好吃

夜渦

好吃

   好吃



 二人分の言葉が重なる。

「こいつはどうなってもいいから俺を助けろ」

「ふーちゃんはどうでもいいから俺は助けて」

「……」

 寧六ニンリウは無言で眼前の男たちをねめつけた。片方は黒髪を丁寧になでつけた眼鏡の男。もう一人は長い赤毛を三つ編みにした男。どちらも優面でそう年齢はいっていない。後ろ手に縄をかけられ、素焼きタイルの床に転がされている。周囲を殺気だった部下たちが取り囲んでいるというのに、動じた様子がないのが気に食わなかった。右のまぶたが痙攣したようにひくついているのを知覚する。

 男は安永幇アンヨンパンの束ねだった。墨州ぼくしゅう扇州せんしゅう出身のものたちの互助組織をまとめ、同時にこの街の夜の顔である鴻幇ホンパンの忠実な配下でもある。その肩書きが意味するところを知らないわけはないのに。

「助けると思ってんのか」

 すると一応念のため、と一言一句違えずに声が重なる。まるで示し合わせたように。

「舐めてんじゃねェぞ」

 地を這うような声が怒気をはらんで震えた。部下たちがわずか身をすくませたのがわかる。大声を出さずとも彼を怒らせるというのがどういうことか、よく理解しているらしい。当たり前だ。自分は人の怯えとおそれを支配することでこの地位を得たのだから。にもかかわらず。

「舐めるだけじゃなくて一口は欲しい」

「そういう意味じゃねえだろ馬鹿」

 二人とも平然と口をきく。眼前にありながら寧六をおそれず、その命の行方が男の胸先三寸だという自覚もないらしい。それがどうにも腹立たしい。男が振り返ることなく右手を差し出せば、部下がすかさずその手に拳銃を滑り込ませた。異人が持ち込んだ最新式だ。それをことさらに誇示してみせる。

阿芙蓉あふようをどうした」

 再三尋ねたことをもう一度聞く。暴力を持ち出して見せてなお二人の青年に動揺はなく、そして言葉は要領を得ない。

「何度聞かれても同じだ。こいつが食った」

「おいしくなかった」

「んなわけがあるか!」

 思わず声を荒げた。びりびりと空気が震える。

「あの量を食って生きているはずがねえだろうが。どこに流したって聞いてんだ」

 阿芙蓉だ。煙草の代わりに流行り始めた新手の嗜好品で、煙管キセルに詰めて喫煙するものだ。到底食べ物ではなく、仮に口にすれば中毒を起こして死ぬ。

「だとよ」

 黒髪が投げやりにつぶやくのへ赤毛が脳天気な声を上げる。

「えー……やっぱ一口残しておいた方がよかった?」

「そもそも食うんじゃねえよこの羊野郎。俺が大損こいてるじゃねえか」

 これでは店が開けない、とあくまで自分の立場がわかっていないらしい。苛立ち紛れに声を上げる。

「ならあれか? ジャオの野郎が持ち逃げしたってことか? ァあ?」

 がつ、と赤毛の口に銃口をねじ込みながら寧六は黒髪をにらみつけた。あぐ、と赤毛がうめいたが知ったことではない。何ならこのまま引き金を引いてやってもいい。運河に浮かべば考えも変わるだろう。優位に立っているのは寧六のはずなのにどこか焦燥を抱かずにはいられない。やれやれといった様子で男はため息をついた。

「安永幇の頭目さん。あいにく俺もそいつも嘘は言っちゃいない。ついでにその鷦とやらも知らない。軒先に置きざられた荷物をこいつが食っちまった、それ以上の情報は出せねえよ」

 進展しない会話の運びに苛立つ寧六を制して、明星ミンシンが声を上げる。腹心の部下だった。

饕餮とうてつの眼の方はどうだ? あれも食っちまったのか?」

「あ? 饕餮の眼? 何だそりゃ」

 初めて聞く単語に眼鏡の奥で赤みを帯びた瞳がすがめられる。

「鷦が持ち逃げした辟邪の宝玉だ。場合によっちゃ阿芙蓉よりよほど高く売れる」

「饕餮の眼、ねえ」

 男はちらとかたわらの赤毛を見やった。あぐあぐと口中にねじ込まれた銃身と格闘している。その横顔には恐怖も怯えも、ついでに緊張感もない。

「あいにくうちの在庫にはねえな。どうしても欲しいってならそいつの目玉でもくりぬいたらどうだ?」

「いらん」

 明星がため息をついて、まぁいいと言った。

「饕餮の眼、探してこい。お前なら何かつてがあるだろ」

 それで許してやる、と言いながら明星が寧六を見る。男はうなずいた。こういう話は明星に任せる方が早いと長年の付き合いで理解している。

「それはずいぶんと寛大なことで。饕餮などと、迷信を信じていらっしゃるとは」

 どこか小馬鹿にした調子をあらわにする男に寧六は吐き捨てた。

「お前が言うのかよ。この──ゲテモノ屋が」



   好吃



 海望ハイワンは東に向けて開けた港湾都市だ。東北から南西に渡る運河はおびただしい数の船が往来し、その両岸には異国風の街並みが広がる。五十年前に異人に向けて開かれ、北側に居留地が設けられた。それが時を経て南へと拡大し、いつしか旧来の街とぶつかってその利を干渉し始めている。のみならず、居留地の異人たちは分け与えられた土地を自らのものと主張し、独自の執政府を立ち上げて事実上の独立を半ば実現させてしまった。今、この街は北と南で大きく様相を異にする。異人の屋敷立ち並ぶ北側の租界と、昔ながらの甍屋根いらかやね連なる南の文人街だ。一つの街に二つの国があるも同然の海望はあらゆるものがひしめき合い、昼も夜も眠らず動く。

 文人街の目抜き通り、海南路ハイナンルーを大股に歩みながら虎生フーシャンはぶつぶつと不平をこぼす。

「誰がゲテモノ屋だ。うちは骨董商だっつの」

 姿勢が良い青年だ。ぴしりと伸びた背筋は上体を揺らすことなく、すっすっと歩いて行く。それなりに仕立てのいい長袍チャンパオに身を包み、当世風に短く切った髪をきれいになでつけていた。神経質そうな横顔と不健康に白い肌。眼鏡の向こうの奥のまなざしは赤みを帯びて、今はただ怒りに燃えている。

「ふーちゃん俺のこと普通に売ろうとするなんてひどい〜」

 子どものような物言いが降ってくる。

「おめーもだろうが!」

 人のことが言えた義理かと傍らを見上げれば、悪びれることのない顔がぶうたれていた。虎生よりも少しだけ背が高いが、背中を丸めて歩くせいで大して目線は変わらない。日に焼けて赤くなった髪を弁髪にしているが、顔回りの髪を剃っていないせいでずいぶん幼く見える。膝の裏まである三つ編みをぐるぐると首にかけて、長袍にはしわが目立つ。

「なんで阿芙蓉あふようなんか食ったんだこの羊野郎。わけわかんねえことになっちまったじゃねえか」

「だってお腹空いてたんだもん。お店のものじゃなかったんだからいいでしょー?」

「よくねえからこうなってんだよ。最悪お前の目くりぬいて渡すからな」

 感情のままに青年を張っ倒しかけてかろうじて思いとどまり、代わりに深いため息をついた。

「えーひどい」

 間延びした声でもって答えながら、袖の中に手を収めてひょいひょいと地に足がついていないように歩く。ガキか、とどれほど虎生に言われようと改めることのない青年は通り名を悪食ウーシーといった。

「饕餮の眼を持ってこい、とか伝奇小説じゃねえんだぞ」

 事の発端は朝方、虎生の店の前に放置された小さな荷物だった。文人街の西側、県城に続く昔ながらの素封家の屋敷が建ち並ぶ一角。虎生の店は構えは大きくはないが奥が広く、長く居を構えるだけあって店内には骨董品が所狭しと並ぶ。嘯風堂しょうふうどう、と扁額に記された店は界隈ではそれなりに名が知れていた。その軒先、開店の支度をしようと開きかけた引き戸の前にそれは置かれていた。丁寧に布でくるまれた合子ごうし。青磁でできたその蓋を開けば、甘い匂いをかすか漂わせる黒い塊が入っていた。ぱっと見には泥のように見えるが、そうでないと虎生は知っている。思わず眉根を寄せる。

 ──阿芙蓉。

 この街ではそう呼ばれる。それはある花の果実。その果実に傷を付け、滲んだ樹液を集めて乾燥させたもの。煙管に詰めて吸えば、全身が弛緩するような開放感と多幸感を得られる。

 ふん、と虎生は鼻を鳴らした。

「面倒ごとの気配しかしねえ」

 それでも店先に放置するわけにはいかず、とりあえず持って入ったまではよかった。

小虎你好嗎ふーちゃんげんきー?」

 元気な挨拶とともに人の形をした食欲が突っ込んできたのが運の尽きだったのだ。奥で開店の支度をしていた虎生は悪食が何をごそごそとしているのか気がつかなかった。気がついたのはどやどやと荒くれた雰囲気の男たちが押し入ってきてからだ。

「ふーちゃんたすけて」

 もぐもぐと口を動かす悪食と空っぽの合子。そうして殺気だったやくざ者の群れ。思わず虎生は天を仰いだ。

「……最悪だ」

 それが朝一番のできごと。

 今この瞬間に至るまでを思い起こして、虎生は思わず額に手をやる。とりあえず饕餮の眼だか何だかを探すと約束をして解放してはくれたが、このまま遁走を決め込むわけにもいかない。

 どこかの素封家が飼っているらしい金糸雀カナリアのさえずりが聞こえてきて、かえって神経が逆立つようだった。

「あーあー、面倒くせえ。今日店開けられなかったらおめーのせいだからな」

「ふーちゃんいつも俺のせいにする〜……」

「お前が食わなきゃお探しの阿芙蓉はこちらですねとか言ってハイサヨウナラで終わりだったんだっつの」

 残念ながら合子の中身は悪食の腹の中に消えていて、あれよあれよという間に捕まって連行された先が寧六の事務所だったというわけだ。自分に一切の非はないと虎生が吐き捨てるのへ、悪食がふとつぶやいた。

「でもさぁ、あの阿芙蓉変だったよ。師魚しぎょの肉入ってた」

 青年の視線は振り売りの魚屋を見ている。

「……師魚?」

 日常あまり使わない単語に虎生がきゅっと眉根を寄せて考え込む。そして思い当たった。

「あれか。食うと人殺すってやつか。北山ほくざんのどっかの川でとれるやつ」

 具体的な地名までは思い出せないが、過去に仕入れた記憶がある。 

「うん。ちょこっとだけど」

「なんつうもん混ぜてんだ。吸ったやつが人殺すぞ」

 男は呆れきった声をこぼす。

「だから、俺が食べなくても面倒ごとにはなってたと思うよ」

「自分を正当化するんじゃねえ」

 舌打ちをしながら、けれどそれは的を射ているのだろうとも思った。

 師魚の肉を食ったものは人を殺す。そう定められる。それは人の意思であらがえるようなものではない。医薬よりは呪術に属し、到底一般には流通しないような代物だ。そんなものがからんでいるのであれば、饕餮の眼だなんてものが出てくるのも合点がいく。

「しかし師魚なんて珍品どうやって手に──」

 その瞬間、思い出した。

「ふーちゃん?」

 思わず立ち止まった男の顔を青年がのぞきこむ。またたいた双眸がきらりと光ってひととき金色に見えた。ふとその色に引かれるように視線を合わせて、男はため息をつく。

「半年前に売ったわ。いや、でも相手はあいつらじゃなかったはずだぞ……?」

 何度も己の記憶をたぐり寄せながら虎生がつぶやく。それを悪食はおとなしく見守っていた。そうして。

「おい、店に戻るぞ。顧客名簿の確認をする」

「えー俺お腹空いた」

「阿芙蓉食ったんだろうが」

「お腹いっぱいになるわけないじゃん!」

 もっと腹が膨れるものがいいとわめく青年を半ば引きずるように、虎生は足早に文人街を歩いて行った。




 異国の鳥の声がする。庭を渡る風は涼やかで、薄曇りの日差しをやわらげるような風情だ。奇岩を配し、川から水を引き込んで広大な池となし、計算され尽くした植栽が美しい風景をつむぎ出していた。孔雀や鶴や、名も知らぬ美しい羽の鳥が当たり前に闊歩するさまはここが地上であることを忘れさせる。

 チャン家は名家だった。代々輩出した進士を中央官僚として送り込んでは地元にその利を還元し、富と名声を蓄えてきた。県城の城壁の内側、選ばれたものだけが居住を許された街区の東側。そこでひときわ大きな屋敷がその来歴を物語っている。

 相変わらずとんでもない家だと思いながら、虎生フーシャンは庭を巡る回廊を歩んだ。先導する男は上等のお仕着せをまとい、言葉も丁寧だ。よく行き届いた使用人と美しい庭はきっと張家の矜持なのだろう。

「こちらにてお待ちくださいませ」

 客庁きゃくまに通され、虎生はひとつ息を吐き出した。庭を愛でるための房室へやなのだろう。すっきりと開け放たれた窓の向こうに仙境のごとき山水が広がり、風が頬を撫でては過ぎていく。華美でなくまとめられた室内は上品な風情で、ひそやかに焚かれた香がふわりと芳香を漂わせていた。さりげなく並べられた三彩の壺も精緻な彫刻の椅子も見事な墨絵の衝立もあたいを計ることができぬほどの名品だと否応なく理解して、男はため息をつく。

「一個くすねてやろうか」

 虎生一人を残す不用心さに不穏な言葉が口をつく。そして壁に飾られた軸に興味を引かれて視線を上げた。前回の商談で訪れたときにはなかったはずだ。四幅で一揃いのそれは写実的な筆致で、いずれも猛々しい獣を描いている。

「四凶、か……?」

 まじまじと眺めた。

 四凶はその名の通り悪徳を尊ぶ悪神の類いだ。太古の昔に舜帝しゅんていが四方の辺境に封じることで魑魅への守りとなした、という伝承もあるから魔除けの軸の一種なのだろう。とはいえ、軸の題材としては珍しい。

 郷愁めいた感情のままに虎生は獣を数え上げる。

渾敦こんとん

 徒党を組んで悪事をなし、頑迷なる毛の長い黒犬。

檮杌とうこつ

 忠信に背き、その傲りゆえに天下を乱す長い牙の虎。

窮奇きゅうき

 事実無根を言い立て正しきものを食らう翼ある虎。

 ふっと虎生は笑った。そうして、四幅目。

饕餮とうてつ

 すべてを貪り食って満ち足りるを知らず、人に分けず人を憂えぬ獣。それは羊の姿を模しているようだったが、幾何学紋様が全身を覆い尽くしている。あまり見ない造形だった。

「お前の眼がいるんだとよ。どこに落としたんだお前」

 誰にともなくつぶやくが、いらえはない。

「お待たせした」

 声がして、虎生は意識を戻した。振り返りながら袖の中で握った拳に反対の手を重ね、拱手の礼をとる。

「無作法をお許しください。お庭の風情に見入っておりました」

 膝をついて頭を垂れ、名を口にする。

「ご無沙汰しております、張大人チャンターレン。嘯風堂の虎生でございます」

「ああ、覚えているとも。あんな無理難題をこなしてくれたのだから」

「光栄に存じます」

 鷹揚に笑うのは張家の当主で名を文煕ウェンイーという。恰幅のいい壮年の男で、実年齢よりも若く見える。青々と剃られた弁髪に絹地の帽子をかぶり、同じく絹地の長衫は光沢が艶やかだ。ただの部屋着であろうに細やかな刺繍がびっしりと施されている。

