自称天才、恋愛相談を受ける
あっという間に医者が住む家に辿り着いた女性は足を止めない。
一刻も早くジニアを医者に診せようとする彼女は扉を蹴破ろうとして、蹴破れずに足首を痛める。あまりの痛みにジニアを放り投げ、自分の右足首を押さえて転げ回る。
「ぎゃああああああ! いっだああああああ!」
投げられたジニアはといえば落下中に〈
「とりあえず、医者が必要ね。誰かああああ! 医者呼んでええええ!」
「アンタが呼んでよ! 目の前の家にいるから呼んで!」
「――何事だ!?」
岩を削っただけの家から男性が一人出て来た。
男性は外の状況を見て困惑するが、怪我人を見つけて近付く。
「こ、これは……どこかに強く打ちましたね。痣になっていますよ」
「あの、誰か知りませんけど医者を呼んでください!」
ジニアが男性に叫ぶと彼は優しく笑う。
「安心してください。私はマーチ・イシャ、この町の医者です」
外見からは医者に見えないなとジニアは思う。
ジニアの知る医者は白衣を着ており、大きな医療施設で暮らす人間。現代ではそれが当たり前であり、白衣も着ずに小さな家で暮らす医者がいるとは思わなかった。しかし名前が医者っぽいので信用してマーチに事情を話す。
岩の家の中に女性を連れ込んだ後、マーチは彼女の右足首を改めて診た。
木製の椅子に座っている彼女の右足首にある紫の痣を見て一度頷く。
「体の中で血が出ています。今日は患部を冷やしつつ安静に過ごしてください」
「マーチさん、一つ私からも意見していい? 彼女は内出血を起こしているから、今日は足を冷やしつつ安静に過ごした方がいいと思う」
「同じことを私が言いましたよ」
同じ意見を言ったジニアにマーチは少し戸惑う。
ジニアはふざけているわけではなく、至って真剣な表情をしている。
「ま、マーチさん。実は本当に診てもらいたかったのはアタシじゃないんだ。本当はその子を診てほしかったんだよ。頭の病気なんだ、治してあげてくれないかい」
「頭の病気……なるほど、納得しました」
「納得出来る要素どっかあった?」
不思議そうにしているジニアをマーチが診る。
医療に使う複雑な機械は存在しない時代で不便だが、それでもこの時代流のやり方でマーチは必死に診察した。ありとあらゆる手段を用いて診た結果……ジニアの頭には何一つ異常がなかった。
「くっ、私の知識をもってしても、彼女の病の種類が分かりません……! 申し訳ない、医者として、病に冒された少女一人救えないなんて一生の恥! 医者の恥曝しだ!」
「いや私健康体なんですけど」
自分の不甲斐なさを嘆くマーチだが、病を発見出来なかったのは彼の実力不足ではない。ジニアは本人が言う通り健康体であり、阿呆な発言はただの阿呆だから出せるもの。つまりマーチの診察は全くの無意味。
「可能性があるとしたら……アレしかないか。これから私は故郷の村に戻り、万能薬の精製法を習得してきます。少し時間は掛かりますが、私の医者としてのレベルを上げる方法はこれしかない。待っていてください、必ずあなたの病気は治してみせます」
今の自分では救えない患者を救うためにスキルアップを目指し、いつか救ってみせると言い放つのはまるで映画のワンシーン。これで実際に救えるのなら感動モノだが、患者が健康とも知らず熱弁する様は非常に滑稽。少なくともジニアからはそう見えた。
早いものでマーチは素早く旅立つ準備をして家を出る。
男の決意を語る背中を見送ったジニアは、まだ名も知らない女性がオススメする飲食店に向かった。
岩を掘って造ったと思われる店はまるで洞窟。店内に差し込む光は微量であり、簡易的なランプで明るさが調整されている。一風変わった、過去にしかないような飲食店にジニアのテンションは上がる。
木製椅子に座って料理を注文した後で、店に案内してくれた赤髪の女性が自己紹介してくれた。
「そういえば、まだ名前も教えてなかったね。アタシはヒート・メボレ」
「私は天才魔術師ジニア。よろしく」
「テンサイマジュツシジニア? 随分長い名前だね」
「い、いや、名前はジニアだけだよ。私は天才の魔術師だって言いたかったの」
「魔術? ちょっと何言っているのか分かんないよ」
反応からジニアはこの時代、現代から千五百年前には魔術が知られていないと気付く。
一般的に知られていないだけか、呼び方が違うのかは不明だが魔術関連の言葉が通じない。未来の知識を過去の人間に教えるのは良くないので、ジニアは何と説明したものかと頭を悩ませる。
「ねえ、突然と思うかもしれないけどアタシ、マーチさんに惚れたよ」
突然のカミングアウトにジニアは目を丸くした。
「あのお医者さんに? どこに惚れたの?」
