自称天才、初めて魔族化現象を見る
魔族が死んだのを確認したシヌワがハンドサインを出したので、ジニアとネモフィラは岩陰に隠れるのを止めて近付く。ヒガは亡骸に剣を突き刺し続けるのに夢中だ。
熊のような魔族の亡骸に近付いたジニア達はあることに気付く。
「ねえネモフィラ、これ、ネックレスかな?」
「そうだな。……村の人間に聞けば誰の物か分かるかもしれないな」
体毛で上手い具合に隠れて今まで気付かなかったが魔族はネックレスを身に付けていた。ヒガの剣で斬れたためもう誰も身に付けることは出来ないが、そのおかげで外すことが出来る。斬れたのは仕方がない。どうせ頭部が大きいせいで切断しなければ外せなかった。
「なぜ魔族がネックレスを付けていたんだ。被害者から奪ったのか?」
ネモフィラはシヌワに「さあな」と告げてカタストロフ草を採る。
知らなくてもいいことだってある。ネックレスを付けていたのならまず間違いなく元々は人間。頭部から通すタイプの物なのに大きさが合わないということは、人間の体から変化して合わなくなったのだ。
ジニア達はカタストロフ草を半分程採取してカイメツ村に戻った。
元々村人が採取していたのなら、後でいくらでも必要な分だけ採取出来る。
もうタッカイ山の山頂に脅威は存在しないのだから。
カイメツ村に戻ってきたジニアとネモフィラは、ヒガとシヌワの二人と別れた。
ジニア達はトーメルの家に戻り、魔族を討伐したのと見つけたネックレスについて報告する。
魔族討伐の報告でトーメルは喜んだがネックレスを見て笑みが消える。
「これは……ウッカさんの」
「知っている人の物だったんですか?」
「ええ、ウッカ・リーさん。今カタストロフ草の採取や育成を任されている人よ。このネックレス、娘さんからのプレゼントだってみんなに自慢していたのをよく憶えているわあ。……行方不明って聞いていたけれど、これを魔族が持っていたということは」
「……殺されたな」
ネモフィラはそう言うが、もし討伐した魔族がウッカなら人間に殺されたことになる。仕方がなかったとはいえ人間が元人間を殺さなければいけないなど、考えただけでジニアは気分が悪くなる。
その日、最近現れた魔族を倒したとして祝勝会が開かれた。
村人は喜び合い、ダスティアの三人も笑顔だった。
彼等の気分を害したくなくてウッカの死はジニア達の胸に一時的にしまっておく。
そのせいか、ジニア達は祝勝会に参加しても笑うフリすら出来なかった。
*
祝勝会の翌朝、日光と騒音でジニア達は目を覚ます。
騒音は何かが破壊される音と悲鳴。
異常事態と悟った二人が外に出ると最悪の光景が広がっていた。
カイメツ村が――多数の魔族に襲撃されていたのだ。
「……何、これ、どうなってんの?」
「分からねえ。分からねえが……状況は最悪」
少ない村人が逃げ回り、魔族がそれを追いかける。
家は崩れたり燃えている場所もあり木は倒れている。
「……助けなきゃ」
ジニアは黄色のとんがり帽子の中から愛用の杖を取り出す。
赤い水晶が先端に付いている鉄製杖を魔族に向けて魔術を放つ。
使用したのは〈
桃色のエネルギー弾は熊のような魔族の頭部に直撃し、頭部を破裂させて殺した。
「そういえばトーメルさんはどこだろう」
「家に隠れていればいいものを……居た、崖の方!」
村の端、崖地点。危ない場所に黒い癖毛で糸目の女性が追い込まれている。
毛むくじゃらな獣型魔族三体に囲まれた彼女は絶体絶命。走って逃げたせいで体力はあまり残っておらず、包囲を掻い潜って逃げる真似は出来ない。死を直感して焦る彼女のもとにジニア達は走る。
彼女のもとへ向かっていると奇形な人型魔族が邪魔をしてきた。
止まっている暇はないのでジニアは〈魔弾〉で、ネモフィラは収納鞄から砲門を出した小型大砲で魔族を蹴散らす。ネモフィラの収納鞄には魔道具が大量に入っており、大砲型魔道具などの戦闘用を使えばそれなりに戦える。
減速を最小限に抑えたものの距離はまだ開いている。
毛むくじゃらな獣型魔族三体は既に、トーメルへと拳を振り上げていた。
「まずい、間に合わねえぞ!」
「任せて。〈
トーメルを守るように空色の膜が彼女を覆う。
防御魔術〈防膜〉は魔力を固形にして頑丈な盾を作る三級魔術。
ジニアの魔力量で生み出された〈防膜〉なら魔族三体の攻撃も防げる。
「〈
続けてジニアが唱えたのは生成した氷塊を高速で飛ばす二級魔術。
人間大の氷塊が凄まじい速度で発射され、毛むくじゃらな獣型魔族三体を崖へと吹き飛ばす。落ちた三体は山を転がり落ちて息絶えるだろう。どこかに引っ掛かったりしなければ標高二千メートルからの転落だ。まず生存は出来ない。
