10 やっちまったなあ

 村の入口で、酔っ払った屈強な男達が相手にしていたのは、中世を思わせる銀の甲冑を身に纏った六名の男だった。甲冑はキラキラピカピカしたものではなく、角は磨り減り、傷も多く、年季が入っている。

 銀二の想像していた騎士は、いかにも戦ったことのない偉そうな役人だったが、彼等からはハッタリではない威圧感をビシビシ感じる。どちらかと言うと、騎士というより傭兵のような雰囲気だ。その背後には、ランナという走鳥類の巨鳥を連れている。これは、元の世界でいう馬のようなものだ。

 銀二は、村長、コールやアルコと、揉め事の経緯を把握する為に様子を見守った。


「いい加減にしろよてめえら! 年がら年中税だなんだと村からぽんぽん収穫物取っていきやがって! こっちはお前らと違って、自然と共に生きてんだ。その年その年を越えるのにどれだけ苦労するかわかってんのか!」

「だから、多少なり生活の助けになるよう、還付金として金を渡しているだろう」


 男が小さな袋を差し出すと、村の男はその手を叩いた。


「どこで使えってんだ、使えないならまだしも、食えもしない金は鉄くず同然だ。あんまナめてると山神様にお供えしちまうぞ!」

「そうだそうだ! 手前らの腹を肥やす為に俺達は命を張って狩りをしてるんじゃない。欲しけりゃ自分の命を懸けろよ、この腰抜け共が!」


 男達が凄むと、先頭にいた騎士がうんざりした様子で首を振った。


「もういい。ランナ十頭、ギュウカ十頭だ。出せないというなら村の女でもいいぞ、兵隊の慰みモノになる。そこの彼女ならあっという間に人気者だ、肌艶もいいし、腰もでかい」


 目をやって言われ、アルコは睨むように騎士を見て、コールも額に青筋を浮かべた。


「冗談も程々にしとけよ。あんまり調子乗ってると、本当に山に埋めちゃうからな」

「それはこっちのセリフだ。これ以上無礼な口を利くなら、お前ら全員この場で皆殺しだ。女子供は生かしておいてやるがな」

「……なんだとこの野郎。やれるもんならやってみろ」


 一触即発、いつ殺し合いが始まってもおかしくない危うい雰囲気だった。

 それも、男達は酒が入っている。普段は黙ってやり過ごしているのかもしれないが、酒の勢いで殴りかかるかもしれない。まずいなこれ、と銀二は酒瓶に足した『魔王』をぐびぐびと煽り、恐怖心を鈍らせて前に出ようとした。口が回れば、騎士を言い負かせるかもしれない。しかし、それを村長が止め、男達の前に出て、騎士達と対峙した。


「あいやすみませんが、騎士団の皆様」


 村長が出てくると、騎士は兜の奥でふっと笑んだ。


「村長、どうにも今日は威勢がいいじゃないか。俺達に刃向かうつもりか?」

「いえいえそんな、私どもは、静かに暮らせればそれでよいのです。皆様の手を煩わせるつもりはまったくありません。どうか、非礼を許してやってください。今日は宴で、皆浮かれておるのです」

「……だとしても、目に余る態度だな。どう落とし前をつける?」

「落とし前?」

「無礼を働いた自覚があるなら、言葉だけの謝罪ではなく、誠意を見せろと言っている」


 兜を被ったままの男達は、今すぐにでも村人達を切り捨てても構わない、そんな気配を放った。

 村の男達も臨戦態勢で、少しでも動けば飛び掛りそうだった。

 そんな空気の中、「ジャスティ、村の様子がおかしい」と、村の様子を見に行っていた騎士の一人が報告しに戻って来た。これで七人。それにしてもジャスティとは、ジャスティス「正義」を思わせるような名前の割に、やってることはチンピラだ、と銀二は顎を掻いた。


