S研究所実験108事故 第1次調査報告書 草稿
本報告書は2134年1月1日未明に発生したS研究所実験108事故について、2134年1月2日午前10時時点にて判明したものをまとめたものである。
超常研究開発機構 事故調査委員会
担当調査室 室長 コジロウ・ハトリ
担当班長 リタ・フジシロ
【事故概要】
2134年1月1日未明、当該日時にS研究所内に所在していた所員および関係者21名が行方不明となった。同日午前8時10分頃、出勤した職員がS研究所内の異変に気付き報告した。翌1月2日現在も行方不明者は発見されていない。
(貼られた付箋に角ばった筆跡が走っている――「状況」が一番知りたい → 先頭にもってきて。見る人には前提知識があるつもりで。/8時の最新情報を反映して。 K)
【事実情報・S研究所について】
(事実情報は配布先は基本的に知ってることだから、添付資料として末尾に付帯しておいて K)
超常研究開発機構の下位組織のひとつで、X県Yヶ岳山中に位置する。元々現地にあった研究対象である「物体S」を囲むようにして2124年に建設された。
「物体S」は"いがぐり状"の微発光浮遊体である。形状を星(Star)と見立てて命名されている。表面は透明性が高く薄い膜に覆われており滑らかである。内部には粘性の高そうな黒い液体らしきものが流動している様子が見てとれる。暗部では僅かな白色発光が認められる。"いがぐり"のトゲは、約30日周期で伸び縮みしており常に形状が変化する。「物体S」にはあらゆるもの(人間、他の生物、道具などの無機物類も含む)が接触することが出来ず、すり抜ける。この特性のため「物体S」を構成する物質に関する詳細な化学分析は実施できていない。また運搬も不可能であるため、S研究所は元々存在していた木の
「物体S」は"特定の条件"を満たす生物がいた場合、"その生物の願いに応じた現象を発生させる"という性質を持つ。以下、"特定の条件を満たす生物"を"適合生物"、"願いに応じた現象"を"実現現象"と呼称する。S研究所は適合生物の条件解明と、現象の完全なコントロールを最終目標としている。現時点ではまだ不明瞭な点が多いが、次のようなことが判明している。
・年齢・性別・種別を問わず、適合生物となる可能性がある。人間の場合は5〜7歳の子供が適合生物となる確率が10%ほど高い(実験12を参照)。
・これまでの観測上、実現現象の発生は1生物1回のみであり、2回以上の発生は無い。
・実現現象の内容は、適合生物の深層心理によってのみ決定される。言葉や文字にしたものは実現現象とはならない(実験43を参照)。
・実現現象1件の発生の都度、「物体S」の”いがぐり”のトゲは吸収され、完全な球体となる。この状態を休眠状態と呼称する。休眠の期間は実現現象の規模と比例して長くなる傾向がみられる(実験68を参照)。
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(実験詳細は事実情報とはさらに別で添付資料扱いにして K)
実験12:「物体S」の隔離室にて、適合生物候補1体あたり最大3分間の対面時間を設けた。100体の候補のうち4体について実現現象が観測された。適合生物と実現現象の情報は下記のとおり。
・(12-8)推定1歳の野生のリスを対面させた。対面の13秒後に約1kgの木の実類が出現した。木の実はクヌギ・ナラ・オニグルミなどのリスが好む種類だった。
・(12-32)7歳の飼い猫を対面させた。対面の8秒後にE社製のネズミのオモチャ1つが出現した。これは対象が最もお気に入りとしているオモチャであった。また飼い主である所員の部屋からはこのオモチャが消失していたこと、また破損状況が一致したことから、所員のものとして返却された。
・(12-41)水槽に入れた金魚を対面させた。対面の70秒後、水面に飼料らしきものが12粒出現した。金魚はこれらをすぐに食べ切ってしまったため、飼料らしきものの詳細は調査できなかった。
・(12-90)5歳の幼児を対面させた。8秒後、幼児が「ママ」と叫んで泣き始めたところ、隣室に待機していた幼児の母である所員Nが消失し、幼児の前に再出現した。所員Nによると、まばたきの間に移動していた、自覚的な体調不良は一切ないとのことだった。所員Nに対する徹底的な身体精密検査がおこなわれたが、異常は認められなかった。
