自称天才、組織の存在に辿り着く


 人間を魔族に変える薬物がある。シヌワは確かにそう言い残した。

 彼の目が閉じられ、ついに微塵も動かなくなってしまった。

 彼の死は悲しいがジニア達は遺言に戸惑う。


「どういうこと……? 人間を魔族に変える、薬?」


「ああ、混乱する気持ちは分かるが事実だよ。さっきあそこに居る白衣の男が言っていた。どうやら、作りたかった薬の調合を間違えて作られた、偶然の産物らしい。僕の村を襲った魔族も同じなのかもしれない」


 白衣の男の妄想でなければ真実なのだろう。

 常識が邪魔してすぐに信じられないが辻褄は合う。

 時間差で効果が出るならトーメルがいきなり魔族に変化したのも納得出来る。


 どこから現れたか不明な魔族が元人間だとすれば、クスリシ村で暴れていた魔族も同じな可能性が高い。カイメツ村とクスリシ村の被害は今のところ酷似している。


「で、何なんだよあのふざけた奴等は。薬といい服装といいまともじゃねえだろ」


 男性二人は半袖短パンの少年スタイル。女性二人はビキニのみの露出スタイル。

 山頂手前で凍死寸前まで追い込まれたのに未だ服装を変えていないバカ集団。

 白衣を着た男性に関しては白衣の下にパンツしか身に付けていない。

 こんな連中に同僚を殺されたヒガとノッコルの心は怒りで燃え上がっている。


「よく分からない。奇跡を使ってシヌワ二等兵を殺したのと、今話した薬の件しか分かっていない。そうだ、そういえば彼等はオルンチアドという言葉を出していた。おそらく彼等が所属するチームだと思う」


「つまり敵はあいつらだけじゃねえかもってわけか」


「ネモフィラはシヌワさんの遺体を離れた場所に運んで、傷付けないよう守ってあげて。あんな奴等は天才の私にかかれば楽勝だから、任せて。今こそ天才の真の力を見せる時」


 少し悩んだ後に「分かった」と言うネモフィラはジニアの指示に従う。


「止せジニア! いくら君が奇跡使いだとしても相手は五人、圧倒的に不利だ!」


「奇跡使い!? 丁度いい、サポートをお願いします! ヒガ三等兵と私だけならともかく、奇跡使いが味方してくれるなら戦えるはずです!」


 何も分かっていない、とネモフィラは思う。

 魔術師、この時代では奇跡使いと呼ぶが、剣士が相手をするには相性最悪だ。

 遠距離攻撃が出来る魔術師に対して剣士は近付かなければ攻撃出来ない。

 魔術の回避に関しては、余程の実力者でなければ避けられずシヌワのように死ぬ。


 そういった相性の悪さから現代では剣を使う者は弱いと決めつけられ、魔術師でなければ魔族と戦えない認識までされている。魔術が常識の現代人ならともかく、慣れていない過去の人間が戦ったところで惨敗するだけだ。


「私一人で大丈夫。私、天才だから」


 当然ジニアは剣士と魔術師の相性なんて考えていない。

 彼女が自分一人で大丈夫と言う理由は、単にその方が凄く見えそうだからである。


「舐めているな、俺達オルンチアドの魔術師を」


「幹部の方々から教わった私達の魔術の前では、ダスティアの二等兵クラスでも手も足も出せず死ぬのみ。あなたも魔術師らしいけど、私達五人を同時に相手して無事でいられると思わないことね。あなたみたいな子供如き楽に掃除出来るのよ」


「ふっふっふ、所詮凡人の戯れ言。私の心には響かない」


 子供発言にジニアは目を瞑って冷静そうに返す。

 剣士二人とネモフィラは『何言ってんだこいつ』と心の中で呟く。

 

