くちづけの花嫁

しきみ彰

《上》

序章 双子の妹、夢を視る

 あふれんばかりに咲くむせ返るような藤の甘い香りを嗅いだとき、ともえ琴乃ことのは自分が夢を視ていることに気づいた。


 だってこれは、普段から彼女がよく視ている夢だからだ。

 ふわりと、柔らかな風に巻き上げられて黒髪が揺れる。


「ねえ」


 声に引かれて後ろを振り返れば、そこには見目麗しい人がいた。


 美しい銀色の長髪が風に流されて煌めき、柔らかく細められていた金色の瞳がこちらをじいっと見つめている。

 大輪の白彼岸花が浮かび上がる白い着流しに漆黒の羽織を肩にかけた姿は、それはそれは美しかった。

 そんな彼が片手に持った煙管から、ゆるゆると糸のような煙がたちのぼり、空へとゆっくり溶けていく。


 そんな現実離れした美しさから目が離せないでいると、彼がにこりと微笑んだ。


「僕の名前を呼んで?」

「……え?」


 彼が、琴乃に向かって手を伸ばす。彼が、光の粒となって消えていく。


「何かあれば、必ず守るから」

「あ、の……」

「だから」


 それらすべてが雪のように儚く溶けていく前に、彼の指先がかすかに琴乃の唇に触れ――彼女は確かに、彼の名を聞いた。


「僕の名前は、さかえ


 何かあったときはどうか、僕の名前を呼んで――

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