実験43: ホームレスの74歳男性Dに「紙とペンが欲しい」と書かれた紙片を渡し「物体S」の前で朗読するように依頼した。「物体S」の隔離室にDが入室して紙片内容を読み上げたところ「物体S」が休眠状態に入った。しかし、紙とペンは隔離室内には出現しなかった。実験終了後、謝礼金として約束していた1万円をDの生体ウォレットに振り込もうとしたところ、既に1万円の入金が発生していたことが確認できた。記録を調べたところ、入金元は不明、入金日時はちょうど実験で紙片を読んだ直後であったことがわかった。Dは実験による入金と謝礼は別物であると強く主張したため、謝礼ぶんの1万円は後日サラマ主任の承認を経て別途支払われた。
実験68: 複数の実験によって休眠状態の期間を検証した。下記は一部代表例の抜粋である。
・(68-21)一般公募の被験者Kは「物体S」の隔離室に入室して3秒後に部屋内から消失した。1時間後、連絡のついたKは、気付いたときにはアメリカのニューヨーク州ブロードウェイの路上に立っていたと証言した。Kは無類のミュージカル好きであり、いつか訪れたいという願いを「物体S」が実現したものと思われる。休眠状態は3ヶ月継続した。
・(68-35)徹夜状態の職員Nが「物体S」の隔離室に入室したところ、愛飲しているエナジードリンク1本が出現した。「物体S」の休眠状態は20時間継続した。
・(68-54)服役中の被験者Oが「物体S」の隔離室に入室して18秒後、Oは失神した。以降昏睡状態となり回復しておらず、現在も関連病院に入院している。また、事前聞き取り記録やOの服役に関する情報が、電子・紙などの媒体および関係者の記憶からも消失した。そもそもOが服役囚であったという判断も、たまたま実験が服役囚を対象とする期間に実施されたからという理由に過ぎず、Oが真に服役囚だと証明する情報は存在しない。これらの一連の不可解な状況そのものが実現現象であると思われる。「物体S」の休眠状態は2年1ヶ月継続した。
【事故までの経緯】
事故当夜に予定されていた「実験108」は2126年に承認された。「実験108」の目的は被験者の知識にない物体を強く求めた時に何が生成されるのかを検証することである。前提条件の徹底のため、計画当初の段階で被験者となる乳児が複数人調達され、研究所内の隔離育成による知識コントロールがおこなわれた。昨年夏、「実験108」の対象としては隔離育成児のひとり「アリス」を用いることが決定した。
また、充分な安全性を考慮して、検証する願いは「カステラが食べたい」に決定した。アリスはカステラという菓子の存在を知らされずに育成されているが、「物体S」が受諾する強度の真相意識の願望を構築するため、カステラという単語が美味しい食べ物を指しているということのみ伝えた。形状・味についての情報はアリスに一切伝わらないよう厳重に秘匿された。この「実験108」は予定通り2134年1月1日午前0時に実施されたが、「物体S」に対峙した時のアリスの深層心理が実験の意図したものとは大幅に異なっており、事故につながったと思われる。
【被害状況】
4ヘクタールの研究所敷地内すべての人間が行方不明となった。
・添付資料1: (行方不明者21名の一覧)
(資料はすべて実験概要系とまとめて末尾につけるように K)
研究所の設備類に破損は無く、遺留品の様子から直前まで行方不明者たちは通常通り過ごしていたのではないかと思われる。実験用に数種の動物が飼育されているが、それらは無事が確認できた。
・添付資料2: 5階廊下を撮影した写真。薄緑色のマグカップの破片とコーヒーらしき液体が床に飛び散っている。
・添付資料3: 2階給湯室を撮影した写真。中身の入ったインスタントカップ蕎麦が放置されている。
・添付資料4: 4階モルモット飼育室を撮影した写真。ケージ内でモルモットが給水器をかじっている。
また、「物体S」はトゲが無くなり休眠状態にあることを確認した。
【事故要因の仮説】
研究所敷地内のすべての人間が行方不明となった要因は「実験108」で被験者アリスの深層心理が実現したためと仮定する。現時点で回収・検査した研究所内監視カメラの記録によると、アリスは「新年の日付が変わる瞬間に地球上に存在しない状況」に興味を持っていた(資料5を参照)。その瞬間的な興味が「物体S」によって拡大解釈され実現に至った可能性がある。これらの仮説が正しかった場合、アリスを含む21名の行方不明者は地球外へ消失したものと考えられる。帰還の可能性は著しく低く、以降も当事者からの聞き取り調査は原則不可能と考えるべきである。
