自称天才魔術師の時空旅行

彼方

自称天才、過去へ跳ぶ


 神聖な雰囲気を持つ白い塔の前で一人の女性が叫ぶ。


「なんでダメなの!?」


 黄色のとんがり帽子を被り、桃色のフリル付きワンピースを着ている彼女の名はジニア。

 幼い声で彼女が叫んだのにはとある理由があった。

 叫びに対して、彼女の目前に立つ男が困った表情を浮かべる。


「おじさん思うんだけどね。君、どう見ても二十歳以上には見えないのよ」


「ふっ、何を言っているのやら。今年で二十歳になりましたー。もしかして知らないの? 魔術学校では魔力量が歴代二位。実技テストは歴代八位。学力テストは同学年の中で百五十位。天才魔術師であるジニアさんのことを知らないわけ?」


 ジニアは誇らしげに小さな胸を突き出し、鼻下を指で擦りながら笑う。


「おじさん思うんだけどね。君、天才ではないよね。精々優秀かもって評価だよね」


「なにおう!?」


 本人が言った通りジニアは魔術学校という場所に通っていた。

 生物の中には魔力というエネルギーを貯め込む器官を持つ者がおり、魔力持ちの人間は多くが魔術学校に通い不思議な術を習う。


 六百年も前から存在する魔術学校で歴代二位や八位になるなど正に天賦の才。

 学力テストの順位を除けば天才と自称するのも納得出来る肩書きだ。

 同学年内で百五十位というのは学年全体の丁度真ん中。

 なぜ神は彼女に学力の才能を与えなかったのかと教職員は誰もが陰で嘆いていた。

 学校内では『頭脳を落とした天才』と呼ばれていたことを彼女はまだ知らない。


「天才って言葉が似合うのはやっぱりクーロンじゃないかな。過去や未来へ跳べる独自の魔術を編み出し、それを魔方陣にして他人も使えるようにしたんだからね。時空魔法陣は今やこの世の宝とも言える」


 男の言う通り、時空跳躍魔術を生んだクーロンは天才だ。

 ジニアも自分以外に天才と評するなら彼しかいないと認めている。


「ふっ、そしてクーロンの次に天才なのが私」


「あーはいはい、君のことは分かったから。身分証明書とか持ってないの?」


 ジニアは「……あ」と呟き、とんがり帽子を手元に持ってきて中に手を突っ込む。


 魔術師の証明であるとんがり帽子は特殊な魔術を宿す。衣服や帽子を編む際に魔術を糸に込めながら編むと使った魔術が宿るのだ。その結果とんがり帽子の中には別空間が広がり、収納ケースの役目も持てる。


 とんがり帽子の中に広がる広域空間を探るジニアは目的の物を取り出す。

 帽子から出したのは一枚のカード。顔写真が貼られているそれは魔術学校の卒業証明書。魔術学校は二十歳で卒業出来るので、ジニアはつい先日卒業したばかりだ。


 因みに顔写真を撮る際に目を閉じかけてしまったので、半目でへらへら笑っている写真が載っている。撮り直しを要求しても『時間がない』とカメラマンに言われて出来なかった。身分証明する時、ジニアは一生この無性にムカつく顔を見せなければならない。


「い、いやー、すっかり忘れていたわ。あるわよ身分証明書」


「あらら、本当に二十歳とはね。おじさん君の将来が心配だよ」


「何で?」


「まあとにかく、二十歳なら年齢制限も問題ない。君に時空魔法陣の使用を許可する。最初の利用者には受付から説明義務があるからおじさんも塔内に付いていくよ」


 この国、カグツチでは二十歳となった時に初めて時空旅行の許可が下りる。

 時空魔法陣を使って過去や未来に跳ぶ時空旅行は、全魔術師の子供の頃からの夢。

 二十歳になる日をジニアも待ち望み、迫る時空旅行に胸を高鳴らせていた。


 クーロンが残した時空魔法陣は現在、ジニアの目前にある白い塔内に存在している。

 通称〈時越えの塔〉と呼ばれるそこは時空魔法陣の管理場所。

 常に受付という名の警備員がいるので勝手に侵入は出来ない。


 ジニアは受付の中年男と〈時越えの塔〉に足を踏み入れる。


 塔の中にあったのは簡素な作りの祭壇と、祭壇上に描かれている魔法陣。

 魔術学校では習ったことのない文字で描かれた魔法陣こそ時空魔方陣だ。

 文字の色は赤と青の二色であり、円状の陣内で綺麗に半分に分かれている。


「へえええ、これが時空魔法陣ね。発動方法は他の魔法陣と一緒なの?」


「ああ、必要な分の魔力を流すだけでいい。赤文字部分に流せば過去に、青文字部分に流せば未来へと行ける。流す魔力量が大きければ大きいほど遠い時代へ跳べるぞ。いつの時代まで跳べるのかは今も不明だな」


「仕組みはよく分かんないけど面白そうね。一先ず過去に行こうかな」


 とんがり帽子の中からジニアは自分の身長と同程度の長さの杖を取り出す。

 先端に赤い水晶が付けられた鉄製杖だ。杖がなくても魔力は流せるが、杖があった方がやりやすいので彼女は手に持った。杖の最下端を時空魔法陣の赤文字部分に付けて、己の魔力を流そうとする。


