第15話【討伐依頼】
俺は夜の草原の真ん中でコックランナーたちと正座で向かい合っていた。コックランナーたちは戦意がない様子で武器を捨てている。俺に対してヘコヘコと頭を低く下げているのだ。
まさかである。まさか俺の人生の中でゴキブリと膝と膝を突き合わせて向かい合う日がやってくるとは想像だにも思わなかった。
流石は異世界である。信じ難いことも起きるもんだなって思うた。
そして、コックランナーの代表が述べる。
「是非ニトモ貴方様ニハ娘ヲ助ケテ頂イタオ礼ヲシタイノデスガ」
お礼と言われても困ってしまう。お礼が欲しくて娘さんを助けたわけではないのだ。
まさかこいつら御礼に娘を嫁に貰ってくれとか言い出さないよな。それは困ってしまう。可愛らしいムチムチエロエロのお姉さんなら喜んで嫁にもらうがゴキブリ娘なんて嫁には貰えない。断固お断りである。
それを伝えようと俺は眼前で手を左右に振った。まあ、御礼なんて断っておくのが妥当だろう。
「ナント謙虚ナ御方ダ。セメテ我ガ集落デ朝マデオ過ゴシ願エマセヌカ。夜ノ草原ハ魔物モ徘徊シテオヒマス。是非ニ是非ニ我ガ村デオ休ミクダサレ。ソレガ安全デ御座イマショウゾ」
あれれ、招かれちゃったよ。マジで困ったな。これって断ったら失礼に当たるのかな。断りたいけど断りづらいよね。
俺は仕方がないと腰を浮かせた。申し出に応じて立ち上がる。するとコックランナーたちが喜びにどよめいていた。まさか自分たちの招待に応じるとは思ってもいなかったと言いたげな声だった。そして、俺の反応を見たチルチルも驚いている。信じがたいと言いたげな目で俺を見上げていた。
その時にチルチルが考えていたことは、何たる意識の高い御方だろう、我が御主人様は。コックランナー程度の下級モンスターを平等に種族として扱うとは聡明であらせられる、であった。
チルチルもコックランナーと同様に勘違いしているのだ。誤解全開である。
俺は毛布を畳むと小脇に抱えて持ち運ぶ。ここで時空の扉を開けて扉の存在をコックランナーたちには見せたくなかったからだ。時空の扉は出来るだけ秘密にしたい。
そして、バールは鞄に締まってチルチルに持たせた。警戒するチルチルは、鞄からはみ出たバールを強く握りしめている。それを見てやっぱり警戒しないといけないんだなっと俺は再確認した。どうやら俺の考え方は甘かったらしい。
「デハデハコチラニ。少シ歩イタトコロニ村ガ御座イマスカラ」
俺とチルチルはコックランナーたちに招かれるままに彼らの村に向った。やがてコックランナーの村に到着する。
コックランナーの村は昼間に過ごした貧乏そうな村よりも更に粗末な風景だった。貧しそうで腐臭も漂ってきていた。それに細い枝を組み合わせて作られた柵は腰の高さ程度しかない。その作の中に藁葺き屋根のボロテントが数軒建っていた。ボロ村と表現するよりもボロキャンプと言った景色である。
俺たちはそのボロテントのひとつに招かれた。ボロテントの中は四畳半程度の広さで狭苦しい。そこにコックランナーの親子と俺たち二人が押し詰められる。でも、なんだかその狭苦しさが長年四畳半のボロアパートで暮らしてきた俺にはしっくり来ていた。むしろ落ち着くくらいだ。
「ドウゾ我ガ家ダト思ッテクツロイデクダサレ」
俺とチルチルは用意された藁の上に腰を下ろす。その向かいにコックランナー親子も腰を下ろした。そしてしばらくすると奥さんだと思われるエプロンを締めたコックランナーが木のカップにお茶を持ってくる。
俺は木のカップを覗き込んだ。すると泥水のような液体が注がれていた。カップを横に傾けるとドロっとした揺らめきを見せる。なんだかネトネトの湯であった。ゲロっぽい。
