悪事も見逃さないために。
監視者達はライザーの指示に従い、民の行いを徹底的に監視し、いかなる悪事も見逃さなかった。
仕事をサボったら逮捕。誰かの悪口を言ったら鞭打ちの刑。恋人と喧嘩になって相手の頬をひっぱたいた女は公開処刑された。
どんなに些細なことでも、悪さをすれば厳しい罰を受ける。人々は恐怖に怯え、あらゆる発言に気を使い、間違っても人を傷つけることのないよう常に警戒をしながら『模範的な生活』をするようになっていくのだった。
目的を果たしたライザーは平和になった世界を見るためにイノケンディウスの町を歩く。悪に虐げられていた弱者の笑顔であふれる町を期待した彼の目に映るのは、誰もが暗い顔をしてビクビクと怯えながら仕事をする光景だった。自分が騎士団にいた時よりも、明らかに町の活気がない。
自分の居城に帰ったライザーは、原因を考えた。
「なぜ人々はあんなに暗い顔をしていたのだろう? もしやまだ私の知らない悪が存在するのでは」
そんなことを考えていると、監視者の一人が冒険者に倒されたという報告が入る。
「やはり悪党が残っていたか! そいつを仕留めろ!」
ライザーはその冒険者を倒すよう、部下達に指示を出した。だが、
イノケンディウスの城で待ち構えていたライザーの前に現れたのは、ソイミルク冒険者学校で彼がたびたび教官に突き出していたサボり常習者の男だった。
「お前だったのか……やはり悪は確実に潰しておかなくてはいけなかったのだ」
ライザーの言葉を聞いた男は剣を構えて言う。
「一つ聞きたい。お前にとって悪とは一体何なんだ?」
「決まっているだろう。人として正しい行いをしない者達。思いやりがなく、自分勝手でルールを守らず、弱き者を苦しめる連中だ! 私は全ての善良な民を悪の手から救うために力を求めた」
ライザーの答えを聞いた男は、フッと鼻で笑った。
「弱き者を苦しめているのはお前だろう、ライザー。お前はただのサボりや人の悪口すらも許さず、厳しく罰している。
いいか、人の心は弱いものだ。どんなに善良な人間だろうと、勉強や仕事をサボりたくなる時もあるし、嫌な奴の悪口ぐらい言いたくなる。どんなに愛している相手でも、些細なすれ違いから怒りをぶつけてしまうことだってある。
それだけじゃない、世の中には生まれた時から貧しく、生きていくために犯罪をしなければならなかった者達も沢山いるんだ。みんな、弱いからこそ悪事に手を染めてしまったんだ。
どんな些細な悪事も許容しないお前こそが、この世で最も弱き者を苦しめている、一番の悪なんだよ!」
「私が悪だと? ふざけるな! 私こそが誰よりも弱き者を守ろうとしているんだ! どいつもこいつも自分勝手な言い訳をして、他人に危害を加えている事を自覚もしていない! そんな奴等を排除しようとしたのは私だけだったじゃないか! 私こそが正義なんだ!!」
ライザーは思いもよらない言葉を投げかけられ、激昂する。
「お前も他人に危害を加えている自覚がないじゃないか。誰よりも多くの人間に危害を加えたのがお前なのに」
冒険者の男は、その言葉を最後に技を繰り出した。もう話すことはない。ただ、お互いに敵を倒すため剣を振るう。
戦いは数時間にも及び、ついにライザーは男の剣に倒れるのだった。
「正義が……負けるなんて」
「最後まで正義、正義……か。真の悪党は、自分が悪であることにも気付かないんだな」
ライザーの亡骸をその場に残し、男は足早に去っていった。
間違っても自分が『正義』と祭り上げられることがないように。
悪と戦う男 寿甘 @aderans
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます