第29話【赤いリンゴ亭】
俺は人々が大勢行き来する大通りを歩んで正門からショスター邸に向かっていた。
魔法の実験もスモーキーの協力で済んだから帰って昼食にしようと思う。俺がご飯を食べなくってもチルチルやワカバは別である。ちゃんと彼女たちにはご飯を食べさせないとならないのだ。
それにチルチルは育ち盛りの年頃だろう。きちんと食事を取らせないと大きくなれないのだ。出来ることならチルチルには部分的に豊満に育ってもらいたい。それが俺の夢である。その願を叶えるためには食事はちゃんと三食たべさせないとならないだろう。
ワカバに関しては裏庭でぺんぺん草でも食べさせておけば十分だと思う。だから適当に捨て置く。
そんなことを考えながら大通りを進んでいるとチルチルの歩みが遅くなる。俺が何事かとチルチルを見てみれば、彼女は天を向いてクンカクンカと鼻を凝らしていた。何かの匂いを嗅ぎ取ったのだろう。それから彼女は一軒の店を涎を垂らしながら覗き込んでいた。
その店の看板を見上げてみれば【赤いリンゴ亭】と書かれていた。異世界ファンタジーで良くある酒場と宿屋が一緒になっている建物である。たぶん店内から食事の匂いが流れてきているのだろう。チルチルはそれに引かれたと思われる。
そうか、丁度昼時なのだから美味しそうな匂いが漂ってきても当然なのかも知れない。ならばと俺は足先を赤いリンゴ亭に向けた。店内に進む。
今度は食事のリサーチだ。この異世界の人々が、普段からどのような食事を取っているのかを調べてみたい。貴族の食事はショスター邸で大体わかったから今度は庶民の食卓だ。このデータもすべて金儲けに繋がるはずである。調査は大切なことだろう。
そして、俺は西部劇で見られるような両開きの扉を開いて酒場に来店する。確かウェスタンドアとかスイングドアとか呼ばれている珍しい扉だ。でも、この異世界はウェスタンとかじゃあないだろうからスイングドアって呼ぶのが正しいのかな。知らんけど。
そして、店内に入って驚いた。昼間っから酒を煽っている客たちは冒険者風だった。ほとんどの人物が武器や防具で武装している。何より驚いたのは半数ぐらいの人間がテンガロンハットを被っているのだ。本当にウェスタン風だったのである。
そんな驚く俺を余所に酒を煽る店内の客たちの視線がこちらにすべて集まった。全員が全員で俺に冷たい目線を向けている。その視線には好奇心と敵意が溢れていた。
唐突に誰かが下品に口笛を吹いた。冷めた音色が静まり返った酒場に流れる。するとカウンター内から中年のマスターが俺に声を掛けてきた。
「いらっしゃい、骸骨のお客さん。なんにいたしますか?」
クールな口調だったが店のマスターからは敵意は感じられない。それどころか普通の客同様に俺を扱っていた。だが、他の客は違う。俺に対して敵意を視線に変えてぶつけて来ていた。対抗心満々なのだ。
まったくもって俺が何か悪さでも働いたかのような眼差しである。何故にスケルトンだからって敵と思われなければならないのだろうか。まったくもってアンデッド差別が酷い世界である。
それでも俺は静まり返った酒場の真ん中を歩んでカウンターを目指す。その後ろにチルチルとワカバが続く。
チルチルは緊張に表情を強張らせていたがワカバは違う。余裕めいた性悪な微笑みを浮かべていた。完全に他の客を煽ってやがる。
やめてー、ワカバさん。出来るだけ揉め事は控えてもらいたいんだけどさ〜……。
そう願いながら俺はカウンター内のマスターにスマホの音読アプリを使って話し掛ける。
『マスター、テーブル席に座リたいのダが』
音読アプリから放たれた音声を聴いて店内が僅かに驚いていた。マジックアイテムだぞっと小声が聞こえてくる。
するとマスターはグラスを拭きながら顎先でひとつのテーブル席を指した。だが、そこは武装を整えた冒険者がひとりで座っている。
俺に相席でもしろって言っているのだろうか?
ならばと俺は、そのテーブル席に向かう。そして、テーブル席にふんずり返りながら腰を下ろしている冒険者の前に立った。
冒険者はテンガロンハットを目元まで隠れるように深く被って顔を隠している。そして、紙タバコを加えていた。
柄の悪い中年風の冒険者だった。上半身だけのハーフプレートを纏い腰には剣を下げている。その風貌からは百戦錬磨の貫禄が伝わってきた。
だが、分かる。俺より弱い。そんなことが何故か悟れた。この冒険者が醸し出す臭いが知らしめているのだ。
俺はテーブルを挟んで中年冒険者の前に立つと椅子に手を掛ける。するとチルチルが俺に代わって中年冒険者に問い掛けた。
「御主人様が相席を求められています。宜しいでしょうか?」
中年冒険者は帽子の鍔を上げて俺の顔をチラリと確認する。そして直ぐに俯きながら話し掛けてきた。その声は渋くて深みが貫禄となって伺える。
「あんたが最近噂の魔法使いだな。何でも当主様の屋敷でお世話になってるらしいじゃあないか。それが何故にこのような薄汚い酒場に御用なんですかね」
舐めきっている。発言のニュアンスから俺を舐めているのがハッキリと分った。すると彼の背後に二人の男が忍び寄る。
一人は長身で顔にバタフライの入墨が大きく羽ばたいていた。その入墨顔からふてぶてしさがありありと伝わってくる。
もう一人はナマズのような二つの長い髭を生やした小柄な東洋人だ。テンガロンハットを被っているが身形がチャイナ服とおかしな格好をしている。
そのような二人が中年冒険者を警護でもするかのように背後から威嚇を飛ばしていた。椅子にふんずり返る中年冒険者とは異なり背後の二人はいつでも飛びかかれる体勢である。入墨顔は腰に下げたナイフに手を掛けているし、チャイナ男はゆるりと跳躍の予備動作に膝を曲げていた。
それと同じようにチルチルとワカバが俺の背後に立っていた。彼女たちも戦闘を覚悟しているかのようなオーラを放っている。
三者三様で睨み合う。
でも、俺は一般市民の食用事情を調べるために酒場に入っただけなんだけどなぁ〜。喧嘩をするつもりは微塵も無いのだ。その辺を皆にも分かってもらいたい。
でも、場の空気からは、そんなの無理そうだと俺でも理解できた。やばいくらい雰囲気が険悪だからである。
俺はなんでこうなってしまったのかと頭を抱えていた。本当に俺には敵意がないのにさ……。
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