第43話
その22
狩りとしては今日が最後になる。森に入ってからは昨日と同じ4グループに別れて進む。
「なあ、アズミ、今日こそ獲物が1匹の時は二人で一緒に戦おう。」
などと言っているが、こと、相手がオーガだったりすると、もう少し、四つに切り結ぶ練習をしたいとか言い始めて、結局一人ずつ交代で戦う事になる。
「誰も見ていないことだし、魔法を使ってもいいんじゃないか?」
など言いつつ、結局刀で魔物狩りをしてしまう。どうも今日は注意が散漫になる。と、言うのも出てくる魔物が弱く感じてしまうのだ。
これはいけないと感じつつ、でもつい気になるのは明日帰りがけに出会う可能性のある、ワイバーンの事である。
「アズミ、明日ワイバーンに出会ったら、どうする? 」
「ワイバーンについて聞いた限りでは、地面に引きずり落してしまえば問題はないそうね。ただ、どうやって地面に落とすかね。」
「それだな。」
「魔術を使わないと無理でしょう。石をぶつけるとか、手投げの槍を用意するとかではよほど近くまで飛んで来ないと避けられてしまうし。」
「バレットで何とかなるか? 」
「バレットのショットガンを使って、翼に穴をあけてやれば落ちると思うわ。あと、やっぱり距離が問題ね。あまり遠くからだと弾がばらけて効果が落ちるわ。」
「それしかないのかな~、どうも俺たちの使う魔術はショボい。ま、目立ちたくないから仕方がないのだが。
ワイバーンとかブラディーベアとかにも通用して、他人が見ても違和感のない魔法が欲しいよな。」
「そうね、剣術の方は大体の方向性が決まって来たので、今度は魔法ね。この世界ではどんな風になっているのかもっと知りたいわ。」
「地味だけど効果が有りそうと言うと、無酸素の空気とかは? 目に見えない分、誤魔化しが利きそうだと思うが。」
「吸い込んでさえくれれば効果的でも、条件が難しいわね。肺に取り込まれた無酸素の空気は血中の酸素を吸い出して、一瞬で血液を無酸素状態にするけど、それと同じ理屈で、無酸素の空気玉を造っても、吸い込んでくれなければ周りの空気から酸素を取り込んで一瞬で普通の空気になってしまうの。」
「うまく呼吸をするタイミングでぶっつけてやらないとダメ!って言う事か?」
「でも、無酸素のでかい空気の塊を造れば、広範囲のせん滅には効果が有りそうね。見ている人をどうやって誤魔化すかが大変そうなので、保留ね。」
「本当は生活魔法で攻撃できれば大手を振って使えるんだが・・・、いっそ魔法は風だけにして、物理的に存在する、睡眠薬とか目潰しとかを吹き付けるとかはどうだ?」
「それなら有りかも。睡眠薬はリアルタイムで効果が出るのは難しいけど、目潰しなら、トウガラシに似た材料を探して、収納で持ち運べるし、効果を多少いじったり、風の吹き方をコントロールしても他人には誤魔化せるでしょう。」
のどかに魔法談義をして狩りをさぼっているように聞こえるが、これはホーンラビットやオークなど弱い魔物をさくさく狩りながら交わされた会話である。
流石にオークと四つに切り合う時には、こんな悠長なことはやっていられない。ちなみに、早速であるが、ダークベア相手に、トウガラシの辛み成分であるカプサイシンを合成してもらって、目潰しの実験をやってみた。
「アズミ、宜しくー。」
何ともチャラい言いぐさであるが、俺にいきなり初めての魔法は無理で、全面的にアズミに任せるしかない。それに早めのテストは必要である。
「目潰し!!」
アズミのトリガーワードも何かおかしい。急ぎの急ごしらえ感満載。
でも、見事に嵌って、ダークベアは苦し紛れの大暴れ、目を擦ったかと思えば、転げまわる。ただ、盲目的にのたうち回るので、ベアの動きが読めない。
攻撃でなくとも、体当たりされたり、踏み潰されたりしたら、こちらは重症である。それに飛び込む前にもう1度風魔法を使ってカプサイシンを吹き払わないと、こちらまで酷い目にあいかねない。
で、しばらく様子を見て、ベアの動きのリズムをつかみつつ、暴れ疲れて動きの鈍ったところで攻撃を始める。
これは、かなり安全に仕留めることはできるが、結構時間がかかって効率は良くない。一人で戦う時とか、あるいは複数のベアを相手にするとき向きと思われる。
「これは、相手が群れでいるとき向きだよな。」
「そうね。しばらくの間は、完全に盲くら状態でしょうから、相手が100匹いても1匹づつ倒していけそうね。」
「これはこれで面白い技だから、帰ってから細かい所を詰めて最適化しよう。」
と、言う事でテストは済んだので、目潰しの技は今日はおしまいになった。
夕方、いやもう暗くなっているので宵の口と言うべきか、チーム”蒼天の銀翼”とカズ&アズミは拠点のそばの空き地で焚火を囲んでいる。
「ラムダ、結果報告を頼む。」
ダンが声をかけるとラムダが立ち上がる。
「ええと、
一日目、オーク20、オーガ13、ダークベア3。
二日目、オーク20、オーガ18、ダークベア5。
三日目、オーク25、オーガ23、ダークベア7。
依頼はオーク換算で60匹でクリアですので、ダークベア15匹とオーク30匹を当てます。それから、残りのオーク35とオーガ54匹はカナの町の常時依頼に充て、その他にビッグボア34匹ほど捕まえましたが、依頼対象でも常時依頼でもないので、たんに魔石としてカナの町で処分します。
依頼より倒した魔物の数がずいぶん多くなっていますが、これは悪天候のための予備日も活動したのと、カズとアズミが加わったためです。
以上。」
「ああ、以前話した通り、依頼で受け取る金は”銀翼”で分け、その他は全員、7人で等分する。
あと、最後にオークの肉を2匹分この村に渡す。ビート、カズ、収納から1匹ずつ出してくれ。
それと、ワイバーンの峠は時間の余裕を持たせたい。で、明日は早めに出る。
俺からは以上だ。何かあるか?」
「ええと、」
相変わらずのもっそり口調でカズが声をかける。どうも、カズがショボい男と見られがちなのはこの口調のせいもあるらしい。
「オークの事で、気になったんですが、オークの肉でワイバーンの気を反らすとか、罠に掛けるとか出来ないんですか?」
「おー、そこは気が付かなかったなあ。ワイバーンが出たらオークの肉で気を引いて、そっちにとっ掛かっている内に逃げ出すってのは有りだと思うぞ。ただ、罠に掛けてやっつけるにはちょっと火力が不足なんだ。」
「肉をつかんだ瞬間に皆で飛び掛かるってのは無理なんですか?」
「絶対に無理とは言わんが、確率的に弱い。ワイバーンに弓では嫌がらせ程度にしかならんし、要するに俺達には剣しかない。飛び掛かるにしてもワイバーンが肉を引っさらうのはほんの一瞬だ。
全員が間に合って飛び掛かれるような隠れ場所とかはまずなかろう。一人だけなら、隠れ場所の近くに肉を置けばいい。二人ぐらいなら、ワイバーンに見つかる前から、都合のいい場所を探し探し行けば何とかなるだろう。
そのぐらいだな。要するに二人で飛び掛かって、もし失敗したら後は地獄だ。」
「あのう、ワイバーン討伐をけし掛ける心算はないですけど、」
珍しくアズミが声をはさんだ。
「私たち、剣の腕も上がったし、そろそろこのバングルの事を秘密にする必要も無くなって来たかなと思うのです。」
「おお、そうだ、そいつの事はすっかり忘れていたが、古代遺物だっけ、もうおおぴらにして良いのか?」
「ええ、剣が下手なうちに知られると、これを狙われる事になりかねなかったので、秘密にしてたけど、もうそろそろ良いかな? と。」
