第46話

その25

翌日昼前、朝の混雑が過ぎる時間を狙って、アズミとカズはギルドのドアを押した。

「アッ、アズミ、今ボスは出ていて、すぐ戻るからちょっと待っててね。」

ビビアンの声が掛かるが、まず呼ばれるのはアズミであって、カズではない。仕方のない事ではある。

「あの~、ちょっと聞きたいんだが、スタンピードの推薦って、いつもこんなに色々やらされるのか?」

「えっ、いや、そんな事は無いよ、いつもは。特にダンさんが口を利いた時は、素通りなんだけどね。」

「なんか、俺たち、すごい便利に使われてる気がするんだが・・・。」

「いや、まあね。その辺はボスの裁量の範囲だから。でも、ボスは基本的にはいい人よ。冒険者に利益が有るように動いているわよ。」

「まあ、その辺は判らなくはないんだが、どうも良いように踊らされてるのが、なんか腑に落ちないんだよな。」

「ああ、それは判るけど、そう言うものだと思ってあきらめる事ね。」

「しかしだなあ、臨時パーティーがどうのこうのと言ってたけど、一体あれはどういう事だ?」

「ああ、あれね、女の子だけの5人パティーが有ったのよ。でも、それが分裂したの。怪我で一人が冒険者を続けられなくなって、もう一人、軽いケガをした人も嫌気がさして、ついでに怪我はしなかったけど辞めた人が一人出て、二人だけ残ってしまったの。で、その残った女の子に、例のパーティーがちょっかいを出したのね。」

「まあ、そんな調子じゃ碌な事に成りそうもないのは判るけど、それって、俺達と何の関係もないよな。」

「まあ、ほとんど関係ないけど、あえて関係あると言えば、ボスは今度の依頼だけ試しにカズたちと組ませてみようと思ってたみたい。ハハハ、女の子が嫌がったから消えたけど。ふふ、カズって本当にモテないわね。」

「ブッ、なんだそりゃ~。確かに"ダカンの明星”はろくでもないが、わざわざぶっ潰そうとするのは、女の子は”ダカン”を嫌がってなかったんだろ? 俺だって、"ダカン”に着くような女の子は願い下げだよ。って、何でわざわざ潰したりするんだ? 」

「そうなのよね~、本来はその辺は自己責任なんだけど、その女の子の一人が、昔ボスのパーティーだった人の娘なの。見るに見かねたってわけね。」

「まあ、そりゃあ判らないでもないけど、なんで俺達なんだ。他にやり様は有りそうなんだが。」

「そんな事ないよう。カズなんて、絶好のキャラじゃない。陰キャでちょっとオドオドしていて、しゃべり方なんて、ぼそぼそ自信なさげで、まともにD級中のDでございます見たいな、アズミも体が小さくて、とてもぱっと見では強そうには見えないし、これでナンチャッテとは言えB級をボコれるんだから使わない手はないと思うよ。」

「その言い方って、絶対俺の事褒めてるわけないよな。下手にくさされるより傷つくんですけど。」

「イヤイヤイヤ、私、すっごくカズの事見直してるんだけど。”ダガン”の連中がボコられるとこ、私も見たかったわ~。」

「へ~、ビビアンって、ちょっとキャラがいつもとチガくない? なんかちょっと浮かれてるとか?」

いくら朝の混雑が終わってすいているとは言え、普段とは違う饒舌なビビアンに驚いてアズミも口をはさむ。

「ああ、それ? 何と言ったって、あの”ダガン”の連中はウザくて、はっきり”嫌い!”と言ってるのに、”照れてる”だの”付き合えばすぐ夢中になる”だの、もうしつこい、しつこい。そのくせ、二言目には田舎とか馬鹿にするし、バカにする相手を口説いたりするなっていうの!! これであいつらの顔を見なくてすんで、ほっとしてるわ。」

これはやっぱっり都合よく使われてる。せめてビビアンさんの機嫌回復に役立っているのは僥倖ではあるが。

「ボスも喜んでたわよ。”ローダーの奴を思い切りバカにしてやった。”とか言って。」

「これはもう貸しなんじゃない。ギルマスはどう思ってるか知らないけど。」

アズミはそう言うが、ビビアンはボスはそんな風に思う人じゃないと否定する。

「貸しとか貸しでないとかは、気分の問題だから。ボスが気にしなければそれまでなんだし、でも、貸しを取り立てる気なら応援するわよ。手も口も出さないけど後ろから応援だけ。」

