第20話 大商人のおもてなし


「おーい、ラハテさんたち! 待たせてすまねぇな!」


 祭りが始まってしばらくすると、開会の挨拶をしていたドーグルさんが俺たちの元へとやって来る。


「ん? おチビちゃんよ。ラハテさん、そっぽ向いちまってるが、どうしたんだ?」

「なんかあるじはいろいろと悩み多き年頃らしい」

「いや、どう考えてもそんな年は過ぎてんだろ」


 ドーグルさんが微妙に刺さるツッコミを入れる傍ら、俺は自分の像が立てられた恥ずかしさのあまり遠くを眺めていた。


 ずっとそうしていても仕方がないので、自分の顔をパチンと叩いて切り替えようとする。


「さて、そんじゃ約束通りラハテさんたちにメシを奢らせてもらうとしよう。オレのお勧めの店があるんだが、そこで良いかな?」

「あ、ありがとうございます。初めて来た街なのでお願いできればと」

「よしよし。それじゃ、付いてきてくれい」


 そうして俺たちはラハテさんに連れられ、大広場から小路へと入っていく。

 小粋な感じの料理屋らしき建物が並び、広場の喧騒からも徐々に遠ざかっていった。


「ねえねえ熊のおっちゃん。そのお店ってたくさん食べられる?」

「ああ。今日は助けてもらったお礼だからな。いくらでも食べてもらって構わねえぜ」

「いくらでも……!」


 メロは目を輝かせてブンブンと尻尾を振っている。

 どれだけ食べる気なんだろうか。


 ドーグルさん、後で驚かなきゃいいが……。


(そういえばどんな感じのお店なんだろうか。大商会の長ってくらいだし、やっぱり水神亭みたいに豪華な場所なのかな。別にそういう場所に案内してくれってわけじゃないけど)


 そんなことを考えながら歩いていると、ドーグルさんは大衆的な感じの料理屋の前で足を止める。

 どうやらここがドーグルさんのお勧めらしい。


 予想とは違うタイプのお店だったが、店内は不思議と落ち着いた雰囲気が漂っていた。


「おっす、女将さん。邪魔するぜ」

「おや? ドーグルじゃないか。いつ戻ってきたんだい?」


 中に入ると恰幅かっぷくの良い女性の店主が出迎えてくれた。

 やり取りからして、ドーグルさんのいきつけの料理屋なのだろう。


「っと、今日はお連れさんもいるのかい」

「こんばんは。お世話になります」

「おばちゃん、よろしく。ご飯たくさん食べれるって聞いてきたー」

「あらまぁ、こんな可愛らしい獣人の子がいるなんて。よしきた! 腕にヨリをかけて作ってあげるからね!」


 そう言って女将さんは袖を捲り上げた。

 気さくな感じでドーグルさんと合いそうな人だなと、そんなことを考える。


「女将さん、上、使って良いかね?」

「はいはい。というかアンタ、いっつもそこでしか食べてないじゃないか。勝手に上がってていいよ。メニューはお任せでいいね?」

「ああ。女将さんの作るメシなら何でもご馳走さ」


 女将さんと言葉を交わしたドーグルさんは、奥の方にある階段を登っていく。

 俺とメロもそれに続くと、見晴らしの良いテラス席へと案内された。


「おぉ……。これはいい場所ですね」

「だろ? ここはオレのお気に入りの場所なんだ。さ、座った座った」


 椅子に腰掛けると、潮気混じりの夜風が吹いていた。

 ガザドの街並みと、先程までいた大広場が見渡せる。


 遠くから聞こえてくる祭りの喧騒も落ち着いた雰囲気と合っていた。


 時間がゆっくりと流れるように感じられ、どこか心地いい。

 ドーグルさんがいきつけにするのも分かる気がするなと、景色を見ながら考えていた。


「意外だろう? 大商会の長がこういう店で飲み食いしに来てるなんて」

「ほんとそれ。お金持ちはムチムチのお姉さんがいっぱいいるお店に行くってあるじが言ってた」

「メロ……」


 メロが中途半端な知識でとんでもないことを言い始めて、俺は思い切り嘆息する。


「フハハ! たしかにそういうのが好きな連中もいるがな。オレはこの店の方が好きだね。何より、こっからの景色が最高だしな」


 ドーグルさんは豪快に笑ってガザドの街並みに視線を向ける。


「さっきも話した通り、オレは行商上がりでな。気づいたら店を構えられるようになってて、気づいたらそれがデカい商会なっていた。今じゃ部下もたくさんいる」

「……」

「それでも、金が無かった時からこの店には通っててな。こんな店だけどオレにとってはお気に入りの場所ってわけだ」


「はいはい。こんな店で悪かったね!」

「うぉっ!?」


 いつの間にか飲み物をトレイに乗せた女将さんが現れ、麦酒エールの入った酒器をドーグルさんの目の前にドカッと置いていた。


 その後で俺の前にはドーグルさんと同じ麦酒エールが、メロの前にはジュースが置かれる。


「まったく。……ただまあ、嬉しいもんだけどね。昔は鼻垂れ坊主だった行商人が、こうして立派になった今も来てくれるってのは」


 女将さんはそう言って柔らかく笑うと、また階下に降りていった。


「はは……。良い人ですね、女将さん」

「怒らせるとあんな感じでおっかねえがな。と、さっそく乾杯といくか」


 そうして俺とメロ、ドーグルさんは手にした杯を合わせる。


 旅の疲れからか、いつもより麦酒エールが染みる感じがした。


「かぁーっ! やっぱり仕事終わりの一杯はたまんねえな!」


 ドーグルさんは酒器の中身を一気に飲み干し、声を漏らす。

 何とも豪快な飲みっぷりだ。


 それから少しして料理が運ばれてくると、メロが待ってましたと言わんばかりに手をつけていく。

 こちらも豪快な食いっぷりである。


「いやぁ、ホントに今日はありがとな、ラハテさん。アンタがいなきゃあの谷を超えられなかったし、こうして祭りの開催にも間に合わなかった。恩に着るよ」

「いえ、お役に立てたのなら何よりですよ。それに、こうしてお食事をご馳走になっているわけですし」

「にしても、ラハテさんの剣の腕前には惚れ惚れしたぜ。始め見た時は普通のおっさんだと思ってたんだがなぁ」

「はは……。よく言われます」


「熊のおっひゃん、おひゃわりいーひ?」

「ハッハッハ、おチビちゃん喰うなぁ! いいぞいいぞ。どんどん喰いな」


 メロが料理を頬張りながら話しかけてきて、ドーグルさんがそれに応じる。


 そんな賑やかな時間が流れて、少し経っただろうか。


「そういえばラハテさんよ」


 10杯目の麦酒エールを空けたドーグルさんがそう切り出してきた。


「アンタの剣の腕を見込んで一つお願いがあるんだが」

「お願い、ですか?」

「ちょっと手強い魔物がいてな。ソイツを倒してほしいんだ」

「魔物?」

「ああ。商会の仕事に支障が出てる感じでね。というか、オレたちのところだけじゃなく、街の奴らも困ってる感じなんだが……」

「なるほど。俺に務まるものでしたら、ぜひ協力させていただきますが」

「そいつは助かる。もちろんタダとは言わねえからな。報酬はこれでどうだい?」


 言って、ドーグルさんは麻袋をテーブルの上に置く。


 開いた口の隙間から見ると、その中には金貨がぎっしりと詰まっていた。


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