第11話

その10

「これが出来たら、森の中に行って魔物退治しようね~。」

など気楽な事をのたまわって影抜きの練習をさせられているが、そんな簡単に行くわけがない。

”燕返し”も”影抜き”も対人戦用の技で、魔物相手には必ずしも必要ではない。それ以前に覚えなければならない技が山ほどある。

だいたい日本の剣術では抜刀、納刀だけでもめんどくさいのだ。

いまレディーにやらされている抜刀法は古武術の投げ抜きと言うやつで、面倒な抜刀術のさらにめんどくさい技である。

左手で鞘の鯉口あたりを持って鞘の3分の2あたりまで前に引き出す。右手で柄を支えて鞘をもとの位置まで戻せば刀身は3分の2ほど引き出されることになる。

同時に膝を割って腰を開くとばね仕掛けのように刀が走り出る。

本来の意図は大小2本差しの時に脇差の柄が邪魔にならないように手を伸ばした状態で抜刀するという意味と、極めると抜刀スピードが速いと言う事を売りにした技であるが、レディー的には俺がいじめられっ子体質で何かと絡まれやすいので、”鞘の内”に対応しやすい抜刀術と言う事で選んだようだ。

ちなみに”鞘の内”と言うのは江戸時代に平和になって、武士が城内で抜刀が禁じられるようになった時、抜刀せずに刀の鞘や柄で相手の攻撃を処理するための技である。

まあ、現在のところ私の老化が止まっていて、不老不死の状態にあるので時間だけは山ほど有るから、やる気さえ保たれればそれで良いのだろうが、多分にレディーの奴、自分の趣味に走っている気がする。

ついでに納刀について私見を述べると、やたらに形式ばって、見た目だけにこだわっているように見える。しかし、大切なのは残心と言う事で、つまり、倒したと思っていた相手が最後の力を振り絞って不意打ちをかけても対処できるように、最後の最後まで気配りしながら納刀する、それを習慣づけると言う事で、単なるええかっこしいではなく大切なことであるらしい。

ついでに毎日やっている他の練習もサラッと触れておくと、”3分で出来る体捌きの稽古”、”1日6分剣術稽古、抜刀基本”などと言う昔しユーチューブから抜いてきた練習や、体軸で刀を振る”車切り素振り"、切り下しと受け流しを交互に行う“回剣素振り"、”合撃打ち"、”一左足”、”風剣”、”霧隠”、”石火の打ち”など素振りや型の練習をする。

ちょっと見、うんざりしそうな量で、まあ、うんざりもするのだが、例の全身鎧の活用で動きその物はけっこ早く覚えられるようになって、進歩が体感できると、実はちょっとだけ楽しかったりもする。

ただ、覚えた技を臨機応変に使う事とは全然別問題である。で、素振りや型の後はレディーと組打ちである。力以外ではレディーの方の身体能力が圧倒的にうえで、手加減満載でお相手してもらう事に成る。

いや、そうしないと練習にならないのですよ。私だって上達はしていますよ、例の鎧の効果も有りますし。でも、レディーの上達の速度の方がずっと早い、一言で言うならば才能の差ですね。

しかし、何ですかね。私は何でこんな根暗でドン臭い引きこもりキャラに固執するんですかね?極端な話、イケメンで身体能力バキバキのボディーに意識だけ私の意識と記憶を刷り込んだアバターでも使えば、天下無双も何の苦労も無かったはずなのに。

つまるところ自分とは何か?と言う事に成るんでしょうが、悟りすました坊主ならば、

「すべては迷いじゃ!」

とか言うんですかね。まあ、生きること自体が迷いの塊みたいな気がするので、いまさらと言う気もしますが、技の上達だけなら時間さえかければ上達するし、老化が止めてあるので、モチベーションさえ維持できれば時間は無限、私としてはせいぜい迷いの中で、苦労して、のたうち回って生きることにしましょう。

夕食が終わって、一休みすると風呂に入る前にもう一つやることが増えました。レディーとの組打ちが記録されているので、どのタイミングでどの技を繰り出すべきか、受けられたらどう処理するか、フルアーマーを着込んでレディーが解析した、私の能力でできる最適の動きをトレースする。おかげで結構上達した気はしますよ、多分に私としてはと言う条件付きですが。

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