「庭が気に入ったかね」

 言いながら虎生に椅子を勧め、自らも腰を下ろす。

「気に入るなどとはおこがましい。ただ崑崙こんろんのごとき庭、と称えられる張家の庭に息をのむばかりでございます」

「崑崙とはそれこそ不遜というものだ。まぁ、自慢の庭ではあるがね」

 仙界の山にたとえられて悪い気はしないらしい。文煕は空気を震わせて笑った。

「いっそ虎をお放ちになればよろしいのに。開明獣かいめいじゅうの守る庭はまさに崑崙でしょう。といって陸吾りくごはやかましいばかりでおすすめ致しかねますが」

 ふっと虎生が笑った。その笑みがどこか不思議な心地がして、文煕はわずか首をかしげる。だがその違和感に深入りするほど私的な仲でもなければ親しいわけでもない。

「君はずいぶんと神域のことに詳しいな。いや、そうでなくばあんなものを用意できるはずもあるまいか」

「恐縮です」

 するすると神獣の名を口にする虎生に感嘆して、けれど同時に納得したらしい。嘯風堂はそちらに片足を突っ込んだ珍品をも扱う、と文煕自身よく知っているはずだ。虎生は少しだけ踏み込むことにした。視線を壁へと向ける。四幅の獣の絵。

「四凶の軸とはまた趣のあるものをお持ちで」

 その言葉に文煕も面を上げ、うなずいた。

「ああ、君はさすがだ。わかるかね」

「ええ。渾敦、檮杌、窮奇。そして──饕餮」

 黒い犬から二枚の虎を順繰りに指さし、そうして最後。渦を巻くような幾何学紋様に覆われた羊を指さす。

「饕餮の造形が、少し珍しいですね」

「その通り。それが気に入って掛けているのだよ」

 文煕のくちびるがゆるやかに笑みを引いた。普通、饕餮は大きく顎門あぎとを開いた獣の姿で描かれる。その姿は様々で渦を巻く模様そのものが饕餮と見なされることもあり、あまり輪郭を正確になぞるものは例がなかった。

「悪徳を好まれますか」

「まさか。すべて悪しき獣だ。だが悪徳のものたちをいにしえの舜帝は辺境に封ずることで守りとなしたという。これは我らもそうあらねばという戒めのようなものだ」

 男が笑った。その何かを含む笑い方に応じるように虎生はまなじりを下げる。文煕が何を含もうとしているのか理解していた。

「なるほど四凶と四老スーラオ。言い得て妙ですな」

 すっと張家の当主は眼を細めた。

 この街の租界と旧界の衝突の中で的確に利を得、勢力を伸張したものたちが多くいた。時流の中で新しい街の新しい体制や技術を受け入れ、異人たちとも対等に渡り合っている。その中でも港湾労働者の組合、銀行、商工会議所、そして夜の世界をとりまとめるやくざ者の束ね、鴻幇ホンパン。いつしか彼らをまとめて四老と呼ぶようになっていた。いずれもこの街において無視できぬ存在で、饕餮の眼を要求している安永幇も鴻幇の傘下にある。

「彼らを的確に使うことで異人に抗しよう、と?」

 探るように問いかければ男はゆるりと首を振った。

「はは、めったなことを言うものじゃない。私は一官僚に過ぎん。そんな大それたことは思っておらんよ」

 だが口ではそう口にしながら、文煕は言いたいことをずいぶんと抱えているようだった。

 ──まぁ、そりゃそうか。

 張家は百年単位でこの街に根を下ろした家門だ。誰よりもこの街への執着を抱えていることだろう。にも関わらず、海望は異国へ港を開いてしまった。そうしてあれよあれよという間に異人たちが入り込んで街を作り、海望の土地を切り離しては己の利益に変えようとしている。何一つ納得するところなどあるはずもない。

「……異人はこの街を食い潰す。いずれ何とかはせねばならん」

 沈痛な声だった。虎生はわずか片眉を持ち上げ、こぼれかけた嘆息を飲み込む。

 この状況で、師魚の肉だ。あれはただの毒物ではない。水面下で何事か動しているのは明白だった。

 ──気をつけねえとな。

 文煕はおそらく義だとか礼だとかを重んじる旧界の人間だ。こういう手合いはいきなり振り切った思考に走ることがある。

 ──水に蓇蓉こつよう混ぜるとか言い出してもおかしくねえ。

 面倒に巻き込まれるのはごめんだった。

「張大人。ひとつお尋ねしてもよろしいですか」

「私で答えられることであれば」

「饕餮の眼、というものをご存じで?」

 ひくりと男の肩が震える。たたみかける。

「最近巷間で耳にするようになりましたが、お恥ずかしながら浅学の身。辟邪の宝玉の一種であるらしい、以上のことを存じません。張大人は私などよりよほど博識でいらっしゃる。もし何かご教示いただければと」

 ひそかに文煕の顔色をうかがうが、大きな変化はなかった。何かを考える風ではあったが、やがてゆるりと首を振る。

「残念ながら具体的に思い当たるものはない。それこそ君の方が詳しいだろう」

「ええ、これがただの辟邪の宝玉であればいくらか店に在庫もあるのですが、饕餮の眼ともなるとなかなか」

 ひくりと文煕の表情が動いた。

「君のところはその、特別な品が多いようだ」

 何かを言いたそうにするのを虎生は黙して待つ。

「その、馬鹿なことをと思ってくれて構わないが……不老不死なんかも可能なのかね」

「難しいですね」

 即答する。しかし文煕が落胆するより早く次をつむいだ。

「死なないように生きるのが難しいので。死んでも生き返る、の方がおすすめです」

 男の目がゆるやかに見開かれ、呆然とつぶやく。

「可能、なのか……」

「値が張るのと、適性に左右されますので一概に可能かはお客様次第ではありますが」

「そんなものまで、あの店に……。はは、君にとって師魚の肉など大した願いではなかったか」

 文煕が笑った。そうして、饕餮の眼、と口中で繰り返す。

「やはり私には覚えがない。まぁ、君が知らないものを私が知っているはずもないのだが」

「おや張大人はずいぶんとごひいきにしてくださるご様子。ありがとう存じます」

 ことさらに丁寧に拱手を捧げ、そうして虎生は話題を変えた。

「与太話ばかりを失礼致しました。本題に参りましょう。実を申せばまた師魚が手に入る算段がつきそうでして。そろそろ半年経ちます。もしや追加がご入り用なのではと差し出がましくもうかがった次第でございます」

 恭しく虎生は頭を下げた。そうしてちらと様子を盗み見れば、文煕は明らかに揺さぶられていた。頬にかすか朱が走り、うわずった声が何かをつむごうとしては飲み込むのを繰り返している。そうしてつとめて平静に言葉をつむいだ。

「そうか、それはわざわざすまない。そうか、また……手に入りそうか」

 何かを噛みしめる調子に虎生はわずか眉根を寄せる。師魚の肉、どうやら目的があって手に入れようとしていたらしい。常の虎生なら売ったものを客がどう使おうが知ったことではない。商談が成立し、支払いが成功した時点で虎生の手を離れている。だが今日はそうもいかないのだ。

「金額の話をしてもいいかな」

「喜んで」

 そうして虎生が予想していた以上に話はすんなり運び、ほとんど言い値での取引が成立した。心からの笑顔でもってにっこり笑いながら虎生は口を開いた。

「毎度ありがとうございます」

 そうして心中でつぶやく。

 ──このまま払いのいい客でいてくれりゃ言うことはねえんだが。




 張家の屋敷を辞して、虎生は海南路ハイナンルーをたどって店へと戻る。朝からばたばたとして今日はまだ食事にありつけていない。とっとと食事を済ませて文煕ウェンイー宛ての荷物を作ってしまおうと思った矢先のこと。

「あ、ふーちゃんおかえりー!」

 晴れやかな声がした。

「……なんでおめーがここにいんだ。店で待てつったろうが」

 右に折れた狭い路地の隙間からこちらを見上げる青年が一人。

「お腹空いたから肉包にくまん買ってきた。いっぱいあるよ。ふーちゃんも食べる?」

「いらねえ」

「おいしいのに」

「食い物は量より質だつってんだろ」

 そんなやりとりをしながら、悪食を見る。

「で、お前は何してんだ」

 長袍の裾を引きずるのも構わずしゃがみ込んで暗がりに何かを検分しているらしい。その背中には無邪気な好奇心が零れ出ていて、一体何をとのぞきこむのと朗らかな声が言葉をつむぐのが同時。

「見て見て、行き倒れ!」

「……」

 視線の先には壁に背中を預けてくずおれるようにうずくまる男が一人。腕の中に何かを抱え込んでいるらしいが微動だにしない。すでに事切れているようだった。

「往来で死体を食うなよ」

「そこまでお腹空いてないよ!」

 失礼な、と言わんばかりの表情にどうだかと言って虎生は視線を落とす。

「行き倒れくらい珍しくも何ともねえだろうが」

 はしゃいだ声を出すなと言いかけて、気がつく。

「いや待て、ここ文人街だぞ」

 海望でも屈指の富裕層の街だ。季節の変わり目ごとに人が死ぬ港湾とは違う。何となく違和感を覚えて、虎生は死体へと近づいた。無遠慮に手を伸ばし、硬直した首をなんとか持ち上げて顔をのぞき込む。

 若い男だ。身なりは悪くない。継ぎなどない、こぎれいな黒い長袍に布靴。額の真ん中で前髪を分け、今時の短髪だった。出稼ぎの港湾労働者というよりは商家の若手見習い、見ようによっては官僚の次男坊三男坊でも通るかもしれない。

「お前、触ったか」

「触ってないよー」

 背後から場違いなほど脳天気な声がするが、今更だ。

「物盗りにしちゃ死体がきれいだが、何やったんだこいつ」

 死体をひっくり返せば、左の脇腹に匕首こがたなが突き刺さっている。的確に腎の臓を貫くそれが致命傷になったのだろう。躊躇いのない明確な殺意が滲むように思われて、虎生は眉根を寄せる。長袍は血を吸ってじっとりと重い。死体は冷え切っているが血はまだ乾ききっておらず、殺されたのは今朝方というあたりだろうか。

「おい、何か気づいたことは?」

 確かに文人街に死体が転がることは珍しいが、悪食はそういうことに頓着する男ではない。関心を引くだけの何かがあるはずだ。

「それねえ、阿芙蓉あふようの匂いする。今朝のやつ」

「師魚入ってたやつか?」

「うん」

 きゅっと虎生の眉間のしわが深くなる。実物は悪食が食べてしまったせいで手元にはない。だがこと口に入るものに関して、彼の嗅覚が鈍ることは絶対にないという確信がある。

「つまり、元はこいつが持ってた……?」

 確かにこのまま海南路を行けば嘯風堂しょうふうどうだ。

「何か他に持ってねえのか」

 襟元をゆるめ、袖口をまさぐる。持ち物らしきものはないが、どこかに隠しがあるかもしれない。左の首筋にほくろが二つ並んで、肌の色が白い。背中の方を無理矢理にのぞき込めば、鶴の刺青が入っているのが見えた。虎生は片眉を持ち上げる。身なりがいいといえど刺青は船乗りか無頼と相場が決まっている。

「……安永幇がらみか」

 今朝方の騒動を思い出す。誰かが阿芙蓉を持ち出した。

「……」

 虎生はさらにその体をまさぐる。硬直しきった体は容易に検分させてはくれないが、やがて胸元に抱きしめた何かがぽろりとこぼれ落ちた。

「あ?」

 青と白の紙の箱。並ぶのは異国の文言だ。蓋を開けば、薄紙に包まれた菓子が並んでいる。虎生の指がそれをつまみ上げるや悪食が声を上げる。

餅乾ビスケットだ!」

 男は間髪入れずにそれを青年の口に押し込んだ。しょくしょくとしばし咀嚼音が響いて、そしてごっくんと嚥下する。

清蓮閣せいれんかくのおねーさんにもらったことあるやつ!」

「よし清蓮閣だな。行くぞ」

 立ち上がりながら言う虎生へ悪食が小さく目を見開く。

「今日のふーちゃんやる気あるねー」

「いいように転がされて腹立ってんだよ」

 朝から安永幇の事務所に連れて行かれた原因は十中八九この行き倒れに由来するものだろう。ならばその詳細を明らかにしたいのは当たり前の感情だ。

「絶対落とし前つけさせてやるからな」

 ふん、と虎生は鼻を鳴らした。




 文人街から北上し、租界の南側。花街と明言されているわけではないが、茶楼と妓楼が建ち並ぶ通りがある。脂粉香る天華街てんかがい、とうたわれるそこはすかし格子が軒を連ね、飾られた釣灯籠の赤が鮮やかだ。妓女への手土産にと花や菓子を売るものたちが集まっていつもにぎにぎしい。妓楼の店開きには少しばかり早い時分だが、茶楼のたぐいはもう動いている。それなりに人はいた。

「ねーねーふーちゃん。おなかすいた。おなかすーいーたー」

 耳近くで名前を連呼されることに辟易して虎生は悪食の口に饅頭を突っ込む。

「例の阿芙蓉の匂いするか?」

「今は饅頭の匂いー」

 あふあふと饅頭を頬張りながら悪食が答えるのへ、嫌悪もあらわに虎生がため息をつく。

「役立たずめ」

 ひどい、とわざとらしい大声を上げるのを無視して清蓮閣へと歩いて行く。

「ここ阿芙蓉出すか?」

「多分……? 煙管キセルは見たよ」

 最近は妓楼や茶楼でも阿芙蓉を喫煙できるように道具をそろえてあることがほとんどだ。上等な煙草、というような位置づけで社交界にも流行り始めているとも聞く。

「ふーちゃんは阿芙蓉売らないの? 儲かるんでしょ?」

「幇の連中が販売路抑えてなきゃな。単独仕入れなら笑っちまうほどいい商売だが、奴らと関わってまで手を出すうまみはねえよ」

「じゃあ山の草は? 阿芙蓉より強いのいくらでもあるじゃん」

 値段をつり上げても食いつく客はいるだろうと言いながら、悪食がぱっと顔を上げた。

「おいしそうな匂いがする!」

「今食ったろうが。少しはおとなしくしてられねえのか」

 心底嫌そうな顔で虎生がため息をつく。

「だってお腹いっぱいじゃないもん」

祝餘しゅくよでも食ってろ」

「あー……食べると飢えない草だっけ」

 記憶をたどりながら悪食がため息をつく。

「あれだめ。飢えないって言われたけど普通にお腹空く」

「まったく、毒も瑞祥も等しく無効化しやがって」

 そんなやりとりをするうちにたどり着いた清蓮閣は丹塗りの柱が鮮やかな昔ながらの妓楼だった。繊細な透かし彫りがされた丸窓と扉。花がいっぱいに飾られている。だがまだ人の出入りはなく、中に気配はあるもののひっそりしていた。

「さすがに早すぎたか」

 まだ太陽が中天を少しばかり過ぎたころ。花街が動き出すには時間がある。出直すか、あるいはどこかで腹ごしらえでもと思案するところへ、声。

悪食ウーシーちゃん?」

 二人同時に振り仰げば、妓女が一人、使用人に担がれてやってくるところだった。異人好みの化粧をするものが多い中、旧界の風情漂うすっきりした面差し。高襟の旗袍チーパオは白で、華奢な足を繻子の靴に包んでいる。その体躯を軽々肩に乗せながら、使用人の男が親しげによおと声を上げた。