「使用前にいくつか注意事項がある。まず――」


「過去へとレッツゴー」


「え、おい待て待て注意事項まだ説明してない!」


 適当な量の魔力を赤文字に流し込んだ瞬間、時空魔法陣が白く光り輝く。

 突然の浮遊感を味わったジニアは「お、おおお!」と興奮。

 説明を最後まで聞かない彼女に中年男は「今すぐ止めろお!」と焦燥。


「いざ、初めての時空旅行へ!」


 体が浮いてからは徐々に感覚がなくなり、眩い光に包まれる。

 呑気なジニアは凄い凄いと思いながら現代から姿を消した。




 * * *



 初めての時空旅行で過去へ跳んだジニア。

 眩い光のせいで閉じていた目を開けてみれば、苔の生えた建物の中だった。


 まだ過去に来たかは不明だが別の場所に瞬間移動したのは事実。

 一先ず外に出てみると〈時越えの塔〉は存在せず、代わりに存在したのは立方体の建造物。苔やツタに覆われていたので手で一部取ってみると白い壁が現れた。元々〈時越えの塔〉はクーロンが造ったとされておるので、箱のような建造物も彼が造ったのだろうとジニアは推測する。


「さーてここが過去かどうか確認しないとね。IQ一千万の私の頭脳によれば……ここは……うん、分からない。人を捜して訊きましょう。町くらいどこかにあるでしょ」


 周囲を見渡してみれば樹木ばかり。確実に森の中だ。

 どれくらい広い森かも分からないので移動手段が徒歩は厳しい。


 一般的な魔術師が徒歩を面倒に思った時、使うのは飛行魔術。

 体力が少ないと言われている現代の魔術師は飛行魔術に頼り切っている。


「魔術でも使おっかな。〈飛行フ・イラ・フライ〉」


 魔力を込めながら特殊な言語を口に出すことで魔術が発動する。

 発動したのは飛行魔術。

 意のままに空を飛び回れる移動術だ。


 森の木々を真上に抜けたジニアは空高く飛び、高所から周囲を見渡す。

 想像通り広い森だが視界に町が入った。


 ジニアは〈飛行〉を発動したまま木々の上を通り、町が近くなってから地面に下りる。飛んだまま町へ入ってもよかったが、正門から入った方が怪しまれずに済む。


 町へ入ったジニアの目に映る町並みは過去と判断出来る材料になる。

 ゴツゴツとした岩の家。

 町の外壁は付与魔術なしの脆そうな石材。

 町の中に鉄製の物が見当たらないことから鉄の加工技術がまだない時代。

 ジニアの予想通りならとんでもなく昔の時代に来ている。


「あのー、ちょっとお時間頂けますか?」


 推測が正しいと証明するためにジニアは近くの女性に声を掛けた。


「この町の名前は何て言うんですか? あと、今年って何年でしょう?」


「おかしなことを訊くのねえ。着ている服からしてこの辺りの子じゃないようだけど、この町の名前も世界誕生年数も知らないなんてありえないわ。この町はカグツチ最大の都、ホノ。今は二百二十年じゃない」


「二百二十年!? そっか、やっぱり過去に来られたんだね私。想像以上に昔だけど」


 魔力を適当に流しただけだが時空魔法陣はしっかり作動していた。

 カグツチはジニアが現代で住んでいる国。

 ホノという場所は六百五十年前に滅んだ都市。

 世界が誕生してからの年数、正確には人類がそれを数え始めてからの年数が二百二十年なら、現代から千五百年も昔の時代である。

 軽く三十年前くらいに行こうとしたジニアは驚きを隠せない。


「過去? 本当におかしな子。いったいどこから来たの?」


「私は未来から過去に跳んで来たのよ。……あ、流れでつい教えちゃった」


 注意事項を聞いていないジニアでも注意すべきことは理解している。

 過去の人間に未来の情報を与えるのはもちろん、未来人だと明かすのも良くない。時空旅行で一番気を付けなければならないのはタイムパラドックス。過去の出来事に介入した時、未来が変わる影響を与えることだ。……とはいえ、些細な出来事への介入なら禁止されていない。


「未来? 過去? アンタ、まさか……」


(う、マズい。誤魔化せない)


「頭の病気だね?」


「何で!? 天才は病気なんてかからないんですけど! 私本当に未来人だもん!」


「うん、言動から察するに百パーセント頭の病気だね」


「何でさ!?」


 残念ながらジニアは頭の病気ではなくアホなだけである。

 ただ、女性がジニアを病気と判断するのも正常と言える。急に『未来から過去に跳んで来たのよ』なんて言う人間がいたら、真っ先に頭がおかしいと思うだろう。


「大丈夫。この町には名医がいるらしいんだ。アンタの病気もすぐ治るよ」


「私は健康だあああああ!」


 必死の訴えも虚しく、ジニアを抱きかかえた女性は医者のもとへ向かった。


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