また、行方不明の現象の効果範囲について、事故当夜にS研究所近隣の自宅にいた職員が無事であったことがわかった。S研究所の周囲200メートル圏は神道式のAP障壁(Anti Paranormal Barrier)で覆われており、該当職員の自宅はちょうど圏外に位置していた。本件事象の被害対象がS研究所内のみで完結したのは、AP障壁が正常に作動したためと思われる。
【今後の対応および再発防止策】
今回の事故により改めて「物体S」の危険性が明らかとなったが、「物体S」が存在する限り正しい管理と運用を模索し続ける必要がある。S研究所は半数以上の所員を失ったため、研究員の補充が急務である。現在は残存所員により「物体S」の休眠状態期間の正確な予測を進めている。2次報告時はこの予測を元に、体制の復旧計画を提出するものとする。
また、以降の運用にあたって、本件の再発防止策として、下記の3点を提言する。
1. 「物体S」隔離室へのAP障壁設置
「物体S」による現象に対してAP障壁が充分有用であると考えられるため、隔離室内への設置を推奨する。
2. 実験前のAP障壁有効性の確認
AP障壁の破損状況は目視では確認できないため、実験前にP値の計測による有効性の確認を推奨する。
3. 実験への小児の参加の禁止
小児の深層心理コントロールは大変困難である。「物体S」に適合する確率の高さは小児が最も高いが、実験の正確性および安全性において高リスクである。以降の研究継続にあたり、被験者年齢の下限を12歳と定めることを強く推奨する。
【添付資料】
・映像: 2133年12月31日 15:38
(簡易の長椅子、観葉植物、コーヒーメーカーが設置されたエリアを上部から俯瞰した画角の映像。奥から2人連れの職員がやってくる。彼らはコーヒーを淹れると長椅子に座った。)
「年越しまで実験で居残りなんて、俺もお前も運が無いな」
「僕のところは、奥さんが息子連れて里帰りしてて、家に帰ってもヒマなのでむしろ良いかなと。ところで、今回は何の『願掛け』をさせるのかご存知ですか?」
「いや、よく知らん。どうせまたくだらん内容だろう」
(手前に金髪の少女が映り込む。白いブラウスに水色のスカートを履いている。少女はこっそり長椅子の裏の観葉植物に近づき、しゃがみ込んだ。職員2名は少女に気付いていないようだ。)
「あの子も可哀想ですね。ずっと研究所暮らしなんですか」
「そうだ。俺が配属されたちょっと後に……まだ赤ん坊だったのを見た。だから今は8歳か。でも俺はアリスが羨ましいよ。小さい頃から頭の良い大人たちに囲まれて、そこそこ上等な教育も受けて。そこらの学校でアホな同級生どもといるよりマシだろう」
「学校でアホなことを一緒にやるって経験も大事だと思いますけど。先輩はアレですね、ほら、アレ……。『年越しの瞬間に地球上にはいなかった自慢』みたいなバカ話を一緒にしてくれる友達がいないタイプ。うちの息子なんか今夜はカウントダウンでジャンプする約束を友達としたから絶対やる、って興奮してましたけどね」
「いいんだよ。この歳になると、研究の話ができる深い付き合いのやつが数人いれば充分だ」
(少女は興味深そうに職員2人の会話を聞いていたが、ハッとしてエリア手前を見やった。少女は慎重に奥の方面に移動していき、画面外へ去った。エリア手前からは長い黒髪に白衣の職員がやってきて、長椅子に座る職員2人に話しかけた。)
「アリスを見なかった?」
「いや、見ていない」
「そう……、今夜のブリーフィングをする予定だったのに、部屋にいなくて。見つけたら教えて頂戴」
「わかりました」
(黒髪の職員は肩を落として画面手前に戻っていく。職員2名も空のカップをそれぞれダストボックスに放り込むと、画面奥へと連れ立っていった。)
(午後の会議までに記載した箇所を修正して、委員会宛に送付するように K)
((丸文字の殴り書きがされている)もうやだ帰って猫吸いたい)
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