「ああ、宴らしいからな、浮かれてるそうだ」


 ジャスティが言うと、「そんな風じゃなかったな」と戻って来た仲間が言った。


「一人で笑ってる奴、泣いてるやつ、殴り合ってる奴もいた。変な臭いもしたし、あちこちゲロまみれだ」

「変な臭い?」

「ああ、どいつもこいつも、こいつを飲んでたみたいだ」


 男はビールの注がれていたジョッキを持って来ていた。

 まずい、と銀二は目を眇めた。

 もしもこの騎士が酒に口をつけたら、どうなるかわからない。

 騎士のリーダーであるジャスティは、ジョッキを覗き込み、「なんだこの、黄金色こがねいろの水は」と眉を顰めた。「それは、酒という、私達の村の新たな特産品でして。今日はそれで宴をと」と村長が言ったのを聞いて、銀二は目を丸くした。


 特産品の方向性でいくの? と困惑する。


 ジャスティは訝しげに目を眇めると、兜のフェイスガードを上げ、その高い鼻で酒の臭いを確かめ、臆せずに口をつけた。このジャスティという男、クズだがなかなかのイケメンであり、銀二はそれが気に入らず、静かに舌を打った。どうにかなっちゃえ、と腹の底で思う。

 ジャスティは口に含んだ酒を少しだけ飲み込むと、まずかったのか残りを地面に吐き捨て、ジョッキを捨てた。「なんだこの――」と文句を言いかけた直後に、彼の顔は赤信号から一気に青信号へと変わっていった。


「ジャスティ、どうした。顔色が悪いぞ」仲間が様子を窺うように覗き込んだ。

「……ん、ん?」ジャスティの頭がふらっと揺れた。


 こいつ、下戸げこか。と銀二は理解した。


 ジャスティは死ぬほど酒が弱い、所謂いわゆる「下戸」だった。


 ジャスティはその場でたたらを踏み、崩れ落ちそうになるのを必死にこらえ、村人達に背を向けてゲロゲロと吐いた。それを見て村の男達はにやにやと笑み、村長も不敵な笑みを浮かべた。それを見た騎士は毒を盛られたと勘違いし、剣を抜いた。


「き、貴様らやりやがったな! 村ぐるみで俺達を騙したんだな!」

「へっへっへ、早く帰って看病しないと、命を落としてしまわれますぞ、騎士様よ」

「そうだそうだ、さっさと帰れボケなす!」アルコが野次を飛ばした。

「下手に動かすと余計に容態が悪化します、なに、毒消し草を煎じて飲めば大丈夫ですよ。我々はそれを、毒消しを煎じた粉薬を飲みながら一杯やるのですから」


 銀二はその様子を見守りながら、魔王を飲み、口を拭った。

 ジャスティを見ると、「うう、気持ち悪い。頭が痛い……眩暈がする。肩を貸せ」と苦しそうに言って、仲間に肩を借りて立ち、ランナに跨った。


「いいかお前ら、このまま終わると思うなよ!」別の騎士がランナに跨り、言った。

「ジャスティ、大丈夫か?」

「揺らすな……頼むから揺らすな」


 今にも吐いてしまいそうなその声に、騎士たちは急いで戻るぞ、と走り去っていった。


「っへ、ざまあみろってんだ」


 村の男たちは、がはははは! と笑ったが、部外者である銀二は心配になった。


「村長」銀二は訊いた。

「なんだいギンちゃん」

「あの、酒、よかったんですか? あんなウソ言って、仕返しとか」

「ああ、そうだなあ――」


 村長は何かつき物が落ちたようなすがすがしい笑顔を浮かべ、同じようにすっきりした笑顔を見せている村の男達に顔を向けた。


 溜まっていた不満を、直接吐き出してやったからか、気分がいいようだ。


 ところが、


「やっぱ、まずかったかなあ?」


 その言葉に、男たちは「やっちまいましたかね!」とゲラゲラ笑った。

 今は酔っているから軽いノリで済んでいるが、正気になった時どうなるか、銀二は不安になった。

 けれど、どうなってしまうのだろうか――と考えるだけで、皆が楽しそうに笑っている姿を見ていると、「ま、いっか」という気持ちになって、一緒になって笑い、その日は一日中、心配事は忘れ、皆で酒を食らって過ごした。

 しかし翌日、正気に戻った村長は、村人達を集めて言った。


「やっぱり昨日の、ちょっとまずかったかも――」

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