「そりゃあな、あれだけ腕を上げてまだなんか言うなら、そりゃあ贅沢ってもんだろ。だいたい俺っちの立場はどうなる? まっ、それは良いけど、そのバングルの働きってなんだ? 」
「ええと、氷のバレットを水圧で飛ばします。単発の奴と、散弾で20個いっぺんの奴。」
「ほう、それで威力はどの程度だ。」
「貫通力は十分。でも弾が小さくて口径が3センチほどなので、大型の魔物にはよほど急所に当たらないと、1発や2発で仕留めるのは無理かな。セオリー通り散弾で翼を狙う方が無難かな? 」
「言うだけの威力がありゃあ、問題はなさそうだな。無理をするつもりもないが、あそこを通るたびにハラハラしながらコソコソ隠れながら通るのもリスクが有るし、ある意味、チャンスかもしれん。あとで確認させてくれ。」
「まったくもう、お人形さんみたいに可愛い顔をしてるくせに、古代遺物まで持ってるのかよ。反則だろ。」
アズミの隣に座っているカイルが、アズミの頭をガシガシなでると、
「まったくだ、ダンがアズミには勝てる気がしないって言っていたぞ。どうなってるんだ。」
反対隣りに座っているビートも調子に乗ってアズミの頭をなでる。アズミはご自慢の髪の毛をぐしゃぐしゃにされて、少々オカンムリで有るが、どちらかと言えば、身から出た錆である。
「お前らもう、”初心者デス。”みたいな言い訳はできんからな。手始めにその情けない面を何とかしろ。」
って、ダンが俺にトンデモナイ事を言い始めるが、”その情けない面”ってのは何なんだよ。
おまけに背中までバンバン叩かれて、これはもう苛めだろ。
明日の行動は、古代遺物の性能を見てから、ダンが一晩掛けて考えておくと言う事に話が決まった。
明日の朝は早めに出る。
ワイバーンの峠に時間をかけるためである。
以前も話したことだが、最悪を想定して、色々準備して、そのすべてが何事もなく、役に立つ事もなく、事態が収束することは良い事である。
斥候は往路と同じビートである。いきなりまとまって行動すると目に付き易いため、一人だけ岩陰に隠れながら先行し、安全を確認してから後続が動く。
一番危険と思われた尾根を通りすぎ、ワイバーンを倒すべくダンが考えたすべてが無駄に終わりつつある。
ワイバーンが現れたら、ダンは岩の陰に隠れ、ダンが飛び掛かれる近さにオークの肉を置き、ショットガンの効果が出そうなあたりにアズミとカズが隠れ、他のメンバーは安全第一で身を隠す。ワイバーンが肉をさらう寸前、アズミ、カズ、二人でワイバーンの同じ側の翼をショットガンで打ち抜く。
ショットガンで発射される弾丸20発全部が翼に当たれば、おそらくワイバーンは飛べなくなるが、すべての弾丸が当たるとは限らないし、念のため二人で同じ翼を狙う。
ショットガンの着弾と同時にダンが飛び出して、翼を狙うか、とどめを刺しに行くかはショットガンの効果次第。あとはダンの判断に任せる。
ワイバーンが怖いのはウィンドーカッターと言う魔法技を使う事である。ウィンドーカッターを使う直前に予備動作として口を開けるので、もしワイバーンが口を開けたなら、ウィンドーカッターを撃つ撃たないにかかわらず、バレットを発射して、ウィンドーカッターを妨害する。アズミとカズの次の役割がそれである。そのため、ショットガンを撃ったらすぐ、ワイバーンの口を狙いやすい位置に移動する。
その他のメンバーは、ワイバーンが飛べなくなったのを確認してから一斉に飛び出して、ワイバーンにダメージを与えることになっている。
要するに考えうるすべての事態に対応できるように、考えつくしたすべての事が、今、水の泡となって消えようとして居るので有るが、それは多分とても良い事なのである。
