ハニー×サワー時々ビター
白(しろ)
若気の至りと必然
若気の至りというやつだったのだろう。
当時俺達は高校生で、それも娯楽なんて何もないど田舎の高校生で、女といるより友達といる方が何倍も楽しい時期だった。
その中でもそいつと俺は飛び抜けて仲が良くて何をするにも一緒だった。
部活だけは違ったけど学校の行き帰りも一緒だったしクラスも3年間ずっと一緒だった。休みの日も大体そいつとばっかり遊んでて、どう考えても俺達は親友だった。
だけどその関係が少し変わったのは高二のテスト期間中。あんまり頭の良くない俺はそいつの家で勉強を見てもらうのが一年の時からの決まりだった。
けどその日は帰ってる途中に急に雨が降って二人ともずぶ濡れになって、そいつの家で風呂貸して貰って、そいつの部屋でもうなんか勉強する気も失せて漫画とか読んでた時だった。
「なあ、お前キスしたことある?」
そう訊いたのは俺からだった。
読んでた漫画にちょうどそんなシーンがあったから訊いてみただけだったが、正直興味はありまくりだった。
俺達は親友だがライバルでもあった。
勉強じゃ全く歯が立たないけど、それ以外なら俺とそいつは常に競い合っていた。つまり、そういう経験も俺は勝手に競っていたんだ。
「……あるけど、お前は?」
ちょっとダルそうに返ってきた言葉に当時の俺は大いに焦った。なぜなら俺はその時キスもしたことがなかったからだ。
負けたくない、そんな意味不明な対抗心を燃やした俺は嘘をつくことにした。思えばその判断がその後の俺達の関係を大きく変えたんだと思う。
「…そ、それくらい、俺にだってあるし」
「……ふぅん」
そいつの声が低くなったのを覚えている。酷く面白くなさそうな、怒っているようなそんな雰囲気だった。
あれ、と違和感を覚えた時にはもう俺の前にはやけに整ったそいつの顔があって「うわ、イケメンだ」そんな感想を脳内で呟いていたら唇が塞がれたんだ。
そいつの唇で。
俺は大パニックだった。一体全体何がどうしてこうなったと大いに焦った。だけど一切焦った様子のないそいつは大真面目な顔で俺に訊いてきた。
「嫌だった?」
「いや、じゃ、ねえですけど」
「じゃあいいじゃん」
そうやってまた唇を塞がれて、その日だけで俺は唇がふやけるんじゃないかってくらい色々された。
雰囲気に流されまくってどうしてそうなったかは聞けていないが、その日から俺達は親友同士じゃ普通しないことを頻繁にするようになった。
そしてそういうことに興味がありまくる健全な男子高校生だった俺はあっという間にそいつと一線を越えた。驚くくらいあっさりと、呆気なく、俺とそいつは絡み合った。
嫌悪感なんて微塵もなかった。むしろこれが自然なんじゃねってくらいに相性が良くて…いや俺はそいつしか当時知らなかったんだけど。
けどとにかく男同士とかそういうの関係なく俺達はそういう行為を繰り返してた。もう何回したかわからないくらいドロドロになった日、急にそいつが言ったんだ。
「俺たちって、なんだろうな」
俺をドロドロにした張本人はやけに真面目な顔をしていた。
「何って…親友…?」
「親友はこんなことしねえよ」
そう言って慣れた様子でキスをしてくる。
「……じゃあ、なんだよ」
俺達はきっとこの関係が何を示すのか知っていた。だけど言い出すきっかけを完全に逃していた。お互いがまごついて、そして耐えられなくなったそいつが髪を掻き乱してから俺を睨んだんだ。
「付き合うぞ、俺ら」
「……おう」
「んだよその返事」
「うるせえうるせえ。付き合うってことはあれだぞ、俺とお前、こ、恋人なんだぞ」
「知ってるよ」
ていうか、とそいつは続けた。
「ずっとそうなりたかった。俺、お前のことが好きだよ」
茹で蛸みたいに顔を赤くして布団に潜った俺を見てそいつはとんでもなく楽しそうに笑い、布団を剥ぎ取った。そこから何をしたのかなんてことは想像に難くないだろう。
で、今なぜこんな話をしているのかというと、それは今俺が適当に入った店で流れてる音楽が当時流行ってたものだったからだ。
男性グループの曲で演奏が兎に角格好良い。渡り廊下でよくそいつと歌ってたのを思い出したら、そこからは芋づる式だ。
自嘲気味に息を吐いてグラスに注がれた酒をぐい、と煽った。
喉が焼けるような感覚に眉を寄せ、それが少し治ってから同じものを注文した。
俺はもう大人になっていた。
あれから俺達は周りに内緒で付き合って卒業した。
大学は別だったけど住む場所は近かったから頻繁に会ってたし同棲しようかなんて話もしていたが、お互いの生活リズムがずれ始めて連絡の頻度が下がった。
いつの間にか携帯にあいつからの連絡が来なくなり、一応記念日と言える日に連絡してみようかと思ったけれど、その時は既に一ヶ月も音沙汰が無かった時だった。
これが自然消滅ってやつかぁ、とぼんやり思った。
もうあいつ俺に興味ないんだ、そう思うと自分でも信じられないくらい悲しくてめちゃくちゃ泣いた。やけ酒もした。
記憶にないけどその時酔った勢いで連絡を取っていたけど返信はなくて「あ、終わった」ってその時改めて実感した。そんでまた泣いた。
そんなことで俺の初めての恋は終了し、今に至る。
もちろん女性と付き合ったりもしたけど長くは続かず、今はもうそろそろ年の瀬だっていうのに一人寂しく見知らぬ居酒屋で酒を飲んでいる始末だ。
お待たせしました、そんな声と一緒に注文した酒が運ばれてお礼を言って受け取った。
また一口飲んでから、俺はふと携帯に視線を落とす。
顔認証でロックを解除して、連絡先が登録してある箇所を開いた。そこにはいまだにそいつの名前がある。
我ながら未練たらしいと思うが、どれだけ機種変更してもこの番号も消せなかったし自分の連絡先も変えられなかった。
もう二度と掛けるつもりはないが、こうやってたまに眺めるくらいなら良いだろう。
「元気かな、あいつ」
「おおっとにいちゃんごめんよおっ」
「うおっ」
酒に呑まれて千鳥足になった年配の男性がカウンター席に座っている俺の背中にぶつかった。
咄嗟に酒が零れないようにと意識が左手に集中し、携帯を握っている右手で支えようとしたその時だった。
指があいつの番号に当たり、画面が切り替わる。
あ、と思った時にはもうコールが始まっていた。
慌てて赤いボタンを押そうとしたが、もしかしたらもうこの番号は別の人のものになっているかもしれないという可能性が瞬時に脳内に弾き出され止まる。
バクバクとうるさい心臓を無視して覚悟を決めて携帯を耳に当てて、待つこと数秒。
頼む、違うやつが出てくれ。そう念じるけれど、少しだけ期待している自分もいた。
そして、コールが終わりまず耳に入ってきたのはざわざわと賑やかな音。
「……もしもし」
電話越しに聞こえた声は記憶にあるものより少し低く感じた。けれどそれは間違いなくあいつの声だった。
「もっ、…もしも、」
何か言わなくてはと声を出した時、違和感を感じて言葉を止めた。
電話口のそいつも何か気づいたらしく何も言わない。
「……なあ、お前今」
声を出せば数瞬遅れて聞こえる自分の声、そして元気のいい店員の声が電話口で重なった。
思わず俺は携帯を耳にあてたまま立ち上がった。
こんな偶然が、まさか。
そうして座敷の方に体を向けようとした時だった。
肩を強い力で掴まれて、そのまま誰かに抱き締められた。
あれだけ騒がしかった周囲がぴたっと静かになり、俺を抱き締めている男は震える声で俺の名前を呼んだ。
あ、あいつだ。
そう確信したと同時に俺も夢中で背中に腕を回してた。
今でも俺の一番好きな匂いがした。
ハニー×サワー時々ビター 白(しろ) @shiroshirokero
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