「一目惚れってやつかな。目にした時、運命の相手だってピンと来たんだよ。怪我人や病人への優しい態度で益々惚れた。……未来人とか魔術とか、おかしなことを言うアンタにする相談じゃないだろうけどさ、どうすればいいと思う? 恋なんて初めてでどうすればいいのか分からないんだ」
「しょうがないわね。なら、IQ一千万ある私が策を授けてあげる」
策とは言ったがジニアに恋愛経験はない。
誰かを恋愛的な意味で好きになったことも、好かれたこともない。
ついでにIQ一千万もないジニアに考えられる策などたかが知れている。
一応本人は必死に頭を働かせ「うーん」と唸っていたが、誰もが絶賛するような案が思い浮かぶわけもなく結論を出す。
「閃いた! 次に会ったら愛の告白をしなさい!」
「考えて出した結論がそれかい!?」
考えなしな提案にヒートは愕然とした。
唐突な告白など全ての策が失敗した時の最終手段だ。せめて告白の成功率を高めるための策の一つや二つを考えてほしかったが、自分で考えた方がマシという事実に呆れてしまう。
「いやいや待ってよ。アタシはマーチさんが好きだけど、あの人はアタシのことをただの患者としか見ていないだろ。いきなり告白なんかしても断られるだけじゃないのかい?」
「確かに、告白成功の確率は五十二パーセントしかない」
「半分以上の確率で成功するってこと!?」
ジニアの計算力は低レベルなので真に受けない方がいい。
発言の殆どは考えられているが残念な思考力による発言だ。
「自分に自信を持とうよ。人生において自信ってのは大切よ」
「そりゃアタシもアンタくらい自信を持てたらと思うけどね」
「ふっ、私もそう思っていた時があったなあ。七歳頃まで自信なんてなかったもん。語ろうか、私が自信を持つようになったキッカケの話を」
「ん? いや遠慮――」
「あれは早朝、いや夜、いややっぱり昼時だったかな」
ジニアはかつて、故郷の村で『バカ』と揶揄われていた。
紛うことなき真実でありジニアもその時までは現実を直視していた。
しかし七歳の誕生日、母の一言がキッカケで認識が百八十度変わってしまう。
母は『みんな嫉妬しているんだよ。ジニアはバカなんかじゃない、天才だからね』と告げた。子を励ますために母が一生懸命考えた嘘であるが、そんな気遣いに気付くはずもなくジニアは今も信じている。
村の子供達に『バカ』と揶揄われていたのは、彼等が容易に解ける簡単な計算問題を間違えたからだ。自分を天才と勘違いしたジニアは問題を間違え続け、八歳頃からは『やばい奴』と呼ばれていた。それすらジニアは良い意味と捉えて勘違い道を突き進んでいる。
因みになぜ低学力で学年全体の丁度真ん中の順位を取れたかというと、ジニアは暗記が大得意だからだ。詠唱が長い魔術も持ち前の暗記力で完璧に使える。模擬戦を含む実技テストに関しては全てを直感に頼って切り抜けた。
「……というわけで、私は天才だと自信を持つようになったんだ」
「そうか、アンタ……頭の病気じゃなかったんだな」
ヒートは『ただのバカだったんだな』という言葉を胸にしまっておく。
「初めから健康だって言ってるじゃん。天才は病気にならないんだよ」
風邪すら引いたことがないと思っているジニアだが、実際は風邪を引いたことくらいある。天才やバカが風邪を引かないのではなく、引いたことに気付かないのだ。
「……よし、決めた。アタシ、マーチさんに次会えたら気持ちを伝えるよ。アンタの言う通り自信を持つのは大切だし、告白を機にアタシを女性として意識してくれるかもしれない」
「応援してるよ。マーチさんと恋人になれるといいね」
「ああ、ありがとう。早速出掛ける準備だ。帰って来るのなんて待っていられるか! 今すぐ追いかけて気持ちを伝えるぞ! そういうわけだからお別れだジニア。また会えたら会おうじゃないか」
店から出て行くヒートにジニアは「頑張ってねー」と手を振る。
一人になってからようやく注文した料理、カエルの丸焼きが届いた。
空腹のせいで強まる食欲のままにカエルの肉を頬張り、骨を吐き出す。
塩胡椒だけの簡素な味付けだったがジニアは満足する。
「さてと、私も店を出ますかね。店主、代金はいくら?」
「百ドリだ」
「……あー、もう一回聞かせて?」
「百ドリだ」
「……ドリって何?」
店を利用してようやくジニアは通貨の違いに気付いた。
現代ではホリという通貨が世界中で使われているが、千五百年前に世界中で使われているのはドリ。紙幣通貨なのは同じだが紙幣に描かれている人物が違う。ホリで払う気でいたので一応出してみたが「偽紙幣じゃねえか」と言われる。
結果的に無銭飲食をしてしまったジニアは、皿洗いでも何でもやるという提案をして店を手伝った。三日の手伝いで解放されたから良かったものの、危うく犯罪者として兵士に突き出されるところだった。
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