第6話、満月を待つ三日月
「おつかれー。寒かったよね」
「ああ。お邪魔するね」
靴が多い?
「あれ?誰かいるの?」
「あ、うん。先輩。今日は大事な相談があるから君も呼んでって。ごめん。騙し討ちした」
「別にそうなら、そう言ってくれればいいよ。来ないから」
「やっぱ、そういうじゃない?だから内緒にしてた。でもごめん。代わりにご飯たっぷり食べてって。あ、お風呂もどうぞ」
「いや、上げ膳据え膳は嬉しいけど、別に怒ってないよ。それで、先輩は?」
「せんぱーい!きましたー!」
「はーい。こっちもできるよー。今流行りのおにぎらず風おにぎりー。具がたっぷりなやつを作ってるから!」
ため息ついた感じを出しながら「はい」とつまみの入った袋を渡す。
「えっ!?ちょっと、本気で手が冷たい!」
「ん?ああ、もう雪、降ってるよ」
「そうなの?玄関につっ立ってないで早く中に入って、温まって。あ、鍵閉めてね」
お風呂ー、とあいつは中に入って行った。
先輩が来ていたのか。いろいろな仕事をしてはどれも素晴らしい成果を納めている先輩は、仕事は厳しいがどこかなんでも許してくれそうな優しさがあり、憎めない。
あいつの紹介で知り合ったし、あいつの学校の先輩だ。あいつが懐いているのは当然なんだが、3人だと少し疎外感があって気に入らない。
尊敬はしている。
言う必要がないから、言わない。
今日はその人からのお呼ばれらしい。そのままとりあえずと風呂に入らされる。冷え切っていたのか、お湯が痛い。
髪がボサボサになっていたのを、手櫛で解かす。こいつの家のシャンプーはなかなかいい。匂いもいいし、髪がするするになる。
勝手知ったる他人の家。バスタオルを勝手に借りる。前に泊まった時の下着が洗ってあるからそれを身につける。別宅で上げ膳据え膳。待っているのは小洒落た野郎、と。
ため息をつきながらリビングに向かう。こたつに足を突っ込んで、本棚を漁る。お気に入りの能楽本「翁」の脚本を手に取る。
時を超えた芸術は静寂という音楽を紡ぎ、篝火の音すら演出に変える。
「ジャストなタイミングかな?」
「こんばんは。挨拶もせずにすいません」
「いやいや。会いたかったのは俺だからね。騙し討ちにしてすまない」
「言ってくだされば普通に会いますよ」
「自然な感じに会いたかったんだ」
至って話は単純だった。こいつが作った新たなトータルコンシェルジュ機能を持つソフトのサンプル音源を俺に頼みたい、と。
そんなこと、何を今更、改まっていうのだ?
よくよく聞けば、開発規模は確かに小さいが、汎用性は高い。だからリリースされれば巨大なリターンが狙える。だから予め話がしたい。
それがどうした。確かに俺は野心家だと自覚しているが、友人達の利益を掠めるような品のないことはお断りだ。
心配そうにこちらを見なくても、断ることはない。だが、気に入らないし、二つ返事は軽く見られる。気が向いたらと回答しよう。
「構いませんよ。ただアルバイトもあるので、そちらを優先することもありますがいいですか?」
「ああ、それで構わない」
「ありがとう。お前しかいないってわかってるんだけど、頼みにくくて」
「なんでだよ。とりあえず、お腹空いたかなー?」
「ははぁー。お持ちいたしまーす」
3人でノートとか裏紙に夢を書き殴りながら、おにぎりを頬張り、おでんを咥え、酒を啜る。狭いリビングにこたつで暖をとりながら、あーでもない、こーでもないと話す時間は一瞬で、それは永遠のようだった。
ふと、雪が気になった。
カーテンを開けてみると、ベランダにはうっすらと雪が積もっている。お酒が入っているからか気分がいい。火照った身体と議論を少し落ち着けようと、窓を開ける。
「さっむ!!」
「でも、冬の温かい部屋で窓開けるの気持ちよくない?」
「まあね。短時間なら同意するよ」
突っ掛けを履いて、そのままベランダに出るとちらつく雪と暗雲を切り裂くように突然、雷が光った。
ほんの一瞬のこと。
その稲光は地上に落ちるはずなのに、雲の影のせいか光が空に向かって登ったように見えた。
「いま、雷、逆さまに見えた」
「うん。光の滝に龍が登る姿に見えた」
「俺の位置だとさ、窓ガラスに雷が反射して君の左腕に龍が絡みつくように見えた」
振り返ると皆、見えたという。
「なにそれ?かっこいいんだけど」
友人2人と一緒に、3人でみた稲光。
単なる電気信号。もしかしたら見間違い。だけど、3人は同じこと、時間、感じることを共有した。言葉がなくても分かり合えた3人の共通言語。雪が降り注ぐ空をこうして、一緒に見上げている。
「おー、さむ!」「早く入んなよ」「飲み物取ってくる」
3人で一緒なら、きっと、上手くいく。
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