冒険記

伊島カステラ

第1話

「ああ……、よくぞ生きて……よくぞ世界を救って戻ってきてくれました」


 俺の目の前の初老の男性――……この国の王様は、涙を流していた。


「あー……まあ、一応【勇者】だしな」


 そう。

 俺は勇者なのだ。

 そして、勇者としての使命である『魔王討伐』を達成して、故郷であるこの国に戻ってきたのだ。


「しかし……その、なんだ。だいぶ容姿がお変わりになりましたな……」

「あー、確かにそうだな」


 泥だらけだし、血の痕だらけだし、髭は生えっぱだし、痩せたし……。


「……ところで、その他の……勇者パーティの皆様は?」

「え?ああ……」


 俺には仲間もいた。

 『戦士』に『魔導士』に『僧侶』

 ありきたりなThe・勇者パーティだ。

 だが、今この王宮にいるのは俺一人なのだ。


「あいつらは、死んだ。かつての勇者パーティで生きてるのは俺だけだ」

「え……?そんな……。何故……?」

「じゃあ、その辺も含めて俺たちの旅の話をしようかな」





「やっぱ、ってのは美味いなぁ……」

「もう、勇者様。はしたないですわよ」


 姫様が少し咎めてくる。


「許してくれ。腹減ってるんだよ」

「では、コチラの品もいかがですか?美味しゅうございますわよ」

「ほーん。じゃ、いただこうかな」


 俺は姫様が差し出してきた品を頬張る。

 たしかに、美味い。


「も~、そんなに急いで食べると、詰まりますわよ?」


 そう言って姫様は笑う。

 あの日見た時と、同じ笑顔だ。


「勇者どの、そろそろ旅のお話を聞かせていただけませんかね?」

「あーそうだった。忘れてたわ」


 俺は飯を食べる手を止めて、壇上へと移動する。


「んんっ。えーっと、勇者です」


 自己紹介をすると、ざわざわとし始める。


「うーんと……どっから話そうか……。じゃあ、まずは……」


 俺は記憶を掘り起こしながら、ゆっくりと話し出すのだった。





「皆さん。皆さんの目の前には今、何がありますか?……そうですね。食べ物です。美味しい美味しい食べ物がありますね」

「勇者どの……、それは一体何の話ですか?」


 国王様が口をはさんでくる。


「何って……飯の話だけど?」

「できたら、冒険のお話を……」

「冒険において、食事は最重要項目だぞ」

「す、すみません」

「さて、話に戻ります。まあ、この美味しい料理。俺も、をとても堪能させてもらいましたよ」

「久しぶりの料理……?それって……?」


 今度は姫様が不思議そうな顔をする。


「そのままの意味だよ。久しぶりに料理を食べた。それだけ」

「じゃあ、普段は何を?」

「うーんとねぇ……。その辺の草とか、虫とかかな?あと、たまーに動物の腐乱死肉とか」


 またも、少しざわつく。


「国王様、そんなものばかりを食べていたら、人間ってどうなっていくと思う?」

「……弱っていく……ですか?」

「大正解。じゃあ、弱っていったら最終的にはどうなると思う?」

「……死んでしまう……ですか……?」


 おそるおそるといった様子で、国王様が答える。


「そうだね。それだよ」

「それ……?」

「弱っていたんだ。ロクに食べるものもないこの環境で、苦しみながら弱っていった」


 そう。

 弱っていったんだ。

 そして……。

 その先に待っているのは……。


「その日もな、ロクに食べることもできずに眠ったんだ。そして目を覚ましたら……」


 悲しい気持ちが蘇ってくるが、いたって冷静だ。


「死んでたんだよ。『魔導士』は」


 忘れない。

 頬もこけて、骨が浮いて見えるほどにやせ細って冷たくなった魔導士の姿を。


「これが、勇者パーティにいた『魔導士』の’’終わり’’だ。意外にあっけないものだろう?強い魔物と戦って、英雄的に死んだワケじゃないんだ。ウケるよな」

「ウケるって……。なんなんですか!?仲間が死んでいるんですよ!?」


 姫様が激昂しながら近付いてくる。

 確か、姫様と魔導士は仲が良かったんだっけか?

 そりゃ、キレるわな。


「あーあー。そういうの後ででいいから。黙って聞いててな」


 俺が制止すると、渋々といった様子で姫様が自席に戻った。


「うーん……。じゃあ、次は『僧侶』についての話でもするか」

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