チラリと横を見るとチルチルがお茶の中身を見て青ざめていた。たぶん飲んだら腹を壊すような類の飲み物なのだろう。まあ、俺はお茶どころか飲み物すべてが飲めないから関係ないけれどね。自分の体がスケルトンで助かったような気がする。
俺はコックランナーにジェスチャーを送った。お茶を飲むふり押したあとに喉をダラダラと飲み物が溢れるっと言ったものだった。そのジェスチャーを見てコックランナーたちは理解してくれたらしい。俺がお茶を飲めないと。
するとコックランナーが改まって頭をを下げる。土下座のように両手の四本をついて畏まっていた。
「突然ナガラ貴方様ニオ願イガ有リマシテオ招キシダ次第デ」
唐突だな。お願いとはなんだろう。
そう思った刹那であった。チルチルが抱える鞄の中が輝いたのだ。状況からしてクエストブックだろう。何かしらの新しいクエストが発生したのだと思われる。
俺はコックランナーの話を遮ると鞄の中からクエストブックを取り出して新クエストを確認した。
【クエスト003】
コックランナーの依頼を解決しろ。
成功報酬【移動能力・ゴキブリダッシュ】or【カースドファミリア・バッタメイド】どちらかを選択。
やはり新しいクエストが発生していた。しかも報酬がふたつからの選択パターンだ。
しかしゴキブリダッシュってのがなんとも言えない名前だった。生理的に受け付けない。これは昆虫系のスキルか何かだろうか。微妙である。まあ、移動能力強化のクエスト報酬だと言うのは間違いないだろう。
更にもうひとつが謎だった。カースドファミリア・バッタメイドとはなんだろう。良く分からん。
前回のチルチルを貰った際の報酬欄はファミリア・獣耳メイドだった。なのに今回はカースドファミリアとなっている。カースドってのが不吉である。だってのろいだろ。それにバッタメイドとは書いて字の如しだろう。本当にバッタのメイドなのかな……。
なんか今回の報酬はメイドは選びずらいな。内容が怖いからだ。ここは移動能力を選択するのが妥当だと思えた。
まあ、今は先にコックランナーの依頼を解決するのが先決だろう。クエスト報酬の選択に関してはあとである。
俺はクエストブックを閉じると鞄に戻した。そのあとにコックランナーの話の続きを訊いた。
コックランナー曰く――。
ここのコックランナー族は、今別の種族と縄張りを巡って揉めているらしい。その相手種族がホッパー族らしいのだ。
ホッパー族は二足歩行するバッタ型のモンスターらしい。その習性は凶暴で暴食らしいのだ。草原の草木どころか他種族の生肉すら食べてしまうほどに飢えているモンスターらしいのである。まさに肉食イナゴである。
そのホッパー族が最近この草原に移住してきて好き放題暴れているらしいのだ。故にコックランナーたちも困っているとのこと。そのホッパー族を俺に倒してもらいたいとか。
何故にそのような討伐依頼を俺なんかに頼むかと訊いてみれば、コックランナーはこう答えた。
「本日ノ昼間ノ話デス。森ノ方カラ数匹ノ犬頭族タチガ逃ゲテ来テ、怯エタ口調デ言ウノデス。森ニ悪魔ノヨウニ強イ骸骨ガ現レテ一族ヲ皆殺シニシテシマッタト。ソレガドウヤラ人間ノ村ガ雇ッタ魔法使イダト――」
ああ、なるほど。どうやら生き残っていたコボルトが居たらしい。しかもそいつらがこいつらに俺の存在に関して口を滑らせたようだ。モンスター間でも情報共有ってあるのね。勉強になったよ。
まあ、こいつら的には人間を真似たってところなのだろう。そして俺を雇いたいと。
しかし、クエストが発生しているのだから依頼は受けるのが得策だろうさ。それにただの討伐依頼だ。それならば今までと変わらない。チョロいチョロい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます