第28話、1%の関係
「あのさ」
とても嫌そうな声が聞こえてきた。困ったな。正しいリズムを刻み、揺れのない正確な電子記号を叩く僕の鼓動と指が跳ね上がる。
少しだけ、恐る恐る顔を上げると、僕を監視している仏頂面が見える。思わず肩を竦めてしまい、さらにバツが悪くなる。
知り合ったのは、いつだろう。僕にとって長年連れ添ったわがままな恋人の様なこの人は、技巧的で複雑に構成された楽曲を作り出すのに、何より「プログレッシブ」であることを嫌う。
このアプリは音楽をアクセントにしている。実装数は多いけど、データ量は使えない。だけど人の感覚に当てて方向を教えてくれるような音楽が必要不可欠な要素で、僕には彼しか、それが出来る人を思いつかなかった。
「やりたくなかったら帰ってください」
そう言って、何人か手伝って貰おうと呼んだ人達を返してしまったこの人は、何を考えたのか、自分でプログラムを書き始めた。
「ギャラ勿体ないし、音楽を作るにしろ理解していたほうがより適切に当てられるから」
飄々とそんな事を宣って、プログラム言語の本をめくるこの人には怒られそうだけど、本当は僕達が馬鹿にされたから怒ってくれたことを、僕はわかっている。
新しいことを始めるのは、本当に大変なことなんだけど、この人は新しいことを始めるのが好きなんだと思う。それは、僕も一緒。
古色蒼然とした「プログレ」なんかに興味はない。僕らは自分の中に新しいものを見つけられなければやめる。
一定の技量に達してしまえば、あとはセンスが問われるのは音楽もシステム構築も全く一緒だと僕らは思っていた。
おかげで仕事量が何倍になったのかわからない。今、みんな仮眠ぐらいで殆ど眠っていない。
「あの人、寝ちゃったけど、これから確か人に会う約束あったよね?」
「あー、そうだった。なら、俺が代わりに行くよ」「は?お前寝てないだろ?」
「うん。でも、まだ起きてるし、ちょっと行ってくる」
「俺さ、あの人のそういうだらし無いところ、一回痛い目見たら?って思うんだよね」
「そう?先輩は売り込みしてくれてるし、そこは人脈ないから有り難いし、尊敬してるよ」
「売れなければ意味がないのはわかっている。別に尊敬していない訳じゃない。」
そうやって、僕らはこのアプリを作った。
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