峠の下りもあと半分となり、先行して偵察をしていたビートも戻って合流する。
ほっとした、と言うか、気が抜けたと言うか、なぜか物足りない気分を味わいながら緊張がほどけていく。だが、おうおうにして、このように隙が生まれた時に事態と言うものは動くようである。
ワイバーンである。ワイバーンが現れた。それもいつも姿を現す山頂の巣と思しきあたりではなく、我々が向かっている麓の方から、我々の進路を逆走して舞い上がってくる。多分獲物を追いかけて麓に向かい、逃げられて戻ってくるところなのだろう。
「あわてるな!!」
ダンの怒声が響く。
「予定どおりだ! 打ち合わせ通り動け!」
いったん切れてしまった緊張の糸をつなぎなおすのは難しい。しかし、やるべき事はすでに決まっていて、しかもそれはそれほど難しい事ではなかった。
「ビート、左下20メートル岩、麓側に肉を出せ。アズミ、カズ、その右の岩で待機!」
ダンの指示が飛ぶと、さすがにみな我に返って機敏に体が動く。
ワイバーンは当然こちらの動きをすべて見ている。人間がわらわらと動き回り、やがてチリジリに岩の下に隠れていくのを見ている。当然罠を警戒して上空を旋回しているが、オークの肉と、エサの人間、両方をあきらめるという選択肢はない。
となれば、狙うのはオークの肉になる。一気に急降下し、肉を引っさらって上空に逃げる、あとはそのタイミングだけである。5~6回旋回した後、ワイバーンは急降下で肉を狙ってきた。
カズとアズミは岩陰から飛び出してワイバーンを狙う。
「ロックオン!」
「「ショットガン!」」
計40発のバレットがワイバーンの左翼に命中、翼は九の字に折れ曲がり肉の置かれた岩山に激突する。
同時にダンが岩陰から飛び出すのが見えて、
「バレット!」
ワイバーンの注意をこちらに引き付ける意味もあって、とっさにバレットを放つが、焦り気味の1発はワイバーンの後頭部の皮膚を削り取っただけだった。
「バレット!」
直後にはなったアズミの1発はワイバーンの左目を打ち抜き、あとはダンが飛び掛かって、首を落とすだけと思われた瞬間、
「ワイバーンだ!!」
「もう1匹出た!!」
駆け寄ってくる”銀翼”のメンバーから怒声が響く。
山頂に巣を持っているワイバーンならば番で居るのもおかしくない。その辺はすっかり抜け落ちていた。
ダンは残った右の翼に切りつけ、駆け寄ったビートとネルトスは弓で右目を狙う。ワイバーンを生きたまま無力化して、新たに表れたワイバーンのウィンドーカッターの盾にするためである。
新たに現れたワイバーンも夫(?)妻(?)を攻撃するわけにいかず、ウィンドーカッターを撃てない。嘴や爪を使わざるを得ず、舞い降り、襲い掛かってくるワイバーンはバレットの餌食になる。
「カズ! 右を狙うよ!」
アズミの指示が飛ぶ。
「ロックオン!」
ちなみにロックオンをかけるのはカズだけである。アズミは正確な射撃が可能なので、ロックオンは必要としない。
「「ショットガン!!」」
飛膜を散らし、翼をへし折られて地面に激突する。あとは”蒼天の銀翼”、寄ってたかっての数の暴力である。
ワイバーン、哀れ。
「アズミ、カズ、助かった。補助要員出なくて、完全に一人前だ。今度の依頼は依頼料も含めて、全員で均等割りにしたいと思う。ビート、ネルトス、カイル、ラムダ、どうだ?」
「「うっす。」」
「了解。」
「問題なし。」
「それから何か有ったら”銀翼”の名前を出して良い。」
ダンにお礼を言われたが、名前を呼ばれる順はいつもアズミの方が先である。仕方ないけど。
*
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