 くるまを使うものも増えてきたが、人に運んでもらうのがこのあたりのならいだ。だがそれは当然、それなりの格の妓女に限られる。

「あ、おねーさん久しぶり」

 当然そんなことは気にせず悪食が無邪気に手を振る。虎生は片眉を持ち上げて、小さく鼻を鳴らした。

「普段どうやって食ってんのかと思ったら男寵ヒモやってたのか」

「男寵じゃないよ! お仕事だよ!」

「仕事ぉ?」

 虎生が目をすがめて眼前の青年を見る。お前が、と口にするまでもなくその双眸が言っていた。

「本当ですよ。あたしが個人的なお願いを時々しているの。男寵ではないわ」

 使用人に下ろされた妓女が上品な声音で笑って見せて、そして虎生を見た。

「あなたは?」

「嘯風堂の店主で虎生と申します」

「悪人だよ」

「うるせえ。コレとはまぁ、腐れ縁というやつです」

 コレ、と言いながら悪食を小突く。おいしそうな匂いがする、と妓楼の中に首を突っ込もうとしていた。

「悪食、お前また腹すかせてんのか」

「うん!」

 妓女を担いできた屈強な男が笑って、どうやら妓女以外にもずいぶんと顔が利くらしい。

「悪食ちゃんお腹空いてるの?」

「すいてる!」

「膨れることあんのか?」

「膨れないからといって食べたくないという話にはならないよ!」

 なぜか偉そうに胸を張る姿に虎生は嫌そうな顔を隠しもせず、その気安いやりとりが微笑ましかったのか妓女はころころと小さく笑った。

「もしよければお茶でもしていって。まだお店が開くまで時間もあるし」

「やったー!」

「当たり前に乗っかろうとしてんじゃねえ」

 嬉々として妓楼に飛び込もうとする襟首をふんづかまえ、虎生は妓女を見た。

「金は払わせてください。あなたにいくつかうかがいたいことがあるもので」

 虎生の言葉の要領を得られなかったらしい妓女は小さく首をかしげたが、やがて曖昧に笑う。

「構いませんよ。あたしは翠芳チーファンといいます」

 よろしく、と二人は同時に口にした。

 そうして妓楼の内側へと通され、楼内を歩みながら翠芳が若い使用人へ茶を持ってくるよう命じた。吹き抜けになった広間を抜け、階段を四階分上がって最上階。美しい螺鈿の装飾がなされた扉を開けば、そこは明るい房室へやだった。牀榻しょうとうが並べられ、かぐわしい蘭が生けられ、どこか清涼な空気が漂っている。柱や家具は美しく磨き上げられ、調度品の趣味も良い。青々とした緑を茂らせる鉢植えが窓際にいくつも並べられていた。

「どうぞおかけになって」

「……失礼します」

 翠芳の私室へ足を踏み入れるを許されて、虎生は驚きを禁じ得ない。本来彼女は一見で相手をしてもらえる格の妓女ではないはずだ。

「……おめー、何やらかした」

 低い声を向ける先で悪食が何のためらいもなく紫檀の椅子に腰掛けていた。勝手知ったる様子で合子の蓋を開けて飴玉を物色している。そうしてがりがりと砂糖の塊を咀嚼しながら金を帯びた瞳が虎生を見る。

「なんでやらかすこと前提なの」

「何かやらかしたくせによくわかんねえままになんでか何とか丸く収まってあなたのおかげね、みたいな感じで気に入られたんだろ。そうに違いねえ。というかいつもそれだろうがお前」

 男は深くため息を吐き出した。本人に他者への興味関心など微塵もないのになぜか人の懐に入り込んで面倒を見てもらっている。野垂れ死にしない程度には食べ物なり仕事なりにありついて、突然行方をくらませたりいきなり押しかけてきたりと行動が読めず、けれど致命的な悪意をのらりくらりと受け流す。それが悪食という青年で、端的に言って抜群の世渡り上手だった。

「……腹立たしい」

「え、ひどい。お仕事はやってるよ? ふーちゃんとこと同じ。食べていいもの食べてる」

「何が同じだ。食うなつってるもんまで食うだろうが」

 虎生が吐き捨てるのへ、翠芳の笑い声が重なった。

「二人は仲がいいんですね」

「いいや全然」

「ううん特に」

 完全に二人の言葉が重なって響いて、翠芳はまた声を上げて笑った。なぜそんなにも受けているのかわからず、男たちは顔を見合わせる。

「悪食ちゃんは何もやらかしてないですよ。皆がかわいがっていた猫がいたんですけれど、見つけてくれたんです」

「……こいつが?」

「ええ」

「食わなかったろうな」

「猫は食べないよ。おいしくないもん」

 その言葉に虎生は一度またたく。

「食えもしねえのに探したのか」

「うん。おやつくれるっていうから」

「……」

 いつもの悪食だったことに安堵してしまった己に気がついて、虎生は思わず額に手をやる。そこへ、扉の外側から声がして茶が運ばれてきたようだった。

「ありがとう。下がっていいわ。大丈夫、時間は覚えているから」

 戸口で使用人とやりとりをする翠芳をそれとなく見やりながら、虎生はわずか眼を細める。茶とともに煙草盆も運ばれてきている。房室内に視線を巡らせれば戸口近くの卓の上に煙管が数本、並べてあった。

「……お前、今まで何食った」

 声を潜めて尋ねる。

「異人のお菓子とー、差し入れの食べ物色々。時々毒が入ってる」

「まぁ、そんなとこだろうな」

 それは確かに悪食の仕事だ。

「はい、悪食ちゃん。お待たせ」

「わーい餅乾ビスケットだー!」

 茶を淹れるより先に差し出された小皿に青年が歓声を上げる。文人街では出回らない類いの菓子だ。ここで食べた、という悪食の言葉を思い出す。

「またずいぶん高級品ですね」

「お客様からの差し入れで時々いいただくんです」

 丁寧な手つきで茶を淹れながら翠芳が答える。

「異人ですか?」

「いいえ。租界の方で商いをなさっているとか。いつも必ず」

「妓女全員に?」

「ふふ、あたしだけ特別なんですって」

 特別、に強い感情を滲ませながら妓女の眼がゆるやかに笑みをひいた。

「初めていただいたときにずいぶんとはしゃいでしまったものだから」

「なるほど。そんな特別のお相伴にあずかれるとは光栄です」

 そんな会話の傍らで、高級品であることなど意に介さない悪食がざくざくと餅乾を頬張る。そのさまだけで腹が膨れそうだと思いながら、虎生は茶に口をつけた。

「このあたりはどうですか。私は文人街のもので、あまり明るくなくてですね。おいこら、それは俺の分だ」

 すっと男の指が餅乾の皿を引き寄せる。すぐさま不満の声が上がった。

「えーいつも食べないじゃん!」

「味見くらいするときもある」

「じゃあいくつ味見する?」

 残りをもらうと伸ばされる手をはたき落として、虎生は深い深いため息をつく。

「平気で人のもの食いますんで気をつけてくださいね」

「そんなお行儀の悪いことしないわよねえ」

 翠芳の声が甘い。それは年の離れた弟だとか子どもだとかに向けるまなざしに似ていた。美しい横顔が慈しみをたたえて笑むのにどうしようもない居心地の悪さを覚えて、虎生は声を上げる。

「こいつ、あなたが思うような年じゃないですよ」

「あら、そうなんですか。いくつなの?」

 少し年下だと思っていたがと翠芳に尋ねられ、悪食は虎生を見た。

「俺いくつ? 二千くらい?」

「俺に聞くんじゃねえ」

「だってふーちゃんが一番付き合い長いじゃん。俺自分の年とか数えてないし」

「なんで俺がおめーの年まで数えなきゃなんねえんだ。しかもお前途中で色々混ざってんだろ」

 呆れきった男の声音に悪食が首をかしげ、そして翠芳を見る。

「わかんないって」

「ふふ、二千歳じゃ数えられないわねえ」

 妓女は楽しげだ。虎生からすれば腹の立つやりとりでしかないのだが、どうやら彼女にとっては楽しいものらしい。笑みを絶やすことなく、くつろいだ声音だった。少し踏み込んでものを尋ねてもいいかもしれない。

「最近、人死にが多いとか。文人街でも行き倒れだそうです」

 冬でもないのに、と水を向けてみる。

「港湾の苦力クーリーが立て続けに、なんて聞きますわね。何でも喧嘩が大事になったとか」

 同郷組合である幇同士の小競り合いに発展して、租界当局が出るに至った。

「あのへんの連中が血の気が多いのはいつものことでしょう。そこに幇がからめばそりゃ人も死ぬ」

 何でもないことのように言いながら虎生は茶に口をつけた。ちらと翠芳を見れば、白い頬に手を当てて言葉を選んでいるようだった。

「それがちょっと様子が違うとか。苦力ではなくそこそこ大きな船主だそうですよ。かわいがっていた苦力たちを次々に。そうして殺さずにはいられなかったって泣くんですって」

「ずいぶんなうらみの深さですなぁ。己のうらみの底を知らぬとは」

 あえて突き放すように言えば、妓女はまた何かを言いたげにする。けれど飲み込んで、やがてふわりと笑んで見せた。

「煙草はお召しになります?」

「いただきます」

 虎生の言葉に翠芳の白い手が煙草盆を持ってくる。陶磁の合子と火種とが並んでいた。

「今煙管をお持ちしますね」

「いえ、煙管は結構」

 言うなり虎生の手が合子の蓋を開けて中身を取る。そうして流れるように悪食の口に放り込んだ。翠芳が悲鳴を上げる。

「虎生さま?!」

 当然そのまま食べるようなものではない。赤ん坊が口にして死んだという話を思い出して翠芳が青ざめる。いくつもの悪い想像だけが脳裏を駆け抜けていった。

「どうだ?」

 だが虎生は気にするでもなく悪食を見、青年は味見でもするような顔で平然とそれを咀嚼している。そうして。

「うん、同じやつ。師魚入り阿芙蓉。やっぱりおいしくない」

 ごっくん、としっかり嚥下してから言って悪食は茶に手を伸ばした。

「なるほど」

 一つ息をついて虎生は翠芳を見た。

「店の煙草、すり替えてますね?」

「……!」

 翠芳が小さく息をのむ。

「今時煙草の代わりに阿芙蓉を出す店は珍しくない。だがこれは違う。あなたが言うところの特別、のはずだ」

 赤みを帯びた虎生の瞳が底冷えする光を帯びて翠芳を見据えた。

「これが何か、ご存じですか」

「……」

 妓女は答えない。

「これを吸ったものは人を殺す。本人の意思も思惑も関係なく。。それが師魚の肉だ。あなた、私にこれを吸わせてどうするおつもりでした? ただの毒物だと思っていたのなら、なおのこと」

 なめらかにつむがれる言葉に翠芳は答えない。胸の前で真っ白に手を握りしめている。

「誰彼構わず吸わせてるわけもありませんね。師魚がそんな大量にあるわけがないし、そんなことをすれば店の客が軒並みいなくなる。誰か指示をしているものがいるのでしょう。殺す相手が指定できるのか次第でまぁ使い方も変わってきましょうが、あいにくと私もそこまでの効能の確認はしておりません」

 言いながら男は茶をすする。そうして餅乾を口に放り込んだ。

「ああ、これはおいしい。確かに特別な人に贈るための菓子だ」

 さくさくと音を立てて咀嚼し、残りを悪食の方へとやる。青年は無邪気にやったーを口にして異国の菓子を抱え込んだ。

「で、あなたは何のために人殺しをしてるんです?」

「あたしは人殺しなんて……!」

「してるでしょう? この阿芙蓉を吸えば誰かが死ぬとわかって吸わせているんだ。それはあなたが殺しているのと同じことだ。違いますか?」

「……!」

 妓女は何かを言いかけては飲み込む。顔は蒼白で今にも倒れそうだった。

「おねーさん、したくないことやれって言われてたの?」

 餅乾を食べきった悪食が尋ねた。その声音はいつも通りの音程で、彼女をなじる気配はない。しばし沈黙が落ちて、やがて翠芳はぽつりとつぶやいた。

「……だってあの人が、私を連れて行ってくれるって」

 虎生はわずか眉を持ち上げたが、沈黙を保つ。

「租界には女でも通える学校があるんですって」

 妓女の声に渇望が滲む。

「あたしは特別だから、って……」

 そうして読み書きを覚えて異国の言葉を覚え、船を買って二人で商いをするか店を開くか。共に生きようと。そんな寝物語を覚えている。

「……」

 消え入りそうに言葉をつむぐ翠芳を虎生は冷ややかに眺める。彼女に限った話ではない。よくある話だ。

 このあたりの妓女は大抵、困窮した家族に売られた女たちだ。店への借金を抱え、家族に捨てられた傷を抱え、日々を生きている。だがそこに傷があると、客だって知っているのだ。

「でもそれってさぁ」

 虎生が口を開くより早く悪食が声を上げた。

「おねーさんが本当に特別なら最初からそうするんじゃない? おねーさんが言う通りに動いたらご褒美にやってあげる、って言われてるだけじゃない?」

 それは食べ残しを気まぐれに犬にやるような、そんな行為。

「……」

 沈黙する妓女を見ながら虎生は小さく鼻を鳴らした。

 租界には女子学校がある。元は異人の子どもたちだけを受け入れていたが、最近門戸を開いたのだ。生まれも性別も関係なく一人の人間なのだとか何とかえらそうな言葉を振りかざしていたのを虎生も覚えている。そこへ成り上がりの金持ちたちがこぞって自分の娘たちを通わせ始め、そろいのセーラーカラーの制服をまとった娘たちは憧憬のまなざしを一身に浴びていた。だがその一方で、この街に娼婦を産んだのもまた租界なのだ。鑑札を発行して公娼制度を始め、従来の妓楼のありようを根底から覆した。多くの女をそちら側に突き落としておきながら、と思わざるを得ない。

「まぁ、租界なんてそんなもんだ」

 どれほどきれいごとを口にしたところで彼らはこの街から利権を吸い上げたいだけだ。

「それで、あなたにそんな夢を見せたのはどんな男です。異人ですか」

「……なぜそれを知りたいんです」

 警戒に身を固くする翠芳へ虎生は深くため息をついて見せた。

「こちらが迷惑こうむってるからですよ。どこぞの行き倒れがうちの前に師魚入りの阿芙蓉を置き去りにして、しかもこいつがそれを食ったせいで幇の連中に痛くもねえ腹を探られ、今日は店が開けられない。大損だ」

「でも師魚売れたよ」

「おめーは黙ってろ」

 飴玉の入った合子を押しやって悪食を黙らせる。そうして瞠目して固まっている翠芳を見た。

「行き倒れ……?」

「ええ。ここに二つほくろが並んで、背中に鶴の刺青が入った色男です」

「……!」

 ざっと翠芳の顔が青ざめる。どうやら当たりらしい。

「幇の密売人というあたりですか。阿芙蓉をちょろまかして師魚を混ぜてはこの店に仕込む。幇からすればアガリをちょろまかされてるんだから生かしておくわけもない」

 逃げる途中で証拠隠滅のために嘯風堂に阿芙蓉を置いていったか、と思ったところでふと思い出す単語があった。

饕餮とうてつの眼」

 翠芳と悪食が同時に視線を上げる。

「そんなことを言っていましたが、聞き覚えは?」

「饕餮……」

 その瞬間、虎生と悪食が同時に立ち上がった。

「な、なに?」

「おい、持てるか。話が終わってない」

「がんばるー」

「悪食ちゃん?!」

 翠芳の言葉にいらえを返すことなく短くやりとりをして、悪食がおもむろに翠芳を抱え上げる。同時に階下から怒声が上がってきた。女を出せ、と言っているようだった。おやめください、と追いすがる使用人の声を振り払いながら無遠慮な足音が迫ってくる。そうして扉が開いた瞬間、虎生と悪食は跳んだ。

