第26話【金策錬金術】
次の日の朝、朝食が済むと俺はエリナ夫人の寝室に呼ばれた。するとそこには旦那のショスター伯爵と息子の嫁スージーも揃っていた。
俺たち四人は丸テーブルの四方に腰掛けると向かい合う。話を切り出したのはエリナ夫人からだった。
「昨晩お話になられたフード付きローブの案件なのですが、丁度良い一品が御座いますので、こちらでどうでしょうかと思い早くからお呼びいたしました」
するとメイドの一人が綺麗に折り畳まれた黒いローブを持ってくる。その黒さは漆黒。まるで光を遮る暗闇の濃さだった。ここまで黒い生地を俺はあちらの世界でも見たことがない。それほどまでに漆黒だったのだ。
エリナ夫人曰く。
「これは私の祖父が特別な儀式の時に着ていた正装のローブです。見ての通り生地は特注の羽衣。どうやら魔法の力で鍛え上げた代物らしいのです。一般的に言われるマジックアイテムなのでしょう」
説明しながらエリナ夫人が漆黒のフード付きローブをテーブルの上で広げて見せる。その襟首や袖口には細かく繊細に金の刺繍が施されていた。明らかに町の洋服屋で売っていたローブよりも高価そうである。
だが、こんな色合いのローブで特別な儀式をやっていた祖父って何者だろう。ちょっと怖いな……。危ない人だったのではないかと疑った。
「魔法の効果は耐火耐冷に強いと聞かされていましたが、実際のところはどれ程までに強いのかは不明であります。何せ焼くなどして試すわけにも行きませんからね」
それもそうだ。燃えないと言われていても本当に燃えないかを実験するのは怖い話である。もしも話と違って燃えちゃったら大変だからね。
「それでなのですが、骨の魔法使い様がこちらのローブでよろしければ、昨晩の話はこちらの品物で了解してもらえませんでしょうか」
即座に俺は骨の親指を立ててOKサインを出した。合格点である。
なんだか思ったよりも豪華なローブが手に入って嬉しく感じた。早速俺は漆黒のローブに袖を通してみる。肌触りも満点だった。着心地がとても良い。艶々の滑々だ。
するとスージーさんが拍手しながら良くお似合いですよと煽ててくる。俺は馬鹿なのでそれを間に受けた。だから少し照れくさい。
そして今度はシャンプー&リンスセットの定期購入の値段設定に話が移る。だが、それは少し待ってくれと俺は二人にお願いした。何せまだ俺には物価の相場が分からないのだ。故に簡単に値段は付けられない。風邪薬同様に数日待ってもらうことにした。
とにかく、そんな感じで俺は客室に戻って来る。そして考えた。
ここは一旦現実世界に戻って金の相場を調べてこなければならないだろう。こちらの異世界で商売を開始するのはそれからだ。すべてのリサーチを終わらせてから物事に掛かるのが最善だろうと思う。
俺はチルチルに持たせておいた小銭袋から金貨一枚を取り出した。それと村長さんから貰った金の指輪を握り締める。いよいよこれを金券ショップに持ち込む時が来たようだ。俺も覚悟を決めなくてはなるまい。
俺は時空の扉からボロアパートの自室に戻ると針金の衣紋掛けに漆黒のローブを下げる。流石にこれで外には出れないだろう。変人だと思われて職務質問の対象になってしまう。そんな面倒は御免だ。
俺はいつものジャージ姿で外に出た。それから車で金券ショップを目指す。
そして俺はアパートから一番近い金券ショップ福ウサギと言う店に入った。清楚で和やかな店内だったが質屋のように持ち込まれた商品は陳列されていない。店員さんの話だと買い取られた商品は別の販売専門店に品物別に分別されて回されるらしい。ここは買い取りだけを専門でやっている店らしく商品は販売されていないとのことだ。
俺はアクリル板で遮られたカウンター席に腰を下ろした。少しチャラいスーツを着込んだ男性店員が俺の相手をしてくれる。
そして、俺はポケットから徐ろに出した金貨一枚と結婚指輪をアクリル板の向こうに差し出した。これを買い取ってもらえるならば幾らぐらいになるのかと問う。
すると店員さんは片目用の拡大鏡でコインとリングをマジマジと観察していた。更に二つを検査機に掛けさせてくれと言ってくる。俺は拒否する理由もなかったのでそれを許可した。
