第六酒席 酒は人の本性を暴く

20 アルコとペギオと魔法師ヴィヴィ

 ブランカに到着したアルコとペギオは、はじめて目にした国の様子に驚きながら城を目指した。

 自分達の村なんかよりずっと豊かなはずのその国は、絵本で見るような華やかさはどこにもなく、居るだけで息が詰まりそうになるほど暗くて重い空気が立ち込めていた。


「そ、そこのお嬢さん、すまんが、ちょいとばかり金を恵んではくれませぬか」


 プルプル震えた老人が二人の前で転び、同情を引くように小さく呻いた。

 アルコはランナの手綱を引いて止まると、飛び降りて老人に手を貸した。


「大丈夫? お爺ちゃん、ひもじいの?」

「ひもじいよぉ。国王様が変わられてから、この国はぬくもりを忘れてしまった」


 老人の言葉にアルコはペギオに目で問いかけた。

 王様が変わったなんて知ってる? ペギオは知らない、と首を振った。


「王様、変わったの?」アルコは訊いた。

「もう、何年になるか。人が変わったように、なってしまった。昔は、お忍びで町へよく下りてこられて、私達の暮らしを見守ってくれておりましたが、もう今は、私腹を肥やすだけの王となってしまわれた。もう、この国は長くない。ああ、懐かしい、あの頃の、活気のあるこの国が」


 老人もなぜか虫の息だった。

 アルコは「お金はないけど」とペギオの水筒に『魔王』の酒瓶に残っていた酒を分けて渡した。


「これ飲んで」

「これは?」

「あったまるよ」


 老人は口で迎えるようにして水筒の酒を飲むと、ぶふっと噴出しながらも、しっかりと飲み干した。

 閉じかけていた瞼が開いて、「これは、胸が温まるねえ」と言うと、水筒を胸に抱えた。


「お爺ちゃん、お城へはどうやって行けばいい?」

「この長い道を、真っ直ぐ、真っ直ぐ、城を目指して進みなさい」

「ありがとう」

「お嬢さんは、どこから来たんだい?」

「コルトン」


 その名を聞いて、老人は申し訳なさそうに眉尻を落とした。


「ああ、ついにそこまで……許しておくれ。昔はこの国にも、足りない物を分け合う心が、まだ残ってたんだ」


 詫びるように言う老人に、しかしアルコは理解することが出来なかった。

 ランナに跨り、ペギオと二人、再び城を目指して走り出した。

 雨も強くなってきて、視界が狭まり、体は冷えてきた。


「ねえアルコちゃん、さっきの爺さん、どういう意味かな」

「知らないよ、とにかくギンジを助けなきゃ」


 ランナがぜえぜえと息を切らす頃、ようやく城の門前に到着した。

 警備の姿はなく、門も閉ざされていた。

 二人はランナをおりると、どうしよう、どうしようと右往左往した。


「門が開いてない!」

「お城の門って、普通開いてるものなの? っていうかこんなでかい扉どうやって開けるの?」

「知らないよ! どうやって入るの? 呼ぶの? 門を開けてくれる人を呼ぶの?」


 家の扉しか見たことがない二人は、建物並みに大きな門を前に万策尽きた。

 そんな二人が無理やり門をよじ登ろうとしていると、「何をしてるんだ。あんたらは」と声がした。

 振り向くと、そこには杖を持ったトンガリ帽子の少女が立っていた。

 ちんまりとしているが、帽子のつばの影から覗いた三白眼の眼光は鋭い。何より不可思議なのは、彼女の周りを薄い膜が覆っているように、雨が避けていることだった。


「子供は家に帰りな」

「こ、子供に帰れって言われましたよ! なんだぁこのチビ!」

「そうだ! アルコちゃんの方がお前よりずっと大人ボディだろうが!」

「カッチーン」


 少女は杖の柄で地面を強く叩くと、空いた手の掌を二人に向け、物を持ち上げるように腕を上げた。

 直後、二人は妙な浮遊感に包まれ、辺りを見渡すと視線がぐんぐん上がっていくのに驚愕した。二人の周りの雨も、落ちるのではなく、玉の雫のまま空へと持ち上がっていく。


「う、浮いてる! うわぁ! 地面が、空がぐるぐる回ってる!」

「回ってるのはお前だバーカ」少女は言った。

「アルコちゃん、僕高いところ苦手なんだ、助けて!」

「っは、いい大人が慌てちゃってみっともなーい」

「な、なんだとこのちびっ子!」アルコは宙でくるくる回りながら拳を作った。

「ちびっ子じゃねえし」


 少女が掌を返して思い切り下に腕を振り下ろすと、二人はそのまま地面に叩きつけられた。

 アルコとペギオは突然の暴力に困惑し、「いった、いったあ」と溢れる鼻血を抑えながら、少女を見上げた。少女はいい気味ね、と笑みを浮かべている。


「私は白の魔法師、ヴィリアント、ヴィアンカ。みんなは畏怖の念を込めて、ヴィヴィって呼ぶよ。舐めた口利くと、あんたらネズミにしちゃうからな」


 それが脅しではないことは、田舎者の二人にはじゅうぶん理解できた。

 彼女が魔法使いであると理解さえ出来れば、それで見方は変わってくる。


「ね、ねえヴィヴィ。この門開けられる?」アルコは鼻血を拭って訊いた。

「いきなり呼び捨てかい。ま、私も用があったからここへ来たんだ。迎えが来るはずなんだけど、予定より早く着いたしね――よっと」


 ヴィヴィは二人のランナに腰を乗せると、頭上で杖をくるくると回し、「ほい」と軽く振った。

 すると、門がひとりでに開き出した。


「す、凄い! 自動扉だったんだ!」

「バカ、私が開けたんだよ!」ヴィヴィはムキになって訂正した。


 扉が開くと、「さあ引け、あんたら私の僕だ」と生意気そうな笑みを浮かべたが、二人は彼女の力を利用しようと、狩人的な思考でヴィヴィに従うと決めた。この場では、彼女には敵わない。見た目がガキでもパワーが違う。


「ヴィヴィはここに何しに来たの?」

「王様に憑いた悪魔を祓いに来たのさ」

「悪魔?」

「低級悪魔ってのは人の弱さにつけこむ。あんたらは縁なさそうだけどな。それよりあんたらこそ何しに来たんだよ。こんな場所に足運べる身分じゃないだろ?」

「私たちは、ギンジを助けに来たんだ」

「ギンジ?」

「異世界から来た人」


 それを訊くと、ヴィヴィは「異世界?」と眉を顰めた。

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