「……!」

 眼前に迫る赤い瞳にみぞおちを殴打され、先頭の男が息をのむ。その体を右腕一本でひっつかんで二人目にたたきつけ、三人目に肉薄する。咄嗟に捕らえようと振りかぶった腕を身を沈ませてかわすと同時に足払いをかけ、体勢を崩した男を押しのけて欄干に手をかけた。

「悪食!」

「はーい!」

 背後を振り返りもせずにそのまま二人飛び降りた。四階分の吹き抜けを一気に落ちていく。翠芳の悲鳴が長く尾を引いてこだまして、着地すると同時に駆け出す。何が起きたのかを人々が把握して妓楼内が騒然とするころには三人は影も形もなかった。




 天華街から適当な路地を出入りしながら西回りに南下し、やがて嘯風堂しょうふうどうへと戻る少し手前。うち捨てられた廃寺の境内で悪食は翠芳を下ろした。一応靴は履いているが、室内用のやわらかい布靴だ。表を歩くようにはできていない。ゆえにここまで悪食が抱えてきた。

「ええと、あの……」

 促されるままに石段に腰を下ろし、翠芳が声を上げる。

「あなたとの話が終わっていなかったので咄嗟に飛び出してしまいました。状況が落ち着いたら必ず店まで送りますので少々ご辛抱ください」

 虎生の言葉に翠芳は曖昧にうなずくことしかできない。この男が何を考えているのか、わからなかった。師魚だとか饕餮だとか、持ち出される耳慣れぬ言葉にどう対峙していいかわからない。そうして、思い出す。

「悪食ちゃん、大丈夫……?」

「ん? 何が?」

 翠芳を肩に抱えてここまで走ってきたにもかかわらず汗ひとつかいていない。そのさまに今更薄ら寒いものを覚えて、妓女は胸元で手を握りしめた。

「師魚食ったろ、とさ」

「全然へーき!」

 元気よく答えて、青年はぐるりとあたりを見回した。大きな寺ではない。理由は定かではないが数年前に管理者を失ってすっかり寂れた。石畳の隙間に雑草が顔をのぞかせている。壁は剥がれ落ち、屋根の瓦もかしいで今にも落ちそうだ。

「ふーちゃん、なんでお店帰らないの?」

「朝の行き倒れが運び込まれるならここかと思ったんだがな」

 当てが外れたとどこか憮然とした表情で虎生はため息をついた。

ジャオだったか。確認してもらいたかったが、仕方ない。今頃巡警のところだろう」

 そして翠芳の前にしゃがみこんで視線を合わせる。妓女は体を硬くしていた。

「先ほどの続きです。饕餮の眼、をご存じですか」

「……名前、だけは」

 ここは店ではない。受け答えを間違えるわけにはいかなかった。だが翠芳の緊張をよそに虎生と悪食が顔を見合わせる。

「だとよ」

「俺は知らないよ」

「この仕事長いが聞いたことねえぞそんなもん」

 がしがしと後頭部をかきながら、翠芳に重ねて尋ねる。

「それはどんなものでしょうか」

「わからないんです。ただ、そういうものがあると。それを手に入れれば大金がもらえるから、だから……」

 一緒に行こうと言った声を覚えている。それが本心ではないとわかっていた。妓楼で交わされる言葉の中で一番信用してはならない言葉だ。それでもなお心のどこかですがろうとしてしまうのはきっと、そっと差し出される異国の菓子のせいだろう。彼は必ずあれを持ってきた。まるでそれしか知らないかのように。決して安いもののはずはなく、けれど気兼ねするなと言っておいしいから食べろといつも笑っていたように思う。そんなことを、どうしても思い出してしまう。今更何の意味もないとわかっていながら。

「結局辟邪の宝玉、以上の情報が出てこねえな。饕餮の眼にそんな効能がある気もしねえが何かと混ざってやがるか……?」

 虎生は首をかしげる。

「可能性としては瑾瑜きんゆの玉が近そうだが、こんな街の官僚風情に買える値段じゃねえんだよなぁ」

 どうにも求められているものの全貌が見えてこない。そう思ったところでふと気づいた。

「んん? そもそも鷦を殺したのは安永幇アンヨンパンの連中じゃねえな?」

「どういうこと?」

「あいつら、ちょろまかした阿芙蓉をどこに流してたかを知らなかった。饕餮の眼とやらも何かわからねえまま鷦が持ち逃げしたと思って探してる。ということは現状、鷦を殺す理由がねえ」

「オトシマエってやつじゃないの?」

「饕餮の眼が妓楼にあるなら、そうだろうな。だが」

 ちらと翠芳を見やれば、妓女は力なく首を振った。

「さぁて手詰まりだ。どうしたもんか」

 話がとっちらかっている。どこから手を付けるものか考えあぐねた。

「ねえふーちゃん。そもそもなんでふーちゃんがこの話追いかけてるの?」

「あ? 鷦のせいで店が開けられねえ。なら何をしやがった、という話だろうが」

「でも鷦が何をしたか、まだ何もわかってないよ」

 わかったのは彼の持ち物の来歴だけだ。

「……どうした。変なもんでも食ったか」

 まっとうな言葉をつむいだことに驚きながら悪食を見れば、青年は漆喰の壁に葉を広げる蔦を検分しているところだった。食べられる気がする、といつもの調子だ。ため息をついて、虎生はあえて言葉を口に出す。

「師魚の肉を混ぜた阿芙蓉を持ち込んで客に吸わせてた。客は師魚のせいで人を殺す。否応なく。その結果、その客は街にいられなくなる。手を汚さず証拠も残さず邪魔者が排除できる、と」

 それが可能な人物を自分は現状、一人しか知らない。

「まぁ師魚の肉卸した先なんて一ヶ所しかないから他も何もっつう感じだが」

 そうして追納が可能だという言葉に明らかに喜色を浮かべていた。あの男はこの師魚の肉の使いように味をしめている。なら文煕にも鷦を殺す理由はないはずだ。となると誰がわざわざ今日、鷦を殺したのか。

「……いや、ただの物盗りの可能性もあるな。無理に話をややこしくする必要もねえ」

 文人街で人死にが出るのは確かに珍しいが、皆無というわけでもない。きゅっと眉根を寄せて、虎生は長袍の隠しから紙巻きの煙草を引っ張り出す。そうして口にくわえるなりふぅと煙を吐き出した。火種がどこに、と翠芳が思うよりも先に口を開く。

返魂香へんこんこう使うか」

「え、太っ腹! どうしたの!」

 悪食の素っ頓狂な声が響いた。

「いやもう面倒くさくなってきた。足で探すより本人に聞いた方が話が早え」

「そんな高級品出してくるなんていつものふーちゃんじゃない」

 本気で言っているらしい声音に虎生は舌打ちをして一気に煙を肺に吸い込んだ。

「饕餮の眼、が何言ってんのか次第で返魂香どころの話じゃなくなるだろうが」

 悪食が瞠目する。

「ふーちゃんがやさしい……気持ちわる……」

「ぶっ殺すぞ」

 紫煙を吐き出して、虎生は悪食を呼ぶ。赤みを帯びた目がちらと翠芳を見た。

「店まで送っていってやれ。これ以上聞くこともねえ」

「俺はおなかが空いてるのでお駄賃を要求します」

「さっき餅乾ビスケット食ってたろうが」

「ちょっとしかなかった!」

「この羊野郎……」

 深いため息をこぼして、そうして虎生は長袍の隠しに手を突っ込んだ。そうしておもむろに翠芳に向き直る。ぼんやりとことの成り行きを見つめていた妓女は小さく肩を跳ねさせた。

「あなたの時間への対価です」

 言いながら女の手に落とし込まれたのは銀錠ぎんじょうだった。いわば純銀の塊で高額商品の取引にしか使われず、日常生活でお目にかかることはほとんどない。待ってください、と翠芳がうわずった声を上げたが虎生は頓着することなく今度は銅銭を数枚滑り込ませる。

「こいつに店まで送らせますが、どこかで何か食わせてください。何でもいいです」

「待って、待ってください。どういうことですか」

「どうもこうも。あなたのような格の妓女をこんな長時間拘束してるんです。相場はこんなものでは?」

 平然とつむがれる言葉の意図を拾い上げられず、翠芳は困惑するばかりだ。

「足りませんでしたか」

 ならばとまた隠しに手を入れようとするのを押しとどめ、翠芳は首を振る。

「いいえ、いいえそうではなく。その、こんなあっさり帰してもらえると思わなくて……」

「あなたが何も知らないのならこれ以上の用はないので。本当にご存じないのでしょう?」

「その、はずです」

 少なくとも自分はそのように認識している。この日この時間に来る客に阿芙蓉を勧めてほしい、と頼まれて、その通りにした。きっとこの煙は毒なのだろうと思いながら、それでも無感動に吸わせていた。常の阿芙蓉との違いが翠芳にはわからない。客もそうだったのだろう。さして疑問を抱くこともなく吸って行った、と言えば鷦は顔をほころばせてありがとうと言ってそうして。

 ──これをどうぞ。

 餅乾をそっと差し出したのだ。バターをたっぷり使った、異国の菓子。租界に出回る白と青の紙の箱。積み上げるたびに少しずつ心が高揚した。この場所を出られるのだと。

 ふっと笑いがこみ上げてきた。

 ──たったあれだけのやりとりで、どうして夢を見られたのだろう。

 些末な悪事。飲み下せる程度の悪意。それが勘違いだと突きつけられてしまった。自分が勧めた数だけ、人が死んだ。それを戯れ言だと振り払えない何かが、あの煙にはあった。

「……」

 自嘲する。この手を取ってくれなどと。

「鷦は、死んだんですよね」

 脳裏にあの笑顔が浮かぶ。

「そのはずです。会いますか?」

「……いいえ。今日はもうお客様がいらっしゃいますから」

 帰りますと低くつぶやくのへ、悪食が立ち上がる。

「おい、店に寄って鬿雀きじゃく連れてけ。一羽いりゃ十分だろ。食うなよ」

「はーい」

 元気に返事をして悪食は翠芳の顔をのぞき込んだ。

「おねーさん何食べたい? ふーちゃんいっぱいくれたからいっぱい食べよ!」

「銀錠で食い物が買えるか馬鹿。店ごと買う気か」

「え、じゃあ銅銭ちょうだい」

「おめーのための金じゃねえ」

 一蹴されて悪食が不平をまくし立てる。

「お店まで来てくれたらいっぱいあげられるから」

「本当?! 猫探す?!」

 無邪気でありながら鬼気迫る物言いに翠芳の表情がほどける。

「大丈夫、猫はいるわ。行きも帰りも運んでもらうんだもの。厨房で何かもらいましょうね」

 言って翠芳が立ち上がるのを、やったぁと言いながら悪食が肩に抱え上げた。店の使用人よりも線が細いのに翠芳の体重に動じることなく軽々と抱えるさまに翠芳は今更に瞠目する。そうして虎生を見下ろした。

「あの、ありがとうございました」

「……何が?」

 心底わからないといった顔で虎生が眉をひそめる。

「ごめんなさい。わからないんです。でも、言わなくてはいけない気がして」

 何かをひとつ、手放した気がした。手放した分だけ、体が軽い。そう思った。ふわりと笑う妓女をじっと見つめて、やがて悪食が口を開く。

「おねーさん。俺もふーちゃんも善人いいひとじゃないから気をつけたほうがいいよ?」

「ふふ、優しいのね」

 下からかけられる声に笑って見せて、翠芳は虎生に頭を下げた。




 悪食ウーシーが戻ったのは日が暮れ始めるころだった。嘯風堂しょうふうどうの扉は閉まっているが、気にせず勝手に開け放つ。通りに面した間口は狭いが奥に長い構造で、一応四合院の体をなしている。中庭をぐるりと囲む建物は倉庫と虎生の生活空間だ。薬棚がいくつもならび、正体のわからない乾物だの樹皮だのが所狭しと並べてある。あちこちに鳥籠がつるしてあって、鳥がさえずる声が時折聞こえていた。

「ふーちゃんただいまー」

 ずかずかと奥まで足を踏み入れれば、中庭の四阿あずまやに眼鏡をかけた横顔があった。紙巻きの煙草をくゆらせながらその赤みを帯びた目が悪食をとらえる。

「おう、どうだった」

「肉饅頭食べた!」

「あっちは食わなかっただろうな」

「うん、食べなかった! それとこれ、おつかい」

 言って、手の中の箱を差し出す。青と白の紙の箱。異国の言葉と絵が描かれた、餅乾ビスケット翠芳チーファンからもらい受けたものだ。

「行き倒れ連れてこなかったの?」

「死体はあとの処理が面倒くせえからな。話をするだけだ。魂だけで十分だろ」

 四阿の石卓の中央に餅乾を並べ、香炉を置く。隣に粟と米と豆を混ぜたものと酒をそれぞれに並べ、指先から香炉に小さな丸薬を数粒落とした。ひときわ深く煙草の煙を吸い込んでそうして、四阿の四方に向けて煙を吐き出した。煙は風に散らされることなくその場に留まり、帳のように四阿の周囲を漂う。男の指先がひらめいて、ふっと火が灯る。ゆらりと立ち上る薄青い煙を見つめながら悪食がつぶやいた。

「ねえふーちゃん。俺たち、おねーさんのこと利用して捨てるよって言ってるのに優しいの?」

「俺が知るか」

 心底興味がなさそうに吐き捨てて、虎生が紙を取り出した。そこにはジャオの名と姓、出身と生まれた年月が記されている。悪食が翠芳を送っている間に調べたものだ。それを香炉の中にくべれば、紙は一瞬で燃え上がって灰になった。ゆらりと煙の輪郭が不自然に揺らめいて、色を濃くしていく。

 ──ライ

 声がした。空気を震わせることのない不思議に響く声音に応じるように、虎生が口を開く。

墨州参県南江村ぼくしゅうさんけんなんこうそん、丙辰七月生まれ。林鷦リンジャオの魂に相違ないか」

 ──相違ない。

 煙が人間の形を作る。石卓の上に現れた人影は今朝見た行き倒れと同じ姿だった。額の真ん中で分けた短髪と長袍チャンパオ、目を開けば面差しは思っていたよりも若い。こぎれいな顔立ちをした青年だった。

