汽車は夜を割く
@rona_615
第1話
ごとんごとんと一定のリズムで座席が揺れる。外は真っ暗で、標識や信号が時折過ぎった。
三等車の乗客は首を深く折り、眠りについているものばかり。その中で背筋を伸ばし、視線を窓へ向けた女性に目が惹きつけられた。
斜め向かいの席に腰を下ろすが、彼女は身動ぎもしない。
黒いブラウスに、同色のスカート。膝に置かれた両手には白い手袋をつけている。複雑に結い上げられた髪には装飾品なぞは見当たらない。
不意に、この汽車は、どこにもいかないのでは、という思いが過ぎる。闇の中でごとんごとんと車体を揺らしているだけで。列車の外側の方だけが、後方へと滑って飛んでいってしまっているんだ。
「どこまで行かれるんですか?」
女性がそう発言したのは、僕の心が読めたからで、汽車はちゃんと動いてるという合図。僕は黙って首を振る。
彼女はくすりと笑うと、少しだけ顔をこちらに向けた。真っ赤な唇が歪む。
「存じていますよ。この汽車は貴方様を捉えに来たの。行先は監獄でしかあり得ません」
僕はもう一度だけ首を振ると、視線を窓の外へと逸らす。
空の低いところが薄く白く変わっている。
また突拍子もない空想が浮かぶ。朝も昼も夜も、きっと決まった場所にしかない。さっき夜だったあの場所は、過去も今も未来もずっと夜のまま。汽車は、夜を抜け、朝を通り、昼へと向かう。それに合わせて、人々は寝て、起きて、仕事へ向かう。
……仕事?どこへ?この汽車の中で?
蒸気機関車を先頭に、どこまでもどこまでも続く客車。鈍く光るそれが闇を裂き、進んでいく。
地平線が明るくなるにつれ、そんなイメージは薄れていった。同時に女性の影も薄くなる。
「罪は罪。逃れることなど許されないのに」
掠れた声が最後に告げた言葉は、そう僕には聞こえた。
汽車は夜を割く @rona_615
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