第24話【贅沢病】
町から連れてこられた靴屋のおっさんがワカバの足のサイズを図っていた。なんかワカバの綺麗な生脚を撫でるように擦っている靴屋の手付きが嫌らしい。
このオヤジ、もしかして仕事のフリをしながら乙女の生脚を堪能しているだけの変態じゃあないだろうな。クソっ、俺も触りたい。
怪しむ俺が片膝立ちでワカバの前に膝ま付いている靴屋のオヤジの顔を横から覗き込んだ。髑髏の魔眼で睨み付ける。
黒空の眼差しに覗かれた靴屋のオヤジが俺とは目を合わせないように震えていた。どうやら怖いらしい。
思ったよりもヘタレだな。髑髏が覗き込んだぐらいでビビってやがるぞ。この程度の肝っ玉でワカバの生脚を撫で撫でするなんて第それていやがる。恥をしれって感じだ。
しばらくするとワカバの足のサイズを図り終わった靴屋のオヤジが震えながら部屋を出ていった。客室には俺と二人のメイドだけが残される。俺はベッドの上で胡座をかくとチルチルの様子を伺った。
チルチルは昼食から帰ってきてから機嫌が悪そうだった。何故か不貞腐れている。俺がどうしたのかと訊いてみたらチルチルは悲しそうに俯きながら答えた。
「食事が、美味しくなかったのです……」
チルチルは別室で屋敷のメイドたちと一緒に昼食を頂いていたはずだ。その食事が美味しくなかったのだろうか。
「お屋敷のお食事は一般人が食べている食事に比べれば素晴らしい料理だったのですが、御主人様が用意してくれる食事に比べれば美味しくないのです……。天と地の差が御座いました……。ぐすん……」
あー、なるほどね。やはり現代の食事のほうが圧倒的に美味しいのだろう。チルチルは早くも贅沢病に掛かってしまったのだな。
だが、俺も気付いたことがある。それは食事の回数と経費だった。
チルチルにはこの数日間俺があちらの世界から食事を買ってきて三食与えていた。だが、よくよく考えると、こちらの異世界で三食食べるとあちらの世界では2時間3時間で三食食べていることになる。3時間で三食食べていると考えると一日三食12回食べていることになるのだ。それは流石に食費が掛かり過ぎだろう。それは少し考えないとならないと思う。
俺はベッドの上で腕を組みながら考えていた。その様子をチルチルが生真面目に見詰めている。ワカバは部屋の隅で欠伸をしていた。
ここはあちらの世界からの差し入れを少し制限しないとならないだろう。そうしないとチルチルの舌も脂肪も肥えてしまう。もしもチルチルが我儘で贅沢な室内犬のようにコロコロと太ってしまったら堪らない。チルチルには可愛らしくいてもらいたいのだ。
俺はチルチルに提案する。それはあちらの世界からの差し入れは晩御飯だけにすると言った条件だった。それを聞いてチルチルの表情が悲しそうに曇る。完全に残念がっていた。
だが、更なる提案を付け加えた。それはチルチルの働きが素晴らしければ特別に差し入れを追加すると言った条件だった。それでチルチルのヤル気を沸き立たせようと企んだのだ。
そして、俺はチルチルの誕生日を訊いた。誕生日は特別なので特別なプレゼントをあげようと思う。
しかしチルチルは自分の誕生日を覚えていないと告げる。エンシェントウルフは森で産み落とされると直ぐに自立するらしい。そしてしばらく独りで暮らす。ある程度成長すると外界に旅立つらしいのだ。だから誕生日たるカレンダー的な日付は気にしたことがないと言うのである。
なるほど、誕生日が分からないのか。これだとワカバも同じだろう。
俺はしばらく考えた。そして閃いた。それからチルチルに問う。俺たちが墓場で出会った日にちを――。その日を記念日にして祝ってやろうと考えたのだ。
しかし、チルチルはそれすら分からないと告げる。彼らは人間の刻む月日の流れを気にしていないと言っていた。カレンダーなどは見たこともないらしい。
ならばと俺は赤い満月を思い出す。それからチルチルに満月の周期を訊いてみる。
チルチル曰く、この異世界の満月は形が一周するのに一年かかるらしいのだ。だから俺は特別の日を満月の晩に定めた。満月の晩を出会いの日として最大に祝おうとチルチルと約束する。祝の日にはご馳走を揃えてやろうと俺はチルチルに誓ってやった。それを聞いてチルチルは大変喜んでいた。今から1年後が楽しみだと目を輝かせている。
やはりご褒美って大切なんだな〜って思った。それが子供相手ならば尚なことである。
しかしワカバはご褒美に釣られていない。味が分からないホッパーは食事に釣られないようだ。ならば、何か好きな物は無いかとワカバに訊いてみた。ワカバをプレゼントで釣ってやる。
するとワカバはツンツンした表情で一言だけ述べる。
「武器じゃ」
武器?
武器が欲しいのかな?
流石は戦闘部族だな。武器が欲しいらしい。そう言えばステンレス製ダイエットバーをくれた際は歓喜していたもんな。まるで新しい玩具を貰った子供のような無垢な笑顔だった。
なるほどね。ホッパーは武器に釣られるのか。ワカバの趣味が少しわかったような気がした。今度からこの手で気を引こう。
さてと――。
俺はベッドから立ち上がると窓際に向かう。この客室は2階なので屋敷から少し離れた町の景色が良く見えた。
木造と煉瓦造りの住宅街。町といえば町だが少し小さな町に伺える。それでも村よりは遥かに大きい。
しかし、町を囲む防壁は大岩のブロック造りで勇ましかった。
この異世界は、街の外に危険な怪物たちが多く徘徊しているのだろう。それに人間同士の戦争も多いのかも知れない。だから防壁なんて代物が必要とされているのだろう。まったく野蛮な世界である。
では、早速ながら人の営みを勉強しに行こうかな。町の視察である。
とにかく今はいろいろと学ばなければならないだろう。それには自分の足を使うのが一番手っ取り早いだろうと思えた。
俺は二人のメイドを連れて部屋を出て行く。ファントムブラッドの街並みを見学だ。
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