「ふっふっふ誰が子供だ私は二十歳だあ! 〈魔弾マ・バレ・マダン〉!」


「めっちゃ心に響いてるじゃねえか!」


 目を見開いたジニアは容赦なく魔術を放つ。

 桃色のエネルギー弾が迫るバカ集団は五人中四人が横に跳び、〈魔弾〉の軌道から外れて確実に躱す。残された一人は躱そうとせず、自信満々に杖を構えて立ち向かう。


「〈防膜シ・フル・ボウマ〉! 俺の防御魔術は幹部の方々以外に破られたことはない!」


 半袖短パンの男を青い膜が覆う。

 安心した男に――防御魔術を破壊した〈魔弾〉が直撃して爆発する。

 黒焦げになった男は「バカな」と呟いて白目を剥き、杖を落とした後で自分も地面に倒れる。


 確かに防御魔術は攻撃を防ぐための魔術だが硬度は使用者次第。

 使用者と互角や少し強い程度ならともかく、かなり強い相手の攻撃なら〈防膜〉は破れてしまう。バカ集団の実力ではジニアの攻撃魔術を防げない。


「す、凄い。もう一人倒した」


「はっ、こ、殺しても構わないですが一人は生かしてください!」


「安心しとけノッコル。あの男はまだ息がある。傷の手当てを軽くでもしておけば、情報を吐き出させることも出来るだろう。それより、今ので相手もジニアの強さを理解したはずだ。本気の戦闘が始まるぞ」


 ネモフィラの言う通り、ジニアを見下していた集団は油断しなくなった。

 脅威の敵と認め、油断なく真剣な眼差しでジニアを見つめている。


「ただの子供じゃないな。一斉攻撃で潰せ!」


 白衣を着た男の指示に残る三人は「了解」と答える。


「「「「〈魔弾〉!」」」」


 四人同時に赤いエネルギー弾を放つ。

 ヒガとノッコルは「危ない!」と叫んだがジニアは動じない。


「〈魔連弾マ・バレ・コンテ・マレンダ〉!」


 四つの〈魔弾〉に対抗するべくジニアが使用したのは二級魔術〈魔連弾〉。

 三級魔術〈魔弾〉の上位の術であり、一度に複数のエネルギー弾を撃つことが出来る。明確な数は定まっていない。一つしか撃てない〈魔弾〉とは違い、使用時の魔力量によって個数を調整出来るのだ。