その後、店員さんは図鑑のような本を見てコインの柄を図鑑に乗っているサンプルと一致するものがないかと探していた。だが、同一なものは見つからなかったのだろう。首を傾げている。
まあ、見つかるわけもないのだ。それは異世界のコインだからね。この世の文明で一致せる物は無いはずである。あったら逆に困ってしまう。
それから店員さんはいろいろと調べたが10分ぐらいで諦めた。その間に俺はカウンター脇に置いてあったオルゴールの音色を楽しむ。なんだか懐かしい音色に酔いしれた。
カウンター席に戻ってきた店員さんの話だと、金製品の買取価格は指輪だろうとネックレスだろうと純金の含まれている配分と量で価格が決まるらしい。それは金相場の時価で決まる。だから18金や24金などでは価格が異なるらしいのだ。
更に金貨に関してはプレミアム価格が追加されるとか。リングやネックレスにすらプレミアム価格は無いのに、世界の有名な古代硬貨になればなるほど貴重品らしく値打ちが高くなる。だから先程店員さんはコインを念入りに調べていたらしいのだ。
だが、このコインには該当する事例が存在しなかった。故に歴史的な大発見的な品物かもしれないと述べていたが、そう述べる店員さんの表情も冗談めいていた。こんなダサいジャージ姿のおっさんが、そんな貴重な品物を持ち込んで来るとは思ってもいないのだろう。
故に指輪も金貨も金の相場の値段で普通に売買されることになる。まあ、それで問題なかろう。
ただ、それから身分証明を確認されたり住所などを記載したりと若干ながら面倒臭い書類を書かされた。盗品の可能性があるから警戒されているのだと明らかにわかる。
俺は書類を書きながらゴールド商会の鏡さんが言っていたことを思い出していた。
「まずは、この世で金を捌くのに楽になるわよ。この世では個人的に金塊を大量に捌くのば難しいからね。何せ今までに普通の平民だった人物が、ある日から金券ショップに大量の金を持ち込めば、すっごく怪しまれるものよ。でも、当社に入れば、そのような心配は皆無になるわ。すべての売買手続きは、ゴールド商会の事務がやってくれるのよ」
なるほどっと思う。自分で金券ショップに足を運んで理解できた。これは確かに怪しまれる。もしかしたら警察にだって目をつけられるかも知れない。そうなればこちらでの生活に支障が出るかも知れないな。やはりゴールド商会に入社するのも悪くないのかも知れない。
まあ、そんな感じで初めての金券ショップ体験が終わった。金貨と指輪で買取価格は合計41000円となる。硬貨が26000円で指輪が15000円だった。思ったよりも儲かったと思う。
なんでも金貨には銀が含まれていたらしく、それが値打ちを若干ながら下げていたらしい。
確かショスター伯爵は風邪薬一瓶で金貨30枚で買い取ると言っていた。そうなれば金貨30枚で780000円となる。1000円程度の風邪薬が780000円に化けるのだ。これはボロ儲け的な錬金術である。かなりチョロい仕事だろう。
上機嫌になった俺はスキップで金券ショップを出るとアパートを目指した。これで暮らしの安定をゲットしたも同然である。もうお金に困ることはないだろう。会社だって無条件で辞められる。
あとはどれだけ稼げるかだ。たんまりと稼いでこちらで良い暮らしを営んでやる。それに俺は不老なのだ。どこまでもいつまでも気楽に暮らしてやるぞ。
そう思った瞬間に足が止まる。
そうか、不老なんだ――。
俺は死なない。お金も目処がついた。となると今度は安住の暮らしを継続させるには戸籍操作が必要となってくる。それだけは俺一人ではどうにかするのは難しいだろう。
やはりここはゴールド商会に頼るべきなのだろうか――。
俺はスマホに残る鏡の電話番号を眺めた。
まあ、まだ結論を出すには早すぎるだろう。もう少し異世界を楽しんでから回答を出そう。
自分で出来るだけの事をやってからだ。それからでも遅くはないと思えた。
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