第16話【ホッパー】

俺はチルチルにホッパー族について訊いてみた。チルチルは知っている限りのことを答えてくれる。


ホッパーとはバッタ系の昆虫型二足歩行モンスターで、この異世界では左程珍しいモンスターでもないようだ。だが、一般的に嫌われている。その理由が暴食感だからである。


ホッパーはとにかく何でもかんでも食べてしまう。草木だろうが生き物だろうがすべてを食らう。しかも大群で貪る。その姿はゴキブリ以上に悍ましいらしく人間からも他のモンスターからも嫌われているのだ。まさに小麦に群がるイナゴなのだ。だから彼らホッパー族が通ったあとには草木の一本も残らないとされている。


更に戦闘力が人より少し高い。知力は阿呆な蛮族程度なのだが、武力が少し高目である。武器も使うし、粗末な武器程度ならば自作できる。時には鎧を着ている個体も見られるらしい。


何より強力なのは、彼らの脚力だ。下半身が強いのである。ホッパーだけあって脚力が人間の数倍はあるらしい。垂直ジャンプで5メートルは軽々と超えてくるとか。更には背中に翅を有しているために飛行能力も有している。まさに野生に満ち溢れた能力なのだ。


今、そのような暴食モンスターが、この草原でブイブイと言わせているらしい。同じ草原に住まうモンスターたちですら困ってしまうほどにだ。このままでは、この草原が丸裸の坊主に成るのも時間の問題ではないかと思われている。


さて、だいたいホッパーについては理解できた。まあ、ホッパーはゴキブリよりも害虫なのだろう。無限の食欲ってのが問題なのだ。


それでもチルチルは俺のほうが強いだろうと推測してくれた。多勢に無勢でも問題ないと見ている。やっぱり俺ってかなり強いらしい。


俺は鞄の中からバールを引き抜くと立ち上がる。そしてボロテントを出ていこうとする。するとコックランナーに止められた。


「今ハ夜デ御座イマス。我ラ昆虫型モンスターニハ昼モ夜モ関係御座イマセン。ソレハホッパー族ニモ言エマス。元人間ノ貴方様ニハ不利カト思ワレマスゾ。朝マデオ待ニナラレレテハ……」


するとフサフサな尻尾を左右に振りながらチルチルが自慢げに述べた。


「我が御主人様は夜目が利くのであらせられるぞ。舐めるでないわ」


なんか嬉しそうだな。自分の主を自慢できて嬉しいのかな。もう、ワンパクさんなんだから。


俺はチルチルにここで待てとジェスチャーを送るとボロテントを出て行く。その後ろにコックランナーが着いて来ていた。


俺は徐にジャージのポケットからスマホを取り出して音読アプリを起動させた。コックランナーに問う。


『トころで報酬の話なノだが。如何ホどもらえルのですカ?』


報酬の話は大切である。流石に戦闘があるだろう危険な依頼でただ働きは御免だからね。貰えるものはキチンと貰わなければならないだろう。


だが、報酬の話よりもコックランナーはスマホに驚いていた。唐突に真っ黒な板が声を放ったのだ、それはビックリするだろう。しかし、直ぐに我を取り戻す。そして腰から布袋を取り出した。


「コチラガ報酬デ御座イマス。報酬トシテタリルデショウカ……?」


コックランナーは手を震わせながら袋の口を開いて中身を見せた。袋の中には硬貨が数枚ほど煌めいている。たぶん30枚ぐらいは入っているだろう。だが、ほとんどが銀貨や銅貨ばかりだ。金貨の姿はほとんど見られない。


「此方ハ以前、旅ノ商人ガ落トシテ行ッタ物ニナリマス……」


落とし物とは都合が良い話だな。だが、ここで疑っても仕方がない。ここは信用するしかないだろう。貧乏そうな村で貰った金の指輪ひとつよりは値打ちがありそうだ。俺は、その硬貨を成功報酬として認めた。


そして最後にホッパーたちの居場所を問う。するとコックランナーは南の方角を指さした。


コックランナーは敵のリーダーが独眼のホッパーだと教えてくれた。なんでも他の個体よりも勇ましくて血気盛んらしい。だが、それでありながら手練れでもあるとのことだ。まあ、リーダーらしいのだろう。


それから俺はバールを片手に一人で草原を進む。今度の敵はバッタ人間だ。軽く否せるといいのだが――。


そんなことを考えながら俺は月夜の下を一人で進んだ。叢の陰から蟲の音が聞こえてくるがコウロギが何かの羽音だ。バッタの音色ではないだろう。


そして、地面に足跡を見つける。人間の物ではない。爪先が鋭く踵までが長めである。明らかに昆虫型の足跡だ。しかし、これがホッパーの足跡かは俺には解らない。そこまでの知識は有していないからだ。でも、敵が近いのではないかと予想はできた。それだけで十分だろう。


俺はそのまま叢を進む。バールで叢を薙ぎ払いながら進むのだから物音は激しかった。隠密行動も糞もない。これでは奇襲は無理だろう。むしろ相手に奇襲を誘っているかのような振る舞いだった。


でも、奇襲をされるならばされるでそれは一向に構わなかった。むしろ探すのが省けて歓迎である。


すると叢を抜けて広場に出た。俺が出て来た対角線に大岩がひとつある。その大岩の上に誰かが腰を下ろしていた。それはバッタ型の人間。ホッパーだ。


オッパーの体格は凛々しい。肉付きも良いし筋肉質に伺える。身長も170センチはありそうだった。生意気に俺と背丈が変わらない。


そして、四本ある腕には木の槍と小さな盾を持っていた。更に左下の腕は手首のあたりから鋭利な鉤爪のギブスである。上等にも武装してやがる。だが、一匹だけだ。そのホッパーは右目に大きな傷があった。独眼なのだ。


俺は見張りが何かかなって思った。それが余裕を誘う。しかし、その余裕も直ぐに崩れ去った。大岩の後ろからゾロゾロと他のホッパーたちが列を成して姿を表したからだ。その数は20匹は居るだろう。そのすべてが木の槍や石斧で武装していた。


大岩の上の独眼ホッパーが腰掛けたまま述べる。


「何ヤラ叢ヲガサガサト五月蝿イト思エバ、髑髏ノ骸骨カ。コレハ食エナイナ」


落胆している。俺がスケルトンだと知ってガッカリしていやがる。食肉が無いのが不満なのだろう。本当に卑しい奴らのようだな。



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