「大丈夫ですかトーメルさん! 怪我は!?」
「……ダメ、こっちへ来ないで! 私から、離れて!」
自分の体を抱きしめるトーメルは蹲る。
異常な様子だが放っておけないジニア達が駆け寄った時、トーメルに更なる異変が起きた。彼女の体が泡立つように膨れ、大猿のような獣へと変貌してしまった。彼女だったナニカが殴りかかってきたのでジニア達は後方へ跳んで躱す。
「……嘘。こんなの、夢だ。夢だよね!?」
「夢と思いたいが頬抓っても痛えぜ畜生! どうなってる、魔族化現象は殺された人間に起きるはずだぞ! なんで人間がいきなり魔族になっちまってんだ!?」
大猿のような獣型魔族の殴打を二人は躱し続ける。
殺さなければいけないのは分かっているが、目の前の魔族がトーメルだと分かっているせいで攻撃出来ない。魔族化現象を常識と捉えているネモフィラでさえ、生きたまま変化したトーメルを殺そうと思えない。
後方へ跳んで攻撃を躱し続けていくうちに他の魔族が集まって来る。
数は少ないが五体。トーメルだった魔族含めて六体に囲まれた。
「……もう、トーメルさんじゃないの? 今日も一緒にご飯食べようよ」
ジニアの問いに対する返答は振るわれる拳だった。
六体の魔族が同時に襲い掛かってくる。
ネモフィラは対処出来ないと悟り「マズい、くそっ」と焦る。
「そっか。もう、トーメルさんはいないんだね。〈防膜〉」
防御魔術による空色の膜で攻撃全てを防いだジニアは俯く。
「さよなら。〈
雪の積もる地面から炎が噴出してジニアの周囲を回転する。
合計五箇所から噴出した炎が回り、魔族達の体を一斉に貫いた。そのまま回転し続けて魔族達を纏めて焼き払う。屈強な肉体を持っていたが熱で完全に焼けて焼死体と成り果てた。
「……ジニア、お前」
「もうトーメルさんの意識はなかったし、あれはただの魔族。そうだよね?」
「……あ、ああ。その通りだ」
ジニアの思考は単純だ。
未だにトーメルの意識があって喋っていたら攻撃出来なかっただろう。しかし、もう意識もないようならそれはトーメルでは、家に泊めてくれた恩人ではない。シンプルに考えているからこそ判断が早い。
「それにしてもこの村、偶然魔族に襲われたってわけじゃなさそうだ。トーメルみたいに人間を魔族へと変えた犯人が必ず居る。ジニア、村の外に行くぞ。犯人はもう用がないだろうし村から去ったはずだ」
「うん、山頂へ逃げたかもしれないもんね」
「逃げるなら下だろ。逃げ場のなくなる山頂に逃げたらバカすぎる」
襲撃は確実に仕組まれたものだ。
二人がカイメツ村に来る道中も、山頂へ登る道中も魔族は見かけなかった。
さすがの魔族も山登りしてまで人間を襲う個体はいなかったのである。
それにもかかわらず、十以上の魔族が村を襲っている現状は明らかにおかしい。
何者かが魔族を連れて来たか、もしくは人間を魔族にして襲撃を起こした可能性が高い。偶然なんて言葉で片付けるよりよっぽど納得がいく。
二人は魔族を討ち取りながら走って入口を目指す。
走っていた二人に悲痛な叫び声が聞こえてきた。
「シヌワ二等兵いいいいいいいいい!」
村の入口へと辿り着いた二人の視界に映ったのは予想外の光景。
ヒガとノッコルが血塗れのシヌワの傍で涙を流している。そして彼等の前に立っているのは、山頂までの道のりで出会ったバカ集団と白衣を着た男性。なぜかバカ集団は全員杖を持っている。
「シヌワさん!?」
「あいつら、凍死しかけていたバカ共。……杖を持っているってことはまさか」
駆け寄る二人にヒガ達も気付く。
「ジニア、ネモフィラさん! シヌワ二等兵があの変態共にやられた!」
「気を付けて、近寄らないでください! あの集団は奇跡を使います!」
ジニアはシヌワの傍に座って傷を大雑把に見る。
右足は膝から先がなく、腹部には大きな風穴が空いていた。間違いなく致命傷だ。
回復魔術で治せる傷なら治してあげたかったがここまでの傷は治せない。
正確には魔術が発動する前に死ぬ。今も息をしているのは奇跡と言える。
「そうだジニア、君なら奇跡で治せないか?」
「ごめん無理。こんな傷を治せる奇跡を発動させる前に命が持たない」
「そうか。謝らなくていいよ。悪いのは奴等だから」
ヒガは謝る必要がないと告げるがジニアは無力感を味わう。
「……ヒガ、ノッコル、支部への報告は……頼んだぞ。このシヌワ・ムラデの死と共に……人間を、魔族に変える……薬物……のこ……と……を」
遺言を聞いた四人の中でジニアとネモフィラの顔が強張る。
人間を魔族に変える薬物がある。シヌワは確かにそう言い残した。
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