引退勇者の異世界観光スローライフ~ラスボス倒して暇になったのでクリア後の異世界を満喫しようと思います。各地を旅してたら世界を救った勇者だと身バレして大騒ぎに。俺はのんびり観光がしたいだけなのに!

天池のぞむ@6作品商業化

第1話 引退勇者は異世界観光を始める


「これで終わりだな、魔王」


 俺は魔王の体に突き刺した勇者の剣に力を込めながら呟く。


 この世界に勇者として転生して早十年。


 旅の中で魔王に虐げられてきた人々との出会いが脳裏によぎる。


 みんなのために戦ってきた。

 みんなのために自分を殺して魔王討伐を目指してきた。


 ようやく……。ようやく悲願成就の時を迎えていた。


「勇者リヒトめ。なぜだ……。なぜ我の猛毒魔法や石化魔法が効かん……」

「悪いな。俺はそういうのに『耐性』があるんだ。この世界に来た時の特典ってやつで」

「馬鹿な……。グッ……。グガァアアアアア……!!!」


 断末魔の声が古城の中に響き、魔王の体は塵と化し消えていく。


 俺は勇者の剣を一振りして鞘に収めると、一つ大きく息をついた。


「長かった……」


 魔物の軍勢を率いて村々を荒らし、人々の生活を脅かすばかりか命すら奪ってきた魔王。


 遂にその脅威を討ち倒す大目標を完遂できたのだと実感する。


「これで、俺の旅も終わっちゃったな……」


 独り呟く。

 意外にも、達成感より虚無感や喪失感の方が強かった。


「それはそうかもな……」


 また呟き苦笑する。


 転生してからの人生、俺は全てを捧げてきた。

 観光? 食事?

 そんなものを楽しむ余裕なんてなかった。


 それよりも優先しなければならないことがあったから……。


 自己鍛錬と魔王がけしかけてくる魔物の軍勢と戦う日々。

 そして魔王城への旅路を急ぐことだけで精一杯だった。


 無論、この世界の人たちのためになったのなら良かった。


 けど、俺自身は?

 魔王を倒すことを目的としてきて、それを果たしてしまった俺は?


「今後、何を目的に生きていけばいいんだろうな……」


 ふと自分自身の手を見やる。

 転生した当初よりもゴツゴツとしてシワの増えた手に、嫌でも月日を実感させられる。


 異世界に来た当初は正直ワクワクしていた。

 これが異世界転生、いや、転移というやつかと。


 ゲームやアニメで見てきたようなファンタジー世界を旅して回れるのだと。


 しかし現実はどうだ?

 この世界に来た当初の高揚感なんてものはとっくにどこかへ行って、魔王軍との戦いに奔走して……。


 すでに三十歳も超えた。

 国王から土地をもらい隠居するのもいいかもしれない。


 でも……。


 本当にそれでいいのだろうか?

 残りの人生をそんなもので費やしていいのだろうか?


 そうして魔王を倒した俺は、そんなモヤモヤを抱えたまま来た道を戻ろうとするのだった。


   ***


「勇者様のお帰りだぁあああああああ!」


 魔王の居城から一番近くにある人間の街。

 俺がそこに戻ると大歓迎が待っていた。


 みんな笑顔だ。

 俺が無事戻ってきたってことは、魔王を倒したことを意味するからだ。


「ありがとう、勇者様!」

「リヒト様、魔王を倒してくれて本当にありがとうございます!」

「これで……。これでこの世界に平和が訪れます。リヒト様のおかげです」


 みんなから感謝される。

 それは凄く嬉しい。

 この時のために俺は頑張ってきた。


 俺の周りに集まってくる街の人々の喜びように、俺も自然と笑顔になる。


 しかし、どうしても先程のモヤモヤは晴れなかった。

 みんなは未来に希望を持っているのに、俺だけ取り残されてる感じすらしてくる。


 そして夜がふけるまで称賛の声をかけてくれる人たちと言葉を交わし、案内された高級宿のベッドに寝転がり、そして──。


「よしっ、決めた!」


 宿のベッドでバッと起き上がって俺は叫んだ。

 充てがってくれたのが高級宿なだけあって、声は周りに響いていない。


「せっかく異世界に来たんだ。異世界を全力で楽しもうじゃないか!」


 そうさ。

 そうさそうさ。


 今こそ異世界に来た時のワクワク感を思い出せ。


 ファンタジーの世界なんてそうそう来られるものじゃない。


 美味しいご飯もあるだろう。

 見たことない景色だっていくつもあるだろう。


 ずっと魔王を倒すことに固執して、それらをないがしろにしてきた。

 でも、今こそ。


 ――思い返せば、前世も含めて人に言われて何かをしてきた。

 ――親に言われて受験をして、ブラック企業に入ったら馬車馬のように働いて。

 ――異世界でも国王たちから魔王を倒せと言われたから十年かけて倒した。


「でも、もう十分やったはずだ。これからは自分で選んで生きる。俺が楽しむため、自分自身の人生を謳歌するために生きる。俺の人生だ。それでいいじゃないか」


 俺はそう決意し、勇者であることを隠して旅をすることに決めた。


 自分のために生きると決めた今、もう勇者という肩書きは不要だ。


 みんなが俺を勇者だと認定するのには、この勇者の剣と白銀の鎧が必要だ。

 これさえなければ俺は「ただのおっさん」となる。


 別に剣や鎧を手放したところで俺の能力が下がるわけでもないしな。


 援助してくれた各地の領主や権力者たちに魔王討伐完遂の報告と感謝の手紙をしたため、俺は一つ息をつく。


「さて、これで勇者は引退だな」


 魔王討伐の旅をしてきて、俺は本当に色んな人たちに支えてもらった。

 旅をしていればその人たちに直接感謝の気持ちを伝えて回ることもできるだろう。


 そういう意味でも、この旅には意味があるのだと前向きになれた。


 俺はそろりと宿を抜け出し、朝の太陽に染められた町並みを眺める。

 街のみんなは騒ぎすぎて深い眠りについているみたいだ。


 勇者の剣、白銀の鎧の代わりに、大きめのバッグと護身用の普通の剣に、野営用の簡易テント、魔導ランタン。

 そして異世界各地の地名が記された地図を持って――。


 俺は久方ぶりに湧いてきた高揚感を抱えながら街を出る。


「いい天気だな。絶好の旅立ち日和だ。……ん?」


 街近くの草原を歩いていると、何かの気配を感じた。


 ――俺が振り返ると、そこには巨大な白狼がいた。


 俺の視線に気付くと、その狼は猛ダッシュで駆け寄ってくる。


 そして――。


「あるじー!!!」

「お前、またついてきたのかぁあああああああああ!」


 思いっきり突撃され、顔中をベロンベロンと舐め回される。


 こうして俺の新しい人生が始まるのだった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る