 様子見としてジニアが撃ち出したのは合計……十二個。


 十二個もの桃色のエネルギー弾が撃たれてバカ集団は驚愕した。

 四個の赤いエネルギー弾をたった一個で相殺したので、まだ十一個も残っている。

 防御魔術でも防げないのは分かっているのでバカ集団は〈飛行フ・イラ・フライで空へと逃げる。


 ジニアの〈魔連弾〉は半分が山に衝突して山肌を抉った。

 もう半分は空へ向かいバカ集団を追う。

 自動追尾なんて便利な力はない。

 自分の意思で魔術の方向を変えるのは魔術師の技術の一つだ。

 余程上手く逃げなければジニアの〈魔連弾〉から逃げ切ることは不可能。

 五秒程度は逃げられていたが、白衣を着た男以外は被弾して落下していく。


 未だに逃げ続ける白衣の男は追ってくるエネルギー弾……ではなく、ジニアの方へと杖を向ける。


「〈暗闇ダ・ネス・クラヤ〉」


 魔術が発動した瞬間、ジニアの視界は黒一色となってしまった。

 いきなり闇しか見えない状態になってジニアは少し焦る。


「何っ!? 急に夜になった!」


「違う! 知らねえのか〈暗闇〉だ!」


 ネモフィラの指摘でジニアは思い出す。

 三級魔術〈暗闇〉。一定範囲に一定時間、闇を展開するだけの魔術。


 状況の打開策は三つ。

 効果切れまで待つか。

 黒霧から抜け出すか。

 闇を上回る光で闇を払うかだ。

 ジニアが取った策は三つ目の策。


「なるほど、だったら〈発光ラ・ライ・ハコウ〉!」


 〈暗闇〉とは正反対の効果を持つ三級魔術〈発光〉なら、白光を出現させて闇を光りで塗り潰せる。目を開けていられない程に眩しいので、闇を消したらすぐに光も消す。

 闇を消せたのはいいが、対処している間に〈魔連弾〉は全てどこかへ飛んでいってしまった。


「〈土塊ソ・ブロ・ドカイ〉!」


 白衣の男は空中で停止して土属性魔術を唱える。

 真下から尖った土の塊が突き出てきたのでジニアは紙一重で躱す。


「あ、あれはシヌワ二等兵が串刺しにされた奇跡だ! 危ないぞ!」


「問題ないよこんなの! 〈飛行〉!」


 連続で突き出る土の塊を避けながらジニアは空へと飛び上がる。

 飛んだジニアはあっという間に白衣の男の傍まで行き停止する。


「大した腕前だな小娘。俺はオルンチアドに所属する研究者、ヨーク・ミスルってもんだ」


「え、あ、はい。私はジニアです」


「このまま殺すには惜しい。お前、不老に興味はないか? 俺達オルンチアドは不老になることを目的としている。老いることなく生きたい思うなら仲間に歓迎しようじゃないか」


 ペラペラと喋ってくれるヨークのおかげでジニアは彼等の目的を知った。


「不老……もしかしてマクカゾワールを作ろうとしているの?」


 カタストロフ草を求めていたのなら不老になれる秘薬、マクカゾワールの存在を知っているはずだ。クスリシ村に眠っていた秘薬の資料を盗んだのは、彼等オルンチアドという組織の可能性が高い。

 しかし、ヨークの反応はジニアの期待していたものではなかっった。


「マク? ゾワ? 何だねそれは」


「……知らない?」


 秘薬の名前を知らない様子にジニアは戸惑う。


「そんなことより返答はいかに! 俺達の仲間になるか、ならないのか!」


「なるわけないでしょ! 村の人達を魔族にした奴等の仲間になんて!」


「ええいならば仕方ない。このヨーク・ミスル最大の一撃で、せめてお前を若いまま葬ってやろう! 〈火炎流フ・フレ・フロウ・カエンリ〉!」


「天才には勝てないって教えてあげる。〈火炎流〉!」


 ジニアとヨークの周囲に火炎の塊が四つ出現する。

 木材を溶かす程の火力の炎を互いに操り、炎の攻撃を躱しつつ攻撃を繰り返す。

 炎同士の衝突時はジニアの炎が火力で勝ることでヨークの炎を打ち消し、三発でようやく相殺出来る。

 使う魔術が同じでも、使用者の魔力によって威力も速度も全く違う。


「もう決着はついたな。おいヒガ、ノッコル、怪我人の応急処置を急ぐぞ」


 炎を飛ばして争う二人から視線を外したネモフィラが告げる。


「で、でもジニアはまだ戦っている」


「心配要らねえよ。一緒に旅をしてから薄々思っていたが最近確信した。ジニアの魔力量は信じられない程に多い。今の戦いでも手加減しなきゃ敵は全員死んでいる」


 あれで手加減しているのかとヒガとノッコルは驚愕した。

 数時間雪山で〈飛行〉を発動出来たのも、魔族への攻撃威力も、全てジニアの魔術師としての実力からくる結果。人並み外れた才能と、才能を活用して努力した証。


「あいつが自分を天才と言うのもあながち間違っちゃいねえ。あいつは魔術師として、戦いにおいて天才だ。あいつを倒せるとしたら伝説級の存在だぜ」


 大抵の魔術師はジニアに敵わない。

 ネモフィラの発言を現実とするように戦いの決着はついた。

 たった今、咄嗟にヨークが張った防御膜をジニアの火炎が溶かして破壊。最後にヨークの上から〈魔弾〉を放ち、直撃で気絶させた。


 落下したヨークはヒガとノッコルがなんとか受け止めて死なずに済む。

 こうしてオルンチアドとの初戦闘は、ジニアの活躍によって敵を全員捕縛する結果に終わる。しかし犠牲も被害も多く、痛ましい村の景色は生き残った全員の心に刻まれる。


 ――今日、カイメツ村は壊滅した。


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