「……あなたは」

「嘯風堂の虎生だ。お前のおかげで大損被っている最中のな」

 穏やかに作られた声にぶっきらぼうに答え、虎生は紫煙を吐き出す。

「嘯風堂……文人街の……?」

「ああ」

 呆然とした声が繰り返すのへ虎生が肯定した瞬間、鷦がぐいと顔を寄せた。その勢いに輪郭が揺れる。

「饕餮の眼をご存じないですか」

 煙に輪郭をかたどられた青年の表情はおぼろげだが、それでもまっすぐな双眸が虎生を見つめていることはわかる。男は深いため息をついた。

「こっちが聞きてえわ。一体何なんだ。饕餮の眼ってのは」

 虎生の言葉に鷦がくしゃりと表情をゆがめる。それは失望の色をしていた。

「俺もこの仕事長いが、饕餮の眼なんて聞いたことがねえ」

 ちらと男の目が傍らの青年を見て、そして眼前の魂へ意識を戻す。

「お前は誰に何を吹き込まれた」

「……嘯風堂は人ならざる世界の商品を扱うと。そこには饕餮の眼があって、それを手に入れてこいと」

 それ以上のことは知らされていないと力なく口にするのへ虎生は呆れきった声をこぼした。

「話にならねえな」

 形も効能も知らないものを手に入れてこいなどと。どう考えても体よく使われているだけだ。

 すっかり短くなった煙草を石卓に押しつけて消し、次の一本をくわえる。ふっと灯された火がわずか四阿の中を赤く照らした。

「今朝、何があったか順序通りに話せ」

 抑揚のない声はけれど強い圧を滲ませていて、鷦は一度息をのんだ。

「何のために高い香使ってまで呼び出したと思ってる。話す気にならねえってなら清蓮閣に付け火でもしてやろうか」

「それは困る!」

「なら話せ。他の選択肢なんぞねえ」

 言いながら石卓の上の米にそっと手を伸ばそうとする悪食の頭をはたく。

「食うな」

「だってお腹空いた」

「今それ食ったらてめぇの眼くりぬくぞ」

「それは困る〜……」

 悪食がおとなしくなったのを確認して、そうして虎生の双眸が鷦を見る。これ以上言わせるなとばかりに瞳が赤く揺らめいて、青年はやがて口を開いた。

「夜が明けるより早く、嘯風堂に行きました。どうやって饕餮の眼をくれと言えばいいのかもわからなくて……」

「素直に強盗と言え馬鹿が」

「……」

「まぁいい。それで」

 先を促す。

「幇の連中に見つかってしまって。……私は墨州出身で、同郷のつてをたどって安永幇の世話になっておりました」

寧六ニンリウのとこだな」

 鷦がうなずく。最近とくに勢力を伸張している幇だ。阿芙蓉のみならず薬の流通全般に手を伸ばしており、鴻幇ホンパン直参の地位を確立しつつある。

「はい。阿芙蓉の売買を主に担っておりました。租界への買い付けを」

 なるほどと虎生がうなずく。だから見てくれがこぎれいなのだろう。こうして話していてもやくざ者とは思えない丁寧な話し方をする。

「そうしたら、声をかけられたのです。阿芙蓉を少し手元によけておいて、それを妓楼に持ち込めと」

 ──お前は見込みがある。

 そう言ったのは明星ミンシンだった。寧六の腹心直々に声を掛けられ、舞い上がったのを覚えている。

 ──実直で余計なことを言わない。あの人好みだ。

 そう言って明星が連れてきたのは身なりのいい男だった。張文煕チャンウェンイーと名乗った男は穏やかに笑んで、悪い話ではあるまいと言った。幇の下っ端の懐事情などお見通しだったのだろう。一度に用意する阿芙蓉の量は微々たるもので、誤差の範囲といっていい。にもかかわらず、その阿芙蓉を売るよりも高い値を払ってくれるという。しかも大手を振って清蓮閣などという格の高い妓楼に通えるのだ。是も非もなく応と答えたのが確か、半年ほど前。

 その先を虎生は知っている。ちょろまかした阿芙蓉に師魚の肉を混ぜ、翠芳を通して吸わせる。

「港湾の船主に吸わせたのは聞いた。他は」

「他の幇の幹部や商工会のもの。本命は銀行でした」

 かなり丁寧に人選が行われていたらしい。

「ただ、阿芙蓉の取引の金額が合わなくなってきて、これ以上は隠し通せないところまできていました。そうしたら……」

 青年が言いよどむ。

「隠すな。どうせもうお前にゃ関係ねえだろ。どうしても義理立てしてえってなら聞いてやるが」

「……あなたはどこまでご存じなのでしょうか」

張大人チャンターレンがお前に師魚の肉渡して清蓮閣の妓女からばらまいてたってとこまでだ」

 虎生の言葉に鷦はわずか目を見開いて、体を震わせた。

「では翠芳を……」

「さっきまでいたぞ。今日は客があるからと帰ったが」

「無事、なのですね」

 安堵する声に涙が混じる。虎生は片眉を持ち上げた。どうやら本気であの妓女と駆け落ちをするつもりだったらしい。

「今のところはな」

 ほっとしたように息をついて、けれどまたすぐに不安に表情を曇らせる。

「饕餮の眼を手に入れれば彼女と二人暮らしていけるだけの金をくれると、張大人が」

 何なら幇の方にも話をつけてやるとまで言われ、やはり鷦に断る選択肢などなかった。嘯風堂に押し入って饕餮の眼を手に入れる。それだけだった。

「……何も知らねえ仲立ちに大金ちらつかせるくらいならその大金持って俺のとこに客として来いっつの。饕餮の眼だか何だか知らねえがそれなりのもん仕立ててやるのに」

 深く煙草を吸い込んで吐き出して、続きを聞き出す。

 嘯風堂の前まで来たところで幇の連中に囲まれたという。咄嗟に阿芙蓉の合子を手放して店先に置き去りにしたものの、路地を二本駆けたところで捕まってしまった。

 車夫や苦力クーリー崩れの若いのを連れて現れたのは明星だった。

 ──阿芙蓉ちょろまかしてたのはお前だな。

 静かに睥睨され、反論も申し開きもしようがなかった。明星は寧六の腹心だ。盟友といってもいい。そんな男が文人街と手を組んで幇を裏切ったなどと到底言えるわけがなかった。余計なことを言えばその瞬間に命を失うと理解していた。だが。

 ──饕餮の眼、どこやった。

 その言葉に咄嗟に声を張り上げた。

 ──知らない。俺は知らない。あの店にあるって言われたんだ。阿芙蓉だってあの店で受け渡すはずだったんだ。俺は何もやっていない!

 ありもしないものを盗んだと言われ、断罪されようとしている。それだけはわかった。それを仕込んだのが明星だということも。

 ──つまりあの店のせいだ、と。

 頭が痺れていた。

 吹き込まれる言葉を全力で肯定した。すべてはあの店のせいだ、と。

 ──わかった。行け。店主を捕まえろ。

 明星の言葉にばらばらと若いのが駆け出していって、鷦が一呼吸した瞬間。

 ──ご苦労さん。

 鈍い衝撃が背中に走って、五感を振り切った痛覚に絶叫がほとばしる。だが口に布きれを押し込まれてくぐもった声がもれるばかりだった。容赦なく喉の奥にまで異物を突っ込まれて嘔吐えづくが身動きがとれない。視界が滲んで呼吸が塞がれて膝が崩れた。

 ──嘯風堂とお前が共謀して阿芙蓉と饕餮の眼をちょろまかした。落とし前はつけてもらわねえと。

 ずるりと口中から布を引きずり出されて、鷦は胃袋の中身を丸ごとぶちまけた。げえげえと嘔吐する腹を蹴り上げて、明星が表情をゆがめたのが見えた。そうして理解したのだ。

 ──張大人だ。

 ここで己の命を切り捨ててあの店を手に入れようとしているのだ。不思議な仙境の品を扱う嘯風堂を。安永幇はあの店に阿芙蓉横流しの責を問うだろう。存在しない事実を否定する店主を脅して痛めつけて、そうして店ごと無理矢理に手中に収めるのだ。

 ──きっとそうだ。

 そこで思考はほとんど途切れていた。視界がかすんで頭は痛み、呼吸がままならない。全身が冷えていくのだけがわかる。そうして、名を呼んだ。

 ──翠芳。

 懐に手をやる。今日、彼女のもとへ行くはずだった。いつもの餅乾を持って、茶を飲みながらこの先の話をしようと思っていた。彼女はきっと自分が本気で一緒になりたいと望んでいるとは思っていない。どれほど真剣にともに生きることを語ろうともやんわり笑んで話題を変えるのだ。それはある種の諦めだったのだろうか。

 ──本気、なのに。

 そうして餅乾を抱きしめるように体を丸めて、意識は途切れた。

「はー……なるほど」

 虎生は紫煙を吐き出した。

「幇に俺を潰させて店の中身ちょろまかすつもりだったか」

 声に苛立ちが滲む。

「饕餮の眼どころか窮奇きゅうきの羽狙いだったわけだ」

「どうする? むしる?」

「馬鹿か」

 嬉々として鶏の羽をむしる仕草をしてみせる悪食の頭をはたいて、そして虎生はがりがりと頭を掻いた。

「舐めたまねしやがる」

 思ったよりも深く張文煕が噛んでいた。やはりああいう人間は思考を振り切ると何をするかわからない。

「やり方がわかりにくい〜」

 悪食が不満そうにつぶやくのへ虎生はまったくだと言って肩をすくめた。

「店の何が欲しいんだか知らねえが、まだ正面切ってまけろと言ってくる方がいい」

 値切り交渉なら乗ってやらないでもない。だがこれは、どう考えてもそういうものではない。今日のやりとりを思い出す。どれほど取り繕ったところでいくらでも欲を抱えていることだろう。不老不死などと口にする輩が謙虚なわけがなかった。

「きっちり払ってもらうぞ」

 低くつぶやく。四阿にもう鷦の姿はない。返魂香の残り香が風にまぎれてふわりと揺らぐばかりだ。

「ねえふーちゃん」

 虎生の声を聞きながら、ぽりぽりと生米をつまむ悪食がふと尋ねた。

「信じるの? 人間は嘘つくんじゃないの?」

 鷦は何ら抵抗を見せることなく多くを語って去って行った。己を殺した相手への感情だとか、呼び出されたことへの困惑だとか、ぞういった未練のようなものも希薄だったように思う。唯一、翠芳によろしくと口にするときだけ少し苦しそうだった。

鬼霊きれいは嘘つけねえからな。全部事実だろ」

「それが本質?」

「ああ。まぁ、それでもあそこまでのいい子ちゃんは珍しいがな」

「ふーん……」

 死んだ直後というのは普通感情に支配されるものだが、あの青年の元々の性分なのか何なのか、ずいぶんと言葉が理性的だった。証言としての信頼度は非常に高い。そうして最後に青年は自嘲気味に笑った。

 ──翠芳に会うことがあったら、よろしく伝えてください。

 覚えていないかもしれないけれどと言って、頭を下げながら消えていった。ご迷惑をと口にした声が耳に多くに残っている。

「ふーちゃん、俺おなかすいた」

 悪食の手が止まる。じっと石卓の中央、鷦を呼ぶために並べられた餅乾を見ていた。

「ああ、そうだな。いい加減、腹減ったな」

 虎生が言って、煙草を石卓に押しつけた。潰された火が最後に一度、ぼうと光って消える。




 寧六ニンリウは深いため息をついた。豪奢な紫檀の椅子に腰掛けたまま、這いつくばる部下たちを睥睨する。天華街から北東、港湾の繁華街との境目にある安永幇アンヨンパンの事務所だ。異国風の装飾をふんだんに使った今時の建物で、一棟丸ごとを安永幇が使っている。それは親である鴻幇ホンパンに認められた証に他ならない。元々の同郷組合としての機能と、阿芙蓉や薬品の売買といった裏の仕事と、ついでに金貸しと口入れ屋と不動産斡旋といった業務をすべてここで行っていた。多くの人間が出入りし、大金が動き、深夜どころか朝まで眠ることはない。この街の夜の一端を担っているという自負もある。ゆえに。

「結局その妓女に近づけなかったと?」

 怒気をはらんだ低い声音に眼前の男が萎縮する。鷦が持ち逃げした阿芙蓉と饕餮の眼を妓女が持っていると踏んで十人からの男を向かわせたはずだ。か細い声が是とつむいで、しどろもどろに言い訳を口にする。

「だって、その、鶏が、人食い鶏が、いて」

「あんな数連れて行って鶏に怖じ気づいて逃げ帰ってきたと。そういうことか? あ?」

 ふつふつとこみ上げる感情が脳を沸騰させていくようだ。

 ただでさえ今日は巡り合わせが悪いところへ訳のわからない話を持ち込まれて心底腹が立っている。

「鶏に殺されることがあるものか」

「現場を見てなけりゃ滑稽にしか見えねえでしょうが、本当に人を食うんですってば!」

 悲鳴じみた声が上がる。

陳三チンサンは心の臓食い破られて孫郎スンランは喉笛引き裂かれて、それで、それで……!」

 それは頭の白い鶏。だが足の爪が獣のようで、明らかな殺意があった。食らうために人を殺す、という本能的な憎悪を前に安永幇の男たちはそれ以上を踏み出すことができなかったのだ。それは決して臆病風に吹かれてのことではない。だがそれを寧六に伝えることは難しかった。

「そんな馬鹿な話があってたまるか!」

 男が声を張り上げる。

「……逆にそんな訳のわからないものをあの女に持たせる必要があるということでは?」

 口を挟んだのは明星ミンシンだった。付き合いの長い部下の一人で、元々は道観の薬師が紆余曲折を経てここへ流れてきた。寧六には及ばぬ知識を持ち、今回の阿芙蓉がらみのことを一任している。寧六に仙境だ煉丹だはわからない。わからないが、それがらみの品は大金を生む。饕餮の眼とやらも文人街が切望しているらしい。あちらへの足がかりになるはずだと言ったのも明星だった。

「饕餮の眼、やはりあの妓女に預けている可能性があるかと」

「あの眼鏡とつながっている、ということだな」

「おそらく」

 思わず舌打ちがこぼれた。

「やっぱりあいつを殺して家捜しする方が話が早い」

 ゲテモノ屋め、と吐き捨てながら明星を呼ぶ。好きなだけ人を集めて嘯風堂へ行けと言いかけるところへ、どこからともなく声がした。

「その必要はありませんよ」

 少し乾いた、低い声。一体どこから、と思う間もなく両開きの扉が開かれる。寧六は眉をひそめた。ここは建物の最上階だ。ここに至るまで誰何すいかされることなく上がってくることなど不可能で、約束のない人間を通すはずもない。にも関わらずあっさりと室内に足を踏み入れて、赤みを帯びた瞳が眼鏡の奥でやんわりと笑んだ。手には、大きな鳥籠。

「こんばんは」

 その隣に並んだ長身の赤毛が朗らかに声を上げる。

「こんばんはー!」

 今朝の二人だった。阿芙蓉を持ち逃げした落とし前として饕餮の眼とやらを探させているはずだ。初めて会うわけではないのにぞくりと背筋が震えた気がした。何かが、何かがおかしい。

「お前ら、どうやって」

「どうもこうも。入り口から入って参りましたが。今朝のお話の続きをと思いまして」

 虎生が言いながら鳥籠を床に置く。中には、鶏。頭が白い。しきりに床を爪でかく仕草に何かが引っかかる。今し方、鶏の話をしたばかりではなかったか。

「阿芙蓉を持ち逃げした鷦という男、残念ながら死んでおりました。彼が持っていたはずの阿芙蓉をそこの馬鹿が食べてしまったせいでそちらさまの手元は空っぽ、この損害を埋めるために饕餮の眼を持ってこい。確かそういうお話でしたね」

 淡々とつむがれる言葉はどこか底冷えするような気配があって、否応なく部屋の緊張が高まっていく。馬鹿、という言葉に赤毛が異議を唱えようとしたようだが、虎生が無理矢理に黙らせた。

「色々と濡れ衣としか呼びようがない事態ではありつつも、この馬鹿がそちらの商品を食べてしまった以上はなにがしかの賠償はせねばと思っていたんですが」

 ですが、と言いながら男の目が寧六の隣を見た。明星だ。

「思っていたよりも状況が込み入っておりまして」

 ひたと見据えられて明星の肩がこわばる。にい、と虎生のくちびるが笑みを引いた。

「端的に言えば、諸々お断り申し上げますとお伝えするために参りました」

「どういう意味だ」

「まず、私に阿芙蓉持ち逃げの罪を着せたこと。饕餮の眼などと存在しないものを要求したこと。当然存在しないものなど用意できませんから、その咎を理由に私を殺そうとしていること。そうして私の店を奪おうとしていること」

