風水家の次期当主
晴れ着もない結納金もない当然嫁入り道具だってない。
そんなないない尽くしの私は、ただ母が唯一用意してくれた櫛だけを帯の中に入れて歩いていた。
はっきり言って私の着ている着物はあまり高くない。古着屋で買った着物は、通年着られる蝶柄の着物。髪型だって、団子にぽんとまとめただけで流行り髪ですらない。せめてもの抵抗として、一生懸命顔を洗って歯を磨いて向かっているけれど、これだと新しい女中奉公に来た女くらいな対応をされる気がする。
そうこう気を揉んでいる間に、見えてきた。
鎮目家は大きな屋敷だった。元々風水師は陰陽師から派生された職とされている。土地の龍脈を読み、星を読み、過去や未来を占う。その家は最近流行りの洋風な華族邸ではなく、ごくごく和風の家だった。武家屋敷に近い。
私は門番にそろそろと会いに行く。当然ながら女中奉公に来たようにしか見えない私は怪訝な顔を向けられた。
「なにか?」
「あ、あのう……私、中村いろりと申します。嫁入りを打診されまして……」
口をごにょごにょされた途端に、その門番さんは驚いたように声を上げた。
「お嫁様が参りました……!」
途端に人がぞろぞろ出てきたと思ったら、そのまま私は奥へと通される。
中は外観と裏腹に洋風になっている。働いている奉公人さんたちも洋装と和装が入り乱れている。
女中さんたちはあまりにも自然に私の一応の一張羅を脱がせると、襦袢姿の私に化粧を施した。美容液にいい匂いのする油。おしろいをぽんぽんはたいてきたと思ったら、綺麗な貝紅で紅を差してきた。頬紅もぽんぽんと塗られると、普通な顔もひと際華やいでくる。
そこに白無垢と角隠しを着せてくるので、私はただただ唖然とした。
「あ、あのう……?」
「もう駄目かと思っていましたから。どうぞこちらへ」
「はい?」
どうも皆、泣いているのだ。
そもそも。鎮目家の結婚打診を断るような人がそうそういるとは思えない。ただの女中だった私すら知っているような風水師の名門家なのだから、そこに嫁いだら一生安泰左うちわのはずなのに。
それが破談され続けるって……性格に問題があり過ぎるとか?
私はいったいどんな人と結婚されそうになっているんだろう。
ただ。私の場合、結納金も花嫁道具もなしで嫁いでもいいなんてところ、もう絶対ここしかないだろうから、どんな人であったとしても嫁ぐしかないのだ。
もしあまりに横暴が過ぎて追い出されそうになったら、女中になってでもしがみつくしかない。
そう決意し、出かけた先で。
紋付き袴を穿いている人が目に留まった。その人は柳のような優男だった。
私を目に留めた途端に、顔をほころばせた。笑うと春風のようだ。
「こんにちはお嫁さん」
「は、はあ……ご機嫌よう?」
あまりに場違いな会話だった。
いわゆる夫婦初顔合わせ。どんな会話をするのが妥当か、私には検討が付かなかった。
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