特別な出会い方をしたわけでもないし、燃え上がるような情熱を抱いた時期も、多分お互いになかった。なんとなく付き合って、なんとなく一緒にいたし、そのままなんとなく結婚するつもりだった。そんななんとなく交際だったわけだから、皆に「振られた」と言われて認められない自分が不思議だったし、数年分の出世をなげうってまで一葉探しのために急に有給を強奪した自分もまた、不思議ではあった。


 2DKに、二人で住んでいた。部屋をそれぞれ一つずつ持つのは、同棲の前にお互い希望して決めた。一緒に過ごすときはたいてい一葉が俺の部屋に来ていたから、あまり一葉の部屋に入ったことはない。三日帰らなかったときにちょっと調べさせてもらったが、どこかに向かう前にヒントが欲しかったので、もう一度調べることにする。


 家の鍵と今年の誕生日に送ったペンダントは、いくら探しても見つからなかった。安心した。少なくとも、別れる意志を俺に見せるつもりはないらしい。それから、短期旅行用の鞄も、長期旅行用のキャリーケースも、全部クローゼットに置いてある。よく着ている服も残ったままだった。長期的に家に帰らないことは想定しないように思えるが、スマホの充電器は机の上から消えている。化粧品もポーチ外のものまで一式なかった。会社に行く程度ならいつもは持ち歩いていなかったはずだから、もしかしたら自主的に姿をくらました、という線もあるかもしれない。だとしても、事前の準備を全くしない、かなり突発的な行動に思える。


 分かったのはそれだけだった。早速手詰まりだ。とにかく、帰って来なくなった最初の日の足取りでも追うとしよう。まずは職場だ。水曜日の朝七時半、俺は部屋の鍵と一緒に、絶対に一葉を探し出すという覚悟を握って家を出た。

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