クリスマスが一年に四回ある世界

桜森よなが

第1話 クリスマス、年に四回もやる必要ある?

 世界でクリスマスが4回行われるようになって今年で30年になるらしい。それ以前は1回だけだったとか。

 詳しくは知らないが、4回行われるようになったのはこういう経緯らしい。


 クリスマスというのはご存じの通り、救世主の誕生を祝う祭りだが、しかしその正確な誕生日は実は不明なのだ。

 長らく12月25日をクリスマスとしていたが、他にも誕生日とされる日は、3月25日説、6月25日説、9月25日説があって、論者たちによって激しい論争がしばしば行われていた。

 そんな中、ある論者が30年前にこんなことを言ったそうだ。


「もういっそ1年に4回やればよくね?」


 この発言をきっかけに、冬だけでなく春も夏も秋もクリスマスを祝う人たちが出てきて、ケーキ屋も年に4回クリスマスケーキを作るし、チキン屋も年に4回、クリスマスセールを行うようになって、いつのまにか一年に四回クリスマスがあるのが当たり前になってしまった。

 今では世界中の人々が年に4回のクリスマスを楽しんでいる。


 しかし、俺からしてみれば、なんてことをしてくれたんだというかんじだ。

 リア充たちはいいかもしれないが、俺のような恋人がいないやつにとっては、幸せそうなカップルを遠くから眺めるだけの地獄のイベントだ。

 クリスマスは4回もいらない、いやなんなら一回もしなくていい!


「――そう思わないか? 堺谷さん?」

「いえ、全然」


 コンビニバイト中、隣のレジで、小銭をレジスターに補充していたバイト仲間の女子――堺谷さんは興味無さそうに返事をした。

 客は今、店内に誰もいない。

 レシートの紙が切れていたので、俺は新しいものをレジスターに補充しながら会話を続ける。


「なんだよ、冷たいなぁ、ひょっとして堺谷さんも恋人がいたりするのか? そっち側なのか?」

「あ、そうだ、その話で思い出したんですが、先輩に訊きたいことがあったんです」

「おっ、なんだ? 何でも訊いてくれ」

「先輩って、明日の予定開いてますか?」


 と、彼女はどこか不安げな表情で訊いてきた。

 !? これは……まさか誘われているのか?


 明日は夏のクリスマス――6月25日。

 ということは、彼女は俺をクリスマスデートに誘うつもりなのだろう、そうに違いない!

 ついに俺にも青い春が来たんだ!

 落ち着け、平常心を保て。さりげなくだ、動揺をおくびにも出さずに答えるんだ。


「あ、あああ、開いてるけど?」

「よかった!」


 ぱぁっと花が咲いたように笑顔になる堺谷さん。

 俺とクリスマスデートできるのがそんなに嬉しいのか、そうかそうか、おれも嬉しいよ……

 と思っていたが、次の瞬間、俺は地獄へ叩き落された。


「じゃあシフト替わってくれませんか? 彼氏が最近出来て、明日はデートする予定なんです、えへへ」

「…………」

「どうしました? 先輩、推しのアイドルに恋人がいるのを知ったキモオタみたいな顔になってますよ?」

「し、してないよ、そんな顔」

「先輩、暇なんですよね? 替わってくれますよね?」


 とニコニコした顔を彼女は近づけてくる。

 笑顔の圧がすごい。

 俺は押しに負けて「う、うん」と頷いてしまった。

 「やったー!」と小躍りして喜ぶ後輩ちゃん。

 それに反して、俺のテンションはダダ下がりだった。



 そして、クリスマス当日――


「ぐす、ふぐ、うえ、えぐ、ふええん、うえええええん」


 俺はコンビニのカウンターで泣いていた。

仕方ないだろう、青春時代のクリスマスをコンビニバイトでつぶしてしまっているんだから。そりゃあ泣きたくもなる。


「あの……」


 隣りから声がかかる。

 同じく今日バイトをしている同級生の貴地邦きちくにれいさんだ。

 とても美人な女の子だが、男性が嫌いらしく、男性というだけで冷たい目を向けるような娘だ。

 ぶっちゃけ接客態度は悪いのだが、不思議と苦情は全くない、むしろそれがいいという男性が多いとか。度しがたいことだ。


 彼女は今も見ただけで凍りそうなくらいの目を俺に向けてきている。


「えっぐ、ふえ、な、なんだい?」

「仕事中に泣かないでもらえますか? あと泣き方がキモい」

「で、でも、クリスマスだよ、こんなに日にコンビニバイトなんて、泣いても仕方ないじゃないか」

「仕方なくないです、まじめに仕事してください」

「貴地邦さんは嫌じゃないのか、こんな日に仕事なんて」

「いえ、全然、今日は他の日よりも時給が高いので、嬉しいくらいです」

「寂しい女だな、君も」

「あなたにだけは言われたくないです、さぁ、ほら、早くこの雑巾で顔を拭いてください、その顔、見苦しいんで」


 彼女はそう言って、先程レジ周りを掃除していた際に使用した雑巾を渡してくる。

 せめて、新品か洗ったやつをくれよ……。


「冷たいなあ、君は」

「冷たくないです、あなたには当然の対応をしているまでです、ほら、店内にいる客を見てください、あなたのことを『うわぁ』って目で見てますよ」

「ほんとだ、みんな冷たい……」


 この世界はなんて生きづらいのだろうか。

 俺はぞうきんを受け取らず、洗面所へいき、顔を洗った。

 カウンターへ戻ってくると、ちょうど貴地邦さんがレジの清算を終えたところのようで、客が自動扉を通って店から出ていった。

 店内にこれで客はひとりもいなくなった。


「ほら、ぼさっとしてないで、客もいないことですし、商品の消費期限をチェックしましょう」


 と言って彼女は商品棚の方へ向かうので、俺もついていった。

 消費期限が迫っているやつは廃棄しなければいけないので、こうやってちょくちょくチェックしているのだ。

 俺は商品を裏返したりして、消費期限を見ながら、彼女に話しかけた。


「好きなラノベがさー、絵師変わっちゃってさー」

「へー」

「ずっとやってたソシャゲがこの前サ終しちゃってさー」

「そうですか」

「最近、アニメの数、多すぎじゃね? 全部見る時間ねぇよな」

「へー」

「……ねぇ、話聞いてる?」

「そうですか」

「いや、聞けよ」

「はぁ、なんであなたの話を聞かないといけないんですか? なんでそんな時間を無駄にしないといけないんですか?」


 貴地邦さんは俺の方を一瞥もせず、黙々と商品を手にとって見ながら、俺に冷たい声を浴びせてくる。

 そんな彼女に少しでも興味を持ってもらおうと、俺は頑張った。


「ねぇ、しりとりしない? しりとりのりからね」

「仕事してください」

「じゃあ、俺から始めるね、り、り、り……りぼん、やっべ、いきなりミスっちゃった」

「ふざけないでください」

「なぁ、なんかこのコンビニの唐揚げ弁当、前より唐揚げ小さくなってね? 気のせいかな」

「気のせいでしょう」

「なあ、なんか最近、全体的に値段上がりすぎじゃね?」

「気のせいでしょう」

「いや、さすがにそれは気のせいじゃないだろ」


 どうやらまともに返事する気はないらしい。

 俺が楽しく会話したい、和気藹々とバイトしたいのに対して、この子はどうやら仕事は黙々とやりたいタイプみたいだ。

 それからも俺が話しかけて、貴地邦さんが適当に返答する、というのをバイトが終わるまで繰り返した。


「「お疲れ様でーす」」


 バイトが終わる時間になったので、貴地邦さんとともに奥のスタッフルームに入る。

 店長兼オーナーがパソコンが置かれたデスクの前に座っていた。

 発注作業でもしているのだろうか、もしくはシフトでも組んでいるのか、まあどちらでもいいか。


「貴地邦さんおつかれー、廃棄好きなの持ってってねー」

「では、このスイーツを」

「どうぞどうぞー」


 貴地邦さんが廃棄がたくさん入ったカゴから、小さなカップに入ったケーキを一つバッグに入れている。

 うちのコンビニは、廃棄を持って行って大丈夫なコンビニだ。

 ダメなコンビニもあるらしい。オーナーの方針の違いだろうか?


「ではおれはこのシュークリームを」

「あ? それはおれが食うやつだ。てめぇにやる廃棄なんてねぇよ」

 扱い違いすぎませんか?

 この店長、男にはおに厳しいんだよな。


 とは言われたものの、廃棄は大量にあるし、どうせ店長だって、全部この廃棄を食べることなんてできやしない。

 俺は店長がパソコンに集中している隙に、こっそり廃棄を大量にバッグに入れた。


 コンビニを出た後、貴地邦さんに声をかけた。


「貴地邦さん」

「何ですか、早く帰りたいんですけど」

「どう、これから俺と飯でも……」


 言い終わる前に、彼女は俺の前からずかずかと去っていった。

 せめて最後まで聞いてほしかったな。

 一人寂しく、とぼとぼと家路を歩く。


 街中は煌びやかなイルミネーションで彩られていて、腕を組んだカップルが幾組も幸せオーラを振り撒いて歩いている。

 通り過ぎる店の中には、クリスマスツリーが飾られているところもあった。

 今の俺には、眩しいとしか感じない光景だ。


 このまま、クリスマスが終わってしまうのだろうか。

 ああ、恋人がほしい。

 今すぐ俺と恋人になってくれて、クリスマスを一緒に過ごしてくれる、そんな人が現れないものか。

 クリスマスプレゼントがもしもらえるなら、サンタにお願いしたい、かわいい恋人をくださいって。 

 なーんて、我ながらなにをバカらしいことを考えているんだか。


 と、そこで、自分の口がもごもごと動いていたことに気づく。

 心の中だけでしゃべっているつもりだったが、声に出していたようだ。

 だれかに聞かれてないだろうか、と辺りを見回した、その時――


「あわわわわ、危なーい!」


上空から声が降ってきた。

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