【完結】紡ぐモノ

黒幸

壱 解体された空き家で見つかった日記

 光波牧師氏は、出版社に姿を見せたのを最後にその消息を絶った。


 夏の暑い盛りにも関わらず、分厚い生地のロングコートを着込み、マスクの上にさらに何重にも大判のタオルを巻いていた。

 優に二メートルはあろうかという身長の高さは言うまでもなく、日本人では珍しい明るい虹彩金色の瞳を持っていた。

 光波牧師氏は高い教育を受けたと思われる素養を身に着けた礼儀正しい若者といった印象が強い青年だった。


 かねてより光波牧師のハンドルネームで寄稿していた人物が、郵送ではなく直接、手渡したい原稿があると出版社に姿を現したのはいつにも増して、気温の高い日だった。

 肌が焼けるような錯覚を起こしかねない灼熱の太陽に見守らながら、約束の時間に現れたのが大柄な背格好の奇妙ないでたちをした青年である。

 その男こそ光波牧師氏だった。


 光波牧師氏は原稿をとある廃屋で見つけた日記であると主張した。

 山間部にある寂れた小さな町で今にも崩れ落ちそうな空き家を解体していたところ、偶然見つけたのだと氏は説明した。

 見たところ、ただの薄汚れた大学ノートのように見えた。

 やや丸みを帯びた字体で『二江望にえ のぞみ』と丁寧に名前が書き記されており、文字を描くインクの色が何とも言えない錆びついた黒としか表現しようがなく、目を引いた。

 原稿の内容は光波牧師氏が主張する通り、二江望の日記だった。

 憐憫を誘う現実味を帯びながらも信じ難い内容が書き連ねてあった。


 光波牧師氏は信の置ける編集者に日記を託したいと朴訥とした様子で伝えると出版社を立ち去った。

 残されたのは『二江望の日記』だけであり、それ以来、光波牧師氏の行方は杳として知れない。


 光波牧師氏の意思を鑑み、ここにその原稿を注釈をつけずに掲載する。

 これを記した二江望は狂っていたのか?

 それとも異なる推論に辿り着くのか?

 読者の判断に任せたい。

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