札代から ~幽霊怖し巫女の話~

イズラ

プロローグ

 布団を被り、気分が塞ぎ込む様は、悪夢に苦しめられる少女 そのものであった。

 もっとも、夢ではなく現実だが……。


「朝っぱらから……!」



 独り 呟く声は、何度も発っするに つれて憎悪が強まっていた。


「朝っぱらからッ!」



 呟き声は 叫び声に変わり、辺りに響き渡る 若く激しい声。


 明け方まで平穏に包まれていた幽玄山ゆうげんざん

 日が昇っても、山道に人け・・はなかった。

 その代わり、常時 響き渡る合唱のような虫の音。


 その轟音ごうおんを、耳に入れたくもない巫女。

 神社住まいの少女、札代絡ふだしろからである。


「うるっせんだよ蝉どもッ!」



 怒りに任せ、ドンッと手を突く。

 勢いで跳ね起きたかと思えば、そのまま長座体前屈を始める。

「いち、に、さん」と勢いをつけると、でこ・・が膝に着いた。






 山頂の神社を見上げる、いくつかの人影。


「『渋ヶ谷しぶがや神社の巫女は 大の怠け者』、か……」



「あの叫び声、とても怠惰だとは思えんがな……」



 皆が皮肉っぽい笑みを浮かべると、老爺が杖を突いて 前に進み出た。


「とにかく、時は満ちた……。これからは我々の時代じゃ……」



 欲に満ちた声に、蝉たちは自然と静まり返った。


「無知であった自分を、心底 恨むことになるだろう……」



「どうか束の間でも、平和な時を……」



 そう、平和な時を。




 ――第1章「綺羅綺羅」

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札代から ~幽霊怖し巫女の話~ イズラ @izura

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