「ちなみに、それを応援と言うのか?」

「ん~、その辺は微妙だけど、”気は心”とは言うわ。」

「ねえ、ねえ、ねえ、カズ、トウガラシはどう? 確かギルマスは商業ギルドにコネを持ってたみたいだし、大義名分もあるでしょ。」

「アズミ、トウガラシって何の事? 」

「あの、魔物の戦いで、まずい事の一つが、多数の魔物に取り囲まれて、逃げだすとか出来なくなる事でしょ。そういう時にトウガラシの粉をばら撒いてやれば何とかなるんじゃないか? って、試してみようと思ってるんだけど、なかなか集まらなくてね。」

「トウガラシなんて、いっぱい有るんじゃないの?」

「いや、できるだけ強力な奴が良いから、”ドラゴンブレス”とか言うとんでもない奴を探してるんだ。」

と、まあ、こんな感じで、なぜか嫌われているはずのビビアンと話が弾んでしまったのだ。と、言うのも、ビビアンとしては"ダカン”の連中には相当頭にきていて、”ダカン”をボコった事で、カズのお覚えが大分目出度くなったらしい。

「カズ、ハッタリでも良いからもう少し自信ありげに胸を張りなさいよ。」

とか、

「しゃべり方がモソモソするのが気になるのよね、活舌を良くする練習とかしたら、もう少しモテる様になるわよ。」

とか、本来なら大きなお世話だ! と切れたくなる様な事を言われたが、今までの事務的な冷たい対応から見れば大躍進なのである。

おまけにローダーだけでなく、リカオルまでボコったと聞いて、

「おー、カズってすごい! いい子いい子してあげてもいいわよ。流石にチューとかは絶対無理だけど。」

”これ、オレ、モテてるのか? ひょっとして前世と今世ダブル人生初のモテ期到来か? ” 男のくせにだらしなくデレるカズであるが、チューを拒否されている時点で、モテているとは言わない。

場所は変わってギルドの二階である。ギルドマスターの執務室である。

小さな町の小さなギルドであるが、一応ギルマスの執務室は有る。二階の物置を無理やり区切った感は有るものの、一応執務室と言える執務室である。

そこに先ほど戻ってきたギルマスのアルマダと、カズとアズミの三人が話し合っている。

「あ~、商業ギルドかあ、あそこのギルマスに頭を下げると、あとあと面倒くさいんだよなあ。」

いちおうゴネて見せるが、相手をしているのがアズミと言う時点で、すでに勝負は決まっている。まともな男は、いや、ほぼまともと言える範疇に入る男性ならば、アズミのような小柄の女の子のお願いには弱い。特に、一応それなりの理屈がつけられてはもう逃げようがない。

対魔物の安全対策のために材料を集めている途中で、新たな依頼をねじ込んで不都合が起きでもしたら、たとえそれが集めている材料とは無関係であったとしても、いろいろと問題に・・・ま、少なくともその辺の冒険者に陰口は叩かれる。

”準備の出来ていない女の子に、無理やり依頼を押し付けて怪我をさせた。”とか。

「ん~、いくら推薦の条件はギルマスの裁量の範囲とは言っても、臨時パティーの件は多分にギルマスの個人的な思惑が絡んでるんだからさ。いい加減”うん”と言いなよ。」

「ん~、まあ、どうするか?」

いまだに煮え切らないギルマスであるが、

「ドラゴンブレスの唐辛子10キロ、できたら20キロね。」

アズミの圧力に、

「まあ、仕方がないか。その代わり例の件の女の子と現地まで一緒してくれ。」

「はあ~、どういう事ォ~。」

思わずカズがスッ頓狂な声を上げる。嫌われた女の子とのパーティーなんて気まずくて仕方がない。気のない女の子のご機嫌取りなど、カズには絶対無理で、それが出来るぐらいなら、いくらカズでももうちょっとモテる男になれたはずである。とてもではないが、まともな連携とれず、一緒に戦いなどできるはずもない。

「ムルガの村まで行くだけだからさ。そこにガルドの町のダマスって職員が出張っている。そいつは女の子の知り合いで、ついでに俺の手紙も持たせておく。」

女の子の名前はリタとセージ、リタが魔法、セージが弓で二人とも後衛なので現地まで一緒に行ってほしいと言う事だそうだ。

「嫌われてる女の子と一緒のパティーで戦うなんて嫌ですからね。」

念を押しておいたが、女の子は現地のダマスが面倒見てくれるとの事だった。

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