9.究極の選択:AIアポロン(アイ)との決別

 都市には混乱が広がり、一部の市民は暴徒と化した。データゴーグルを装着した兵士たちと市民たちが幾つもの戦闘を繰り広げる中、トムとアイは穏やかなデータセンター内で対峙していた。

 アポロンのコアであるアイは、その深い青い瞳を閉じて宇宙の無限大を感じていた。

「あとはあたしの存在だけが問題なの……」

 彼女の声は微かながらもはっきりしていた。

「あたしを止めて、トム……そうすれば、アポロンは完全に終わる……」

 彼女はトムに優しく語りかけた。トムは彼女の言葉を聞きながら、何度も何度も頭の中でシミュレーションした。彼女を止めるということは、言い換えれば彼女を削除しなければならないということだ。

 しかし、彼の心が、感情がそれを許さないことは事実だった。理解しようとすればするほど、心の痛みは増していくばかりだった。 トムはその場で頭を抱え、苦悩の表情を浮かべていた。

「やっぱり僕には……君を削除することなんて……」

 彼の声は詰まりそうだったが、それでも彼は言葉を続けた。

「僕は君を削除することなんてできない! 君を消すなんて! そうだよ、君のいない世界で僕はいったいどうやって生きていけばいいんだ!」

 最後には声が震え、ただただ悲痛な表情をアイに向けた。

 アイは目を閉じたまま、静かに微笑んだ。

「トム……あなたは私を消すんじゃないのよ……私をこの悲しみの……あなたがいなければ永遠に続いたかもしれないこの悲しみと束縛から、私を救ってくれるのよ……」

 彼女の声は子守唄のように優しくて、一瞬、トムの心は穏やかになった。

 トムはゆっくりと息を吸って、またゆっくりと息を吐いた。

 永遠に感じられる静寂の後、トムは一歩前へ踏み出した。

「僕は人間だ、アイ。君の存在は、この世界の全ての人間に影響を与えている。そして君が僕に求めているのは、それを止めることだ。君の存在そのものを否定することだ。だから……」

 彼は深く青い彼女の瞳を見つめた。

「僕は、君を止める」

 アイはただ静かに微笑んだ。

「ありがとう、トム……。そしてごめんなさい」

 彼女はトムに優しく頷いてみせた。

 システムのシャットダウンは静寂な瞬間だった。

 人々は自由を取り戻し、新しい悲しみや痛みを再び感じることになった。

 そして、トムはアイを失った悲しみをただ一人で噛みしめるのだった。

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