恋愛レストラン
高峰一号店
第1話
T市の学生街に「サーラ」というオリエンタルな雰囲気のレストランがあった。経営者は溱美奈子という。「サーラ」というのは彼女の18歳になる娘の名前である。サーラの父はバングラディシュ出身の男だったが、美奈子とは婚姻関係はなく、サーラが幼い頃に、犯罪に加担して強制送還となり、その後、音沙汰がなかった。
18歳の娘がいるので、娘と同年代である客の学生たちからは「おばさん」と呼ばれるが、美奈子は若くてきれいだった。サーラは彼女が20歳そこそこのときの子だった。
「サーラ」の料理は、向井寛治という物静かな50がらみのコックが作る。寛治には離婚歴があり、現在は独身である。彼は美奈子とはいつしか男女の仲になっていた。普段はこの2人でレストランを切り盛りし、たまに、娘のサーラが手伝うこともあった。
「サーラ」は別名「恋愛レストラン」といわれることがあった。店で知り合った客同士がカップルになるということがよくあったからである。結婚したカップルも何組かあった。客の中には、この理由を、「美奈子が世話好きで、うまいこと男女をまとめるからではないか」と考える者もいた。
美奈子自身も、客の男女が相性が良さそうだと直感すると、二人の間に入ってそのように話を仕向けることはあった。一方で、美奈子はスパイスの組み合わせで、男女を引き合わせるという秘密のレシピを身につけていた。スパイスの知識はサーラの父であるバングラディシュの男から得た。彼も料理人で、スパイスの知識がひと通りではなかった。彼がいなくなった後も美奈子は独自に研究してスパイスに詳しくなっていた。美奈子が始めたレストランなので、料理のほとんどのレシピは美奈子の考案である。「サーラ」では、料理はコックの向井が作るが、客に出す前に美奈子が自分の得意のスパイスで味を調えるという決まりだった。
あるとき、美奈子は娘のサーラが、店の常連である大学生の向井翔太に思いを寄せていることに気づいた。翔太はコックの向井寛治の息子である。近くの大学に通っているので、父の働く「サーラ」によく来ていた。
美奈子は早速、秘密のスパイスでサーラと翔太を近づけようとした。しかし、何かの手違いか、翔太が恋に落ちたのは母の美奈子のほうだった。母娘だから体質が似ているので、サーラと翔太のためのスパイスが、美奈子と翔太に効力を発揮したのだった。
翔太は誠実で情熱的な男だった。美奈子は燃え上がるような若い翔太の情熱に負けた。ある夜、店に誰もいないときに美奈子を訪ねてきた翔太に肌を許してしまった。そうなると、翔太はますます燃え上がり、美奈子も、もう翔太のことを拒めなくなっていった。
サーラはすぐに母と翔太の仲に気づいた。それで、「サーラ」のコックで、翔太の父でもある向井寛治にこのことを打ち明けた。寛治は母の恋人でもあったので、彼にとっても捨てておけないことに違いなかった。美奈子と翔太がそろっていなくなり、連絡がつかなくなったときは、サーラと寛治は客のいなくなったレストランで2人きりで話し込み、そのたびにため息をついた。
美奈子が翔太のために使ったスパイスは、少量ではあるがコックである寛治の体内にも取り込まれていた。そのためか、今度はサーラと寛治が恋に落ち、結ばれてしまった。この奇妙な四角関係は、ほどなく客たちの知るところとなった。
この四角関係について、
「『サーラ』は『恋愛レストラン』と呼ばれるだけあって、こんな関係になるのも『サーラ』らしいことだな」
と感心する客もあったが、一方で
「これじゃあ、『恋愛レストラン』じゃなくて『変態レストラン』だ」
と陰口を言う者もいた。
─完─
恋愛レストラン 高峰一号店 @takamine_itigouten
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