 男の指がひとつひとつ数え上げ、最後に、と口にしながら明星を見た。

「それを張文煕に流そうとしていること」

「……!」

 ばっと寧六が明星を振り返る。張文煕は文人街の大物だ。租界を相手に勢力を広げつつある四老スーラオと真っ向から対立し、色々とちょっかいをかけてきている。いずれ正面衝突は避けられないと水面下で鴻幇が動いている最中のはずだ。寧六の表情がこわばる。それを知ってか知らずか虎生は口を閉じようとしない。

「まぁそもそも、鷦が阿芙蓉をちょろまかすこと自体が張大人の差し金ということでしたよねえ?」

 にっこりと満面の笑顔を明星に向けるが、明星はただくちびるを噛みしめていた。それが肯定なのか否定なのかと問われれば前者なのだろうと思う。寧六は半ば反射的に声を上げた。

「おめえ、張文煕に寝返ったのか」

 明星は答えない。視線が泳いで床に落ちた。そのことにたまらなく苛立つ。

「なんでよりによっておめえなんだ……」

 きっと他のものなら容赦なく殺せた。けれどこの男は、ずっと一緒にやってきたのだ。訳のわからない呪物の話だって明星が言うから信じた。そうでなければ饕餮の眼などと絵空事に人員を割いたりしなかった。明星、と声を荒げるのを涼やかな声が遮る。

「失礼。まだ話が終わっておりませんので」

「うるせえ! ゲテモノ屋は黙って──」

 その瞬間、明星の首に何かが襲いかかった。一拍遅れて、けたたましい鳥の声。何が起こったのか認識するより先に悲鳴が噴き上がる。びしゃ、と血がほとばしって床を汚す。

 何が起きたか、理解できたものの方が少ない。寧六も同じだった。ただ鶏の声を聞く。

「……とんでもねえもん連れて来やがったな」

 緊張にこわばった明星の声がして、咄嗟に楯にした下っ端の体を床に転がした。妓楼へ行っていた部下たちが次々に悲鳴を上げる。こいつが、と口々にほとばしる絶叫に一気に恐慌状態に陥った。そんな中、淡々と虎生の声が響く。

「失礼。続きをいいですか。諸々の事情を鑑みた結果、むしろ損害賠償をいただくのは私の方という結論に達しましたのでこちらにうかがった次第です。金額としてはまぁ、このくらい。端数は繰り上げさせていただいております」

 寧六は呆然と床に転がる男とその心臓をついばむ鶏を見つめていた。

「即金でお願いしたいところですが、多少でしたら猶予いたしましょう。この後張大人のところにも行かなければなりませんし」

 平然と語る男の手が鳥籠の扉を開けていた。どうやらそこから放たれた鳥が今、人を食らっているらしい。ぶち、ぶち、と肉を食いちぎる音が耳障りだった。緩慢な仕草で面を上げる。

「てめえ、何てことしやがる……!」

「何、と言われましても。こちらとしては正当な賠償請求のつもりですが」

「何が正当だ。いきなり人の部下ぶち殺しておいてまっとうに話し合いなんかする気がねえだろうが」

 冷静に言葉をつむげる自分が自分で不思議だった。眼前の光景があまりにも非現実的で、認識が追いついていないのかもしれない。

「まぁ、そうですね。落とし前という名の八つ当たりに近いという自覚はありますので」

 ふう、と深く嘆息するのへ隣に立つ青年が場違いなほど明るい声をかける。

「ふーちゃん、もういい? 俺お腹空いた」

 赤い髪と金色の瞳。非現実的なその色。

「ああ、そうだな。どうせ結果は同じだ。即座に這いつくばって詫びの一つでも入れりゃと思ったが、そんなことするわけはねえからな」

 またため息をつく。

「あーあー何でこんなことになってんだ。俺は平穏に儲けて暮らしたいだけなのに」

「よく言うよー」

 悪食の言葉に答えることなく男の手が眼鏡のずれを直して、そうして寧六を見た。

「金になるもん全部置いて今すぐ逃げれば追わないでおいてやる」

 それ以外の選択肢はないと言い終えるより先に寧六の声がほとばしった。殺せ、と。




 一斉に襲いかかる。そこにためらいはない。それこそが力であり、この集団における立場を保障するものであり、ひいては己のありようを定めるものだからだ。眼前にいるのは屈強でも何でもない青年が二人。背筋の伸びた眼鏡の男と長い三つ編みをぐるぐると首に掛けた長身。体格も身ごなしもどう見ても戦う人間ではない。港湾の苦力の方がよほど喧嘩慣れしている。そんな二人組が寧六に刃向かうなど命知らずを通り越して愚かですらある。そんなことを思いながら男が赤毛を押さえ込もうとその腕に触れた瞬間、ぶつりと意識が途切れた。

 己の手に触れた男を問答無用で床にたたきつけて、悪食は面を上げた。開ききった瞳孔がゆるりと周囲を見る。その双眸は金色だった。その異様さに気づいたものが足を止め、けれど気づけなかったものが突進する。まずは押さえ込めとばかりに襲いかかる男たちの方へ、青年は一歩を踏み込んだ。くん、と一気に体が加速して手近な一人に肉薄する。その首をわしづかみにして力任せに振り抜いた。無造作に人の体が宙を舞う。潰れたうめき声とともに引き倒され、そのまま振り回される。巻き込まれた二人ごと書架に激突してばらばらと本が落ちた。そうして呼吸一つ乱すことなく次。大抵の人間は首根っこをつかんで振り回せば無力化できると青年は知っていた。床にたたきつけ、壁に投げつけ、面倒になればとりあえずその辺に放り投げる。それで十分だった。

「あー……お腹空いた」

 平坦な声音がつぶやいた言葉がぽかりと空中に浮かぶ。視線をやることすらなく手の中の男をぶん投げて、ただ破壊音だけが重ねられていく。

「先ほどどうやってここまで、とお尋ねでしたがこうやって」

 涼しげな虎生の声が響いたが、それが耳に入ったものはほとんどいない。半ば恐慌状態に陥りながら階下の人間を呼ぼうとしているらしかった。けれどその声も鶏の声にかき消される。

 鬿雀きじゃく、という名のその鳥は人を食らう。それも自らの意思で貪欲に。死体に飽いたのだろう。次の肉を求めて安永幇の人間に襲いかかっていた。悲鳴が噴き上がって、鳥の声を塗りつぶす。

「しばらく食わせてなかったからな。腹も減ってんだろ」

 何の感慨も見せることなくつぶやいて、虎生はゆっくりと寧六へと歩み寄る。動ける部下を全部集めようと必死に伝声管に向けてがなっているが、階下は機能を失っている。増援の数などたかがしれていた。

「さて、頭目さん──」

 かけた言葉が途切れ、銃声がこだました。のけぞった体が床に落ちる。

「ふーちゃん?!」

 悪食の声が響き渡って一瞬場を静寂が支配する。けれど。

「……あーあ、眼鏡が割れちまった」

 不機嫌を丸出しにした声とともに確かに床に倒れ伏したはずの男が身を起こした。確かに至近距離で銃弾が直撃したはずなのに、ゆっくりと立ち上がる。一度顔を振れば、レンズが粉々になった眼鏡が床に落ちた。だがそれだけ。虎生の顔には傷ひとつついていない。深く息を吐き出して、ゆっくりと寧六を睥睨する瞳の色が深紅。その鮮やかな色彩に寧六は息をのんだ。

「赤、い……」

 電灯の白々しい灯りの中でそれ自体が光を帯びるような赤。それが殺気をはらんでゆがむ。

「眼の色は変えられねえから眼鏡にしてたんだっつの。よくも割りやがったな」

 その言葉にどうしてか背筋が凍りつきそうだった。今自分の眼前にいるものの正体が、わからない。

「ふーちゃんご無事ー?」

「当たり前のこと聞くんじゃねえ」

 部屋のあちら側から尋ねる声に不機嫌そうに答え、そして視線を上げる。目が合った瞬間、寧六の背筋を恐怖が走り抜けた。本能で引き金を引く。立て続けに放たれた銃弾が虎生に向かおうとして、光がひらめいた。からん、と何かが床に落ちる音がして硝煙の匂いだけがゆらりと漂った。

「手が汚れるからな」

 男の手が両刃の剣を持っている。いっそ骨董品と呼んでもいいような、前時代の遺物のような刃が鈍く光る。言葉が出てこない。威圧も牽制も、命乞いさえも。対処を、と思ったところで正解がわからない。

「寧六!」

 耳に慣れた声がして、ぐいと肩を引かれる。

「銃器をありったけ向けろ! こいつら人間じゃねえ」

「明星……」

「いいな。鉄だ」

 言いながら明星が前に出る。その手には虎生同様に両刃の剣が握られていた。柄には北斗の意匠。そうして足が一定の間隔で床を打つ。虎生はわずか眉を持ち上げた。

「道士くずれか」

「ふーちゃん、手伝うー?」

 禹歩うほの振動に気づいたのだろう。悪食の声がした。虎生がちらと見やれば、開け放った扉から入ってくる増援を相手にしているらしかった。階段に向けて人をぶん投げている。

「いらねえよ」

 言って、片足を引いた。剣を腰の後ろに構えて真半身。七星剣を握る男を見据える。

「ちょうど運動不足だ」

 うそぶいて、次の瞬間地を蹴った。振りかぶってたたきつける。掲げられた相手の刃に阻まれて金属が音を立てるが、構わず打ち据える。一合二合と力任せに刃を交えながらふっと明星が半歩を引いた。その瞬間両足で跳躍して飛びすさり、次の瞬間には弾列が穿たれて誰かが銃を向けたと知る。その間隙に明星が三歩距離を詰めて眼前。足が破邪の歩を踏む。思わず虎生のくちびるが笑みを引いた。応じるように一歩を踏み込む。刃を振り抜こうとして視界が揺らぐ。

「お、ちゃんと禹歩じゃねえか」

 つぶやくのと明星が軸足を崩しに来るのが同時。虎生はそのまま床を蹴って一回転し、着地する。長袍の裾が円を描いて舞った。

「饕餮の眼とか言い出したの確かお前だったよなァ。文煕ウェンイーとの師魚のあれこれ、入れ知恵してるのもお前か?」

 虎生の言葉に明星は答えない。はなから答えなど期待もしていなかった。くるりと剣を手の中でもてあそんで、赤い眼が男をとらえる。その瞳を真っ向から見据えて明星が口を開く。

「……お前は何なんだ」

「何、とは」

「人じゃないのはわかる。お前は何なんだ」

 何かがおかしい、と困惑に近い感情が滲む。こんなはずではなかった、と。

「何だろうな。人のつけた名前なんか知ったことじゃねえ」

 喉の奥で低く笑った。

「人の欲も悪徳も望むところだが、やり方を見誤ったな。払いのいい客に収まってりゃこんな目に遭わずに済んだろうよ」

 明星が何かを言いかけたのへ悪食の声がかぶさる。

「ふーちゃんこっち終わったよー。食べていいー?」

「ああ、好きにしろ」

「ふーちゃんの分残しとく?」

「いらねえ。量より質だ」

 無邪気な声音がわーいとつむぐのを指さしてみせる。

「俺よりあっちのがわかりやすいだろ。あの悪食羊野郎」

「悪食の、羊……?」

 それはすべてを貪り食って満ち足りるを知らず、人に分けず人を憂えぬ獣。

 並べられる単語にまさかとつぶやいて、明星が青ざめる。にい、と虎生が笑んだ。

「お前の捜し物は、アレだ」

 いただきまーす、と声が高らかに響いて赤の輪郭が崩れた。




 初めて出会ったのは戦の最中だった。それは覚えている。だがそれがいつのどの戦だったのかは定かではない。まだ火薬や銃が出てくる前で、戦場には鉄と血が満ちていたはずだ。

 荒涼とした大地に累々と死体が折り重なって、置き去られた旗が乾いた風にばさばさとさみしくはためいていた。乾燥しきった北の大地のゆえか、存外に腐臭はしない。死体に群がる鳥の声が耳障りに響いて、けれどどこか静寂が落ちる。不思議な心地だった。

 前線はすでに移動して、ここにあるのは抜け殻ばかりだ。けれど死の満ちる場所は境界が揺らぐ。男は捜し物を求めて一人飄々と戦場を歩いていた。今はこの戦の当事者の一人たる地方豪族の軍に身を置いている。軍師というほど差し出たことはしていないが、汗水流して前線を行くような立場でもなく、何となくちょうどいい位置を確保していた。こうしてふらりと一人出歩ける程度には、しがらみもない。

「ああ、いたな」

 ぽつりとつぶやいてその手がひらめいた。次の瞬間には男の手の中に小さな獣がいた。鼠の体に鳥の翼。ぱっと見には蝙蝠のように見えるが、昼に飛ぶ。ぐうという鳥だ。蝙蝠でない証拠に翼は羽毛だった。男の手の中でばたばたとあがいている。これがあれば戦場を裸で歩いていても剣やら矢やらが当たらない。元々持っていたものを人に渡してしまって、新しいものを求めていた。

 存外にあっさり見つけられたことに安堵して、男は肩の力を抜いた。

「さて、と。本陣に戻るかもう少し物色するかだが……」

 ふと面を上げる。赤い眼をわずかすがめれば彼方、己以外に立つものがいた。一体誰がと思ったその瞬間。

「……!」

 肉薄する金色。首を取られ、地面に引き倒される。背中から落とされて肺が潰れ、呼吸が詰まった。

「何しやがる……!」

 見上げれば、開ききった瞳孔がこちらをじっと見つめている。容赦なく首を締め上げる手は信じられない力でもって男を捕らえ、離さない。ふーっ、ふーっ、と呼吸が荒い。

「──たべていい?」

 男は舌打ちをしてそうして、青年の腹を蹴り上げる。

「ぅ、ぐ……っ」

 予期せぬ行動に青年がうめくが、男の首を離すつもりはないらしい。

「いつまでつかんでる気だてめぇ」

 吐き捨てながら全身の筋肉で跳ね起き、男は首を捕まれたままだというのに次々に青年につま先を叩き込む。そうしてついにその腕を振りほどいた。一気に入ってくる空気に小さく咳き込んだが、すぐに呼吸を整えて眼前を見る。

「何なんだ」

 ようやくその全貌を目にする。ゆらりと不安定に立つ姿は細身で線が細く、感情のうかがえぬ双眸がこちらを見ていた。膝裏まである赤毛は結ばれることなく風に散らされてぼさぼさで、衣服もそこらに転がる死体の方が身なりがいい。かろうじて人の形をしてはいるが、その膂力も跳躍力も到底人ではなかった。

「……同類か」

 言いながら男は右手が空っぽになっていることに気がついて舌打ちする。寓がいなかった。握りつぶしたか、逃がしたか。

「おい、てめぇのせいだぞ」

 いらえはない。聞いてんのか、と言葉を重ねようとして男は左へ飛びすさった。赤毛の腕が空を切る。

「あのな」

 呆れた声音に頓着することなくじゃっとつま先で重心を切り替え、青年がまた男に迫る。男が先んじて一歩を踏み込んだ。懐に飛び込んでそうして、その顎めがけて拳を一気に振り抜く。

「ぐ、が……ッ」

 鈍い音がしてのけぞる青年のみぞおちに踵をたたき込み、遠心力に乗せて力任せに跳ね飛ばした。とんでもない速度で赤が飛んで、やがて死体を巻き込みながら止まった。男は深くため息をついて、青年の元へ歩み寄る。その顔をのぞきこんで、きゅっと眉根を寄せた。

「ずいぶん色々なものが混ざってやがる。何なんだお前」

 手当たり次第に何でも、といっていい。神もあやかしも獣も魚も鳥も、何もかもが青年の中に混ざり合っているようだった。そうしてよく見れば、肩口には矢が刺さり、刀創がそこかしこにある。痛覚が飛んでいるのか、そもそも認識していないのかはわからない。だが敵意を受けたことに間違いはないだろう。

「こんなところで何してる」

「なにも。おなかすいた」

 ひどく緩慢に視線を上げて、青年がつぶやく。

「おなか、すいた」

「知るか。死体でも食ってろ」

「もうたべた」

 その言葉に男は片眉を持ち上げる。

「で?」

「たべたら、おそってきた。だからなげた」

 男のことも同じだと思ったようだ。襲われるより先に仕留めようとした。

「おなかすいた」

「知らねえよ。お前のせいで寓を逃がしたじゃねえか。お前が探してこい」

「ぐう、ってなに」

「蝙蝠みてえな鳥だ。昼に飛んで、こういう戦場に時々紛れ込む」

 言いながら、青年を見る。この青年も結局は寓と同じようなものだろう。境界を越えて、紛れ込んだ。

「ねえ、おなかすいた」

「知るかっつの」

 赤は大の字に地面に転がったまま動こうとしない。

「たべてもたべてもおなかがすいてる。ずっとずっとおなかがすいてる。どうしていいかわからない」

 乾いた声音。たわむれにいらえを返す。

「何食った」

「わかんない。めについたものぜんぶ。ぜんぶたべたけど、みたされない」

 その双眸がどこかうつろに男を見上げる。渇望と呼ぶには虚無に近く、けれど欲そのものを手放したわけでもない。ゆえに。

「どうしよう」

 途方に暮れたようなまなざしがどこか遠くを見ている。そこに敵意も殺意も存在しない。今し方男の首をねじ切ろうとしていたとは思えないほどに。何となく毒気を抜かれて男は嘆息した。

「名前は」

「ない」

「何だ。落としちまったのか」

 薄く笑う。そして懐かしい名前を口にした。

「お前、饕餮とうてつじゃねえのか」

 久しく口にしていない名だ。すると青年がゆっくり首をもたげた。

「……きいたこと、ある」

「何食ったか思い出せ。混ざり方が中途半端で自我がぐちゃぐちゃになってやがる」

 男の言葉に金色の眼が一度またたいて、ひつじ、と答えた。

「他には」

「あかい……あかいなにか。てつをいっぱい、もってた。あつい。ひのけはい……?」

 かすか首をかしげる。要領を得ない物言いに男はため息をついて、一度目を閉じた。そうしてゆっくり開いてから青年の目をのぞきこむ。金色の眼球のその、向こう側。ぐるり、と何かが渦を巻く。熾火のような赤が幾重にも輪を描き、顎門あぎとを開くような心象。ぶわ、と硫黄の匂いが立ちこめて全身が総毛立つ。神経を揺さぶられる圧倒的な存在感に思わず身震いして、視線を離した。

「……兵主神へいしゅしんじゃねえか。お前、何つうもん食ってんだ」

 それはかつて軒轅氏けんえんしと天下を両分して争った軍神だ。さすがにその性質の全てではなさそうだが、確かに混ざっている。自我が統合できないわけだ。

「おれ、とうてつっていうの」

「今のお前がどうだかは知らねえけどな。少なくとも混ざってるな」

 青年が目を閉じる。不定形の自我が意識の表層で浮き沈みを繰り返しているようだった。これでは寓の弁済など期待できないだろう。男はため息をつく。

「……あんた、だれ」

 問われて肩をすくめる。ふっと風が吹いた。

「誰だろうな。饕餮とは面識があったような気もするがもう覚えちゃいねえよ」

 ゆるりと青年の目が男をとらえた。金色の奥で今度は緑青がぐるりと渦を巻く。

「ひとみたい」

 その言葉が少しだけしっかりしていて、青年が確かに意識を向けていることがわかった。ふん、と男は鼻を鳴らす。

「今は大分奴らも増えたからな。中に紛れた方が都合がいいんだよ」

「おなか、すかない?」

「減る。だがその分、うまいものにありつける」

「うまい……?」

 ぱちくりと金色がまたたいた。

「食い物は量より質だ。じっくり仕込んで万全の状態になってから食うんだ」

 言いながら、ふと思った。

「お前、うまいもん食えばちったぁ満足するんじゃねえのか」

 満腹にはならずともその渇望をひととき抑えることはできるのではないか。なぜかそんな気がした。

「どういうこと? うまいもんてなに?」

「あ? そんなことも知らねえで食い散らかしてんのか。──好吃食ったら幸せってことだ」

「……!」

 ゆるやかに瞳が見開かれて、青年が呆然と男を見上げる。

「しあわせ」

 噛みしめるようにつぶやく。大の字になったまま動く気配もない。男はひとつ息をついて、視線を上げる。太陽が傾き始めていた。あまり幕営を留守にするとあとが面倒だ。そろそろ戻った方がいいだろう。

「寓のことは貸しにしておいてやる」

 言って、振り返りもせずに歩き出した。

「ああ、そうだ。人のまねをするつもりなら髪は結んでおけ」

 蓬髪ざんばらあたまようかいだと自己紹介するようなものだ。

「じゃあな。せいぜいうまいもん食えよ」

 それが、最初。




 いくつもの戦があっていくつもの災害があって多くの人間が生まれて死んだ。戦は強いものが弱いものを食らって平らげ、けれどまた別の強いものと食い合ってともに倒れ、やがて息を潜めていた別のものが生き残って終わった。そうして新しい都が築かれ、時は流れる。世の中は安寧の中にあった。戦火に焼かれた畑は実りを取り戻し、人は敗残兵の略奪に怯えることなく往来し、いつしかかつてない規模の都が繁栄を謳歌している。

 連なる甍屋根いらかやねと見上げる城壁。美しく飾られた商店や茶舗、振り売りの声。喧噪の中には笑い声ばかりが混ざって戦の気配は遠く、平和とはこういうことを言うのだと全ての人がかみしめているような、そんな街だ。

 朱雀大路から西の市場へと向かう道すがら、行き交う人の群れの向こう側。馬を引く旅人や駱駝に荷を積んだ商人、異人がごった返す中に赤がひらめいた。

「みつけたー!」

 突然の絶叫に人も動物も一斉に顔を上げる。男もつられて視線を上げて、眼前に金色。

「……!」

 猛烈な既視感があった。

「てめえ、あのときの!」

「やったー覚えてるー!」

 自分を越える長身に羽交い締めにされ、圧迫され、男は苛立った。

「離せ馬鹿が!」

 踵で足払いをかけ、背中から投げ落とす。地面に転がされ、大の字になる青年を人々が遠巻きに見ていた。だが当の本人は注目を集めていることなど歯牙にも掛けず、笑った。

「ひさしぶり!」

 金色が溶けた蜜のようだった。かつて向けられたことのない類いの感情に男はかすか困惑しながら、けれどことの成り行きを見守ろうとする野次馬の視線に耐えかねてため息をつく。

「ちったぁ人のまねがうまくなったか」

 起きろ、と言えば青年が跳ね起きた。

「なった! ちゃんと髪結んでる!」

 ほら、と胸を張ってみせるが、二つにまとめられたそれは子どもの髪型だ。前回よりはましとはいえ衣服はぼろぼろで足元は素足だった。男の口からため息がこぼれる。

「来い。俺までどうかしてると思われる」

 そうしてとりあえず身なりを整えて髪を結ってやって、二人茶舗に腰を落ち着けてから男は気づく。

「……余計なもん拾っちまったな」

 完全にその場の勢いだった。眼前に座る青年はにこにこしている。

「つけとくからな」

「何を?」

 きょとんと首をかしげるさまは戦場で出会ったときとはずいぶんと様相を異にして、男は少しばかり興味を引かれる。すっと目をすがめれば、青年に混ざり合っているものがやはり増えていた。

「で、何食った」

「いっぱい! 足生えた魚とか羽いっぱい生えた鳥とか角生えた豚とか」

「……いいもん食ってんじゃねえか」

 思わずうなる。彼が口にしたものが何なのか、男は知っていた。いずれも仙境の異形だ。

「うまかったのか?」

 尋ねてみる。

「うーん……魚はそこそこ。鳥は食べにくかった。豚はねえ、大変だった」

 腕組みをしてぐるぐる頭を回しながら味を思い出しているらしいが、その眉根は寄っている。そう美味ではないようだ。

「人間もいっぱい食べてみたんだけどねえ……おいしくなかった」

「待て、その話をここでするな」

 素早く周囲に視線を走らせれば数人がすっと目をそらした。戯れ言だと思ってくれと願いながら、合点はいく。戦場で会ったときに比べて格段に意識も振る舞いもしっかりして、感情も豊かだ。取り込んだものの形に自我がより合わさっていったのだろう。

「あ、でも!」

 ぱっと視線を男に戻して青年がはしゃいだ声を上げる。

「あのね、これ、これおいしかった! 食べたら幸せ!」

「はしゃいでんじゃねえよ。何なんだよお前は」

 ごそごそと腰に提げた袋を探る横顔に呆れきった声をこぼすが、青年は気にしていない。そうして卓の上に中身をぶちまけた。

「これ!」

 それは胡桃ほどの大きさの玉だった。揺らめくように光をはじいて、その色彩は五色。まろい色をしている。男は思わず感嘆の声を上げた。

「……瑾瑜きんゆの玉じゃねえか」

「きんゆのぎょく?」

「お前、どこで──いや、それはいい。神の庭の場所なんて聞いたら面倒なことになる」

 ぶつぶつとつぶやきながら男は玉を検分する。色形ともに申し分のない美しさで、何よりもこれを食らうということの意味を男は知っている。あらゆる災禍凶事をはねのけ、絶対の安寧をもたらす超一級の珍品だ。

「おいしいよ! あとね、これとこれも!」

 差し出される干からびた桃のようなもの。それでも眼を細めてその正体を探り、男はうなずいた。

嘉果かか沙棠さとうだな。……どこに行ったんだお前は」

 どちらも神の庭の果実だ。

「おいしい!」

 朗らかに笑って、青年は楽しげだ。

「言ったとおりだった。おいしいの食べるとおなかすかない」

「ならよかったな」

 男のおざなりないらえに破顔して、そして小さく首をかしげた。

「食べないの?」

「ここでか?」

「おいしいよ?」

「……」

 それは善意ではない。自分勝手な欲の押しつけだ。共感を強要してくるたぐいの。この青年の根底の性質と本質を男は知っている。

「あのな」

 場所を考えろと言いかけて、ふと気づく。店に役人が入ってきていた。捕り物のときの捕獲用の棒を持っている。素早く視線を走らせるが、不穏な動きがあるでもない。耳をそばだてて他の客の会話を拾い上げる。

「捕り物か?」

「ああ、何でも死体を荒らしたやつ探してるらしい」

「誰かが言ってたやつか」

「あれだろ。行き倒れ食ってた赤怪せきかい

 妙な間があった。

「……」

 男が眼前の青年を見て、店の中の人間もこちらを見ている。誰かがつぶやいた。

「死体を食う、赤毛の、ようかい

 理解した。

「すみません助けてください。こいつが死体食ったやつです」

 すかさず男が手を振る。

「あ、ひどい!」

 即座に売ろうとする男へ青年が声を上げる。

「最初に人間おいしいって言ったのそっちじゃん!」

「人間がうまいとは言ってねえよ。そのへんに死んでるやつがうまいわけねえだろうが」

「じゃあなんで!」

「量より質だつってんだろうが!」

 ぎゃあぎゃあとやり合う二人に困惑を深めながら、けれど毅然と役人が一歩を踏み出す。人を殺した咎で取り調べを行う、と宣言されて赤毛が不満の声を上げた。

「最初から死んでたよ!」

「よし、そのまま行ってこい」

 自分は無関係とばかりに立ち去ろうとする男の前に下吏が立ちはだかる。

「……俺は関係ねえ」

 ぴり、と空気に緊張が走る。そんなわけがあるかと二人以外の全員の目が言っていた。店の中の空気が張りつめてそうして。

「逃げるぞ」

 茶の代金を机にたたきつけ、委細構わず人の隙間をすり抜けて表通りへと飛び出した。すぐ背後に赤毛の気配が迫っていることを認識して走り出す。遠く誰何すいかの声が上がった気がするが、断じて立ち止まらない。

「ねえ! なんで走ってるの!」

 並走してくる長身へがなる。

「お前最近何食った!」

平州へいしゅうの行き倒れ! おいしくなかった! 行き倒れはどこ行ってもおいしくないよねえ!」

「人の姿してるときに人間食うんじゃねえ馬鹿野郎!」

 男の声が往来にこだました。

 路地を右に左に折れて坊壁を越え、とりあえず人気の少ない外れへと至る。誰だかの祖廟の敷地の隅に入り込んで、ようやく人心地だ。

「いきなりわけわからねえことに巻き込むんじゃねえよ」

 深いため息がこぼれた。

「俺何もしてないよ?」

「行き倒れ食ったのは」

「俺」

「お前じゃねえか」

 他に言葉がなかった。

「食うものいっぱいあるだろうが」

 ここは都だ。飢えた農村ではない。

「何かね、いい匂いがしたんだよね」

「死体が?」

「うん。でも変だった」

 言いよどむ。言葉を探しあぐねるようで、やがて首をかしげて見せた。

「混ざって、た……?」

 その表現が合っているのかわからないようだ。

「何が」

「猿。白いやつ。耳が四つあるの。おいしくなかった」

 きゅっと男の眉根が寄せられて、やがて記憶の引き出しからその名を引き出す。

長右ちょうゆうか」

「名前覚えてるのすごいねえ」

「商品だからな」

 そう言ってから、もう一度青年を見る。

「どこの行き倒れだって?」

「平州」

 なぜわかったのかは聞かなかった。おそらくそういう味がしたのだ。

「混ざるってどういうことだ。化ける、じゃないのか」

「ううん。化けてたら全部長右? その味がする。でも半分しかしなかった」

「もう半分は」

「平州の人間」

 青年がああそうだと言って腰の袋をごそごそする。

「いい匂いはね、これだった」

 小さな瓜だった。少し青みがかっているようには見えるが、市場で目にするものと大差はない。なのに青年は小さく首をかしげていた。

「多分食べたことないんだよねえ」

 ふむ、と男は顎に手を当て考える。

「お前、これ食ってみろ」

 袂をごそごそとまさぐって取り出したのは干し肉だ。

「はーい」

 何の警戒も抱かずにもっちゃもっちゃと行儀悪く干し肉を咀嚼して、喉を鳴らして飲み込む。そして首をかしげた。

「これも白い猿だけど別のやつだよ。顔があんま猿っぽくないやつで耳は二つ。こっちのがおいしい」

 一切悩むことなく口にされた言葉に男は瞠目する。

狌狌しょうじょうだ」

「しょうじょう?」

「さっきお前が言ったのは長右。これは狌狌。長右は大水の前触れだが狌狌は食った分だけ足が速くなる」

「やった!」

 無邪気に喜ぶ青年を値踏みするように見て、そうしてまた袂に手を突っ込む。

「次、これは」

「草?」

 渡された干した草の根に首をかしげながら青年はそれをかじって、きゅっと眉根を寄せた。

「……おいしくない。これ、あれ。何か、花が黒い草」

蓇蓉こつよう

 こつよう、と青年が男の言葉を繰り返す。

「これを食うと子どもができなくなる」

「え、俺大丈夫……?」

「そもそも子ども欲しいのか」

「ううん、全然」

 なら問題ないだろうと適当に突き放しながら、密かに舌を巻いた。味をすべて記憶している上にその差異を認識し、即座に記憶の引き出しから出してくる。

「お前、腹壊したことは」

 男の言葉に金色がまたたく。

「おなかって壊れるの?」

「よし、来い。店のもの全部味見して覚えろ」

 男の店に持ち込まれるものは来歴がわからないものが多い。可能な限りの鑑別は行うが、やはり限度がある。正体を確定できないまま保留されたものがかなり溜まっていた。

「おいしい?」

「食ってからのお楽しみだ」

 言って歩き出そうとするのへ青年が声を上げる。

「ねーねー」

「何だ」

「信じるの?」

 立ち上がりかけて、きょとんと男は青年を見た。

「俺、適当言ってるかもしれないじゃん」

「ずいぶん知恵をつけたじゃねえか」

 皮肉でなくそう言って、男は笑った。

「お前を信じてるわけじゃねえよ。お前は嘘をつくようにできてねえ。それだけだ」

「俺、は?」

 ぱちくりと青年がまたたく。男の物言いに引っかかったらしい。やはり前回に比べてずいぶんと自我が安定している。

「お前はできねえ。俺はできる」

「どうして」

 金色がまっすぐに男を見ていた。その奥にぐるりと多くが渦を巻く。

讒言ざんげんが本質だからな」

 それは事実無根を言い立て正しきものを食らう翼ある虎。

 青年が食べずにはいられないのと同じだと言えば、赤毛の青年はその瞳を何度もしばたたかせた。その言葉に脳裏にひらめく姿がある。それが眼前の男と同じかどうかわからない。だが確かに記憶の奥底にその姿があって、それは北から吹く風の匂いをしていた。虎と翼。そうしてつむぎ出すその名前。

窮奇きゅうき……?」

 男のくちびるが笑みをひく。そして視線を上げた。赤い瞳が金色と対峙する。

「覚えてやがったのか」

「ううん。覚えてない。覚えてない、けど」

 この体のどこかに何かが残っているらしかった。それを懐かしいだとか慕わしいだとか感じるほどの情緒はない。ただ、不思議だった。

「変なの」

 もう一度、つぶやく。

「変なの」

 ふっと笑いがこみ上げる。

「俺、おなかすいた!」

 思いっきり声を張り上げた。

「ていうか、なんで人のふりしてるの。全然人間おいしくないんだけど」

「そのへんの全部うまいわけねえだろうが」

 それなら食い尽くされている、と言われてそれもそうだと青年がうなずく。そして同時に首をかしげた。

「じゃあ、なんで」

「食い方があんだよ。悪徳に身を浸しながら自分を正しいと信じて疑わず、即座に被害者面ができるようなやつはうまい」

 ぱちくりと金色がまたたく。

「それ、難しくない?」

「だから時間掛けて育ててんだろうが」

 言葉を弄して欲を引き出し、それに応じて品物を売りつけ、少しずつ少しずつ性根を腐らせていく。

「すぐ食べられないじゃん」

「言っただろうが。量より質。俺は美食家なんだよ」

「俺そんな待てないから手っ取り早くおいしいものが食べたい」

 青年が男の腕をつかむ。容赦のない膂力に男の体がかしぐ。

「なんで俺がてめぇに食わせなきゃならねえんだ。そもそもあんときの寓もさっきの茶も俺が損してるじゃねえか!」

 振り払う。

「玉と桃あげた!」

 譲らない。男は盛大に舌打ちをした。

「ちっ、知恵つけやがって」

 何か適当に食べさせようにも瑾瑜の玉と仙桃だ。等価をはかることが難しい。

「大丈夫、急がない」

 時間はたっぷりあるからいくらでもおいしいものを振る舞えと金色が笑んだ。

「居座る気かてめえ」

「せっかくの昔なじみなんだから大事にしてほしい」

「覚えてもいねえくせに偉そうにするんじゃねえ」

 ついに手が出た。赤毛を張っ倒して歩き出す。すると背後から声。

「──覚えてないけど、忘れないよ」

 思わず振り返る。金色の双眸がまっすぐにこちらを見ていた。

「……どうだか」

 男はため息をつく。

「とりあえず飯だ飯。さっき食いそびれた」

「わーいおいしいの食べる!」

 そうして、二人同時に歩き出した。




 チャン家の庭は今日も美しい。水面を渡る風は涼やかで、街中の騒ぎなど到底届かない。相変わらずの隔絶した楽園のようなありように何ともいえない心地がして、虎生はわずか目をすがめた。

「ねーねーふーちゃん、あの鳥食べられる?」

 悪食が庭を飛ぶ鳥を指さす。池の端、水に足を突っ込もうとしている水鳥だ。美しい羽の色はこのあたりでは見かけない。

「お前に食えねえものないだろ」

「じゃあ言い方変える。食べていい?」

「全部終わってからな」

 不穏な会話に先導の使用人が小さく肩を跳ねさせる。それでも聞こえないふりをしているのはよく訓練されているがゆえだろう。

「……こちらでお待ちを」

 前日と同じ客庁に通され、虎生は腕組みをしてため息をつく。会うつもりはあるらしい。

「ふーちゃん、これ」

 食べるものがないかと部屋を物色していた悪食が声を上げた。その声音が少しだけいつもと違って聞こえて、虎生は視線をそちらへ向ける。悪食が四凶の軸を見つめていた。

「四凶だとよ」

「こんなだったっけ」

 赤毛が首をかしげる。

「さぁな。所詮は人の想像した姿だ」

 言いながら手持ち無沙汰に任せて紙巻きの煙草を取り出した。紫煙を深く吸い込んで、そして吐き出す。悪食は珍しく軸をまじまじと眺めていた。

檮杌とうこつって猪だった気がする」

「昔はな。今は違うかもしれねえ」

渾敦こんとん、渾敦……?」

 思い出せそうで思い出せない、といった風情だ。

「あれだろ。黄色い革袋」

「あ、いたいた。え、あれこんなんなっちゃったの」

「お前だって今は羊だろうが」

「そっかー」

 言って、興味を失ったらしい。そのへんの壺の中をのぞきこみ、合子の蓋を開け始めた。

「……何か、お探しかな」

 困惑しきった声とともに張文煕チャンウェンイーが現れて、悪食と虎生を何度も見比べる。ふぅと長く煙を吐き出して、虎生は卓上の灰皿に吸い殻を放り込んだ。前日とは打って変わって不遜な態度をとる男を怪訝そうに眺めながら、文煕は使用人に茶の支度をさせる。悪食がわくわくした顔でそれを見守っていた。

「昨日の今日で押しかけてすみませんね」

 主人である文煕を待たずに茶を口にして、嘯風堂の主人は茶菓子を傍らの青年の方へ押しやる。あまりにも非礼なそのありように何ともいえない違和感があって、文煕は言葉を選びかねた。昨日とは明らかに何かが違う。

「……今日は連れがいるんだな」

「ええ。腐れ縁の昔なじみです。食い気の張ったやつですが、今日は連れてきた方がいいと思いまして」

 言って、虎生は椅子の上で足を組んだ。長く息を吐き出して、何から話しましょうかとつぶやく。ようやくその顔に眼鏡がないことに気がついた。ずいぶん印象が違って見えるのはそのせいだろう。連れの赤毛は豪快に茶菓子を頬張っている。

「昨日今日で、ずいぶんと街が騒がしくなりました」

 男の言葉に文煕はわずか身をこわばらせる。

「……安永幇アンヨンパンの騒ぎか」

 港湾近くの安永幇の事務所が建物ごと崩れ落ちたという。五階建てが見るも無惨に崩落し、そしてその瓦礫の中からいまだ死体が発見されていない。束ねである寧六ニンリウもそれ以外の構成員も、下働きに至るまであの建物にいたはずの人間が丸ごと消失していた。類を見ない事態に文人街までがざわついている。

「捜索が難航していると聞いた」

「まぁそうでしょうね。見つかるはずのないものを探すのは大変なもんです」

 どこか含みを持たせた物言いだ。文煕の背筋を何か嫌なものが這い上がってくる。よりによって安永幇で、眼前にいるのは嘯風堂のあるじ。符号がそろっている気がして、落ち着かない。そうして口にされるその言葉。

「饕餮の眼、についてですが」

「何かわかったのか」

「辟邪の宝玉としての効能はないですね。そういう効能を求めるなら瑾瑜きんゆの玉が一級品です。あれはあらゆる厄禍凶災をはねのけてくれる。当然、値は張りますが」

 淡々としていながらどこか底冷えのする声音だ。緊張を走らせながら文煕は男の言葉を聞いている。

「なかなか、難問でしたよ。あいつもいつの間にか羊になっているし」

 あいつ、と言いながら虎生が四凶の軸を見やるのにつられて文煕もまた軸を見る。渦巻きのような幾何学紋に覆われた羊をあいつ、と呼ぶのがどこか不思議な心地だった。

「元々は頭しかない不定形の異形だったんですよ、饕餮というのは。頭はあれど体はなく、欲はあれど満ちるを知らぬ。そういう存在が羊の狍鴞ほうきょうだの兵主神へいしゅしんだの食ったせいで本人にも何が何だかわからなくなっちまった。一回名前も落としてる。だから知らないうちにどっかに目玉の一つでも落としてきたのかと思ったんですがね。どうやら違ったようで」

 虎生が小さく嘆息する。

「ありもしないものを探させられて訳のわからないことに巻き込まれて、結構腹が立っているんですよ私は」

 男の目がひたと文煕を見た。その双眸が、ぞっとするほど赤いことに今更に気がつく。同時に、鷦も明星も失敗したのだろうと思った。

張大人チャンターレン

 抑揚のない声。

「倫理も道徳もどうでもいいのですよ私としては。あなたがきちんと金を払う客であってくれれば大抵の願いは叶えて差し上げたのに」

 男の手がどこからともなく煙草を取り出して火を付ける。吐き出される煙がゆらりと空中を漂って、やがてまぎれていった。

「実際叶えて差し上げたでしょう? 師魚の肉、ずいぶん有効に活用されたようだ」

 文煕は言葉をつむげない。ゆっくりと真綿で首を締め上げられるような緊張が胃の腑を這い上がってきていた。

「まぁ今更詮無きことですが。ですが、落とし前はきちんとつけていただかないと」

「な、何のことだ」

 かろうじてつむいだ言葉は驚くほど陳腐で、狼狽が滲んだ。

「うちの店の何が欲しかったんです。私の客でいれば済んだ話ではないですか」

 その言葉にことが露呈したと知る。文煕は苦々しげに表情をゆがめて、そして首を振った。

「……お前は、租界とも取引をするだろう」

 文煕の言葉に虎生はまたたいた。

「それはまぁ、商売ですから」

「租界はこの街から駆逐せねばならん。異人も異人におもねるやつらもすべてだ」

「その理由は」

「理由などいるか。奴らのせいで娼婦が増え、阿芙蓉あふようが蔓延し、この街は腐っていく。それを容認することはできん」

 低い声音が存外に真剣で虎生はわずか眉を持ち上げたが、しかしやがて首を振る。

「惜しい。実に惜しい」

 予想だにしていなかった言葉に虚を突かれ、文煕はまたたいた。

「あなたは正しい。それは義憤だ。この街を守りたい。異人の好きにさせたくはない。たとえそのために誰かを殺し、奪い、踏みにじったとしても。何と正しいのでしょう」

 楽しそうに男の顔が笑みをひく。

「誰かを積極的に害する己に大義名分を与えて正当化しながら不老不死などという欲を抱え、民草の声など聞こえぬ庭園で平然と生きているその厚かましさ。きれい事振りかざして我欲を通そうとしている自覚がないのが大変にそそりますね。ああ、もう少し育てたかった」

 どこか陶然とつむがれる言葉に文煕は返すべきいらえを持たない。

「払いのいい客でいてくださればよかったのに」

 男はため息をついて首を振った。

「足下見られるのが気に食わないから利ざやをよこせと潔く言ってくだされば私も考えたんですがね。残念です」

 言いながら赤い眼が壁を見た。四凶の軸を眺めながらさらに言葉を重ねる。

「何でしたっけ。四凶を封じて守りとなす? 舜帝しゅんていのように? 自分があの短気な帝と同格だと思っているおこがましさも嫌いじゃあないんですよ」

 煙を吐き出して、煙草を灰皿に放り込む。じゅ、と音を立てて煙草が燃え尽きた。

「ただまぁ、ご自分のことはよく理解しておいた方がいい。あるいは、相手のことを」

 いつにも増して饒舌な男に文煕は反論することができない。言葉が見つからないのではない。体が動かなかった。まるで凍り付いたように指一本、まばたきひとつ動くことができない。それが眼前の男によるものだと本能が理解している。

「ふーちゃん、毒入りだったー。桂竹けいちく

 悪食の朗らかな声がする。

「だろうな」

 知っていたと言って男はうなずく。

「庭、もう食っていいぞ」

「わーい!」

 歓声を上げて赤が飛び出していく。そのさまの異様さに文煕はただ寒気を覚える。

 さて、と言って虎生が文煕に向き直った。

「といって私としてもこの街を更地にしたいわけでもなければ自分が支配したいだなんて思ったこともない。ただ商売がつつがなくやれればそれでいい。この屋敷と血脈を絶やすことにそう興味もないんですが、まぁ、けじめはつけていただかないと」

 にっこりと赤い眼が笑んでいた。

「君は、一体」

「嘯風堂の虎生だと申し上げたと思いますが」

 虎、をことさらに強調してやりながら笑う。

「結構わかりやすい名だと思っているんですが、存外気づかれないんです。まぁ、あいつもですが」

 ちらと男が視線をやる先で赤毛の青年が庭の水鳥を追いかけていた。

「あいつの本質は貪欲。私の本質は讒言。羊と虎。おや、どこかで聞いた話ですね」

 文煕の双眸が見開かれる。あえぐように、何かを口にしようとして失敗する。虎生は笑い含みで見ていた。

「あなたは正しい。この街の正しいありようを体現している。古きものの価値を知り、学びを知り、人の情を知る。そうして義憤とあわれみをもって貧しきものをたすけようともした。鷦も明星もやくざ者にしてはずいぶんと性根が善良なようだ。あなたのそういう部分にほだされる程度には信頼もあったのでしょう」

 租界がただに己が利のためだけにこの街を腐らせようとしているのは事実だ。彼らにこの街への愛着などはなく責任もない。どれほど阿芙蓉に溺れた労働者が死のうとも己の子どもたちを山の上に隔離して大事に育てればいいだけなのだから。

「ただ私は大変に悪徳なもので」

 虎生は立ち上がって文煕の顔をのぞきこむ。鼻と鼻が触れあう距離で、赤い瞳がいびつにゆがんで笑みをひく。

「正しい人ほど、おいしいのですよ」

 いただきます、とくちびるが言葉をつむいで、黒が融けた。




 悪食、と呼び始めたのはいつだっただろうか。

「またお前か、悪食野郎」

 暮れ時の海南路ハイナンルー、湯気が立ちこめる屋台の前に見慣れた赤。

 それは古くからある街が外圧に負けて異人に門戸を開いたころ。港湾の整備が急ぎ足で進められ、近隣の農村から出稼ぎの労働者が次々と流入して街は爆発的に人口を増やしていた。労働者が増えれば彼らを相手にする商売人も増え、やがて街そのものが大きくなってきていた。

「あ、久しぶり〜」

 肉饅頭をもふもふと口に押し込みながら屈託のない笑顔が男を見た。赤毛を長い三つ編みにして首にぐるぐると巻き付け、それなりにくたびれた長袍チャンパオ姿。けれど雑踏の中で浮くようなこともなく、人のまねごとも板について久しい。

「名前、今度は何にしたの?」

虎生フーシャン

「じゃあ小虎ふーちゃんだ」

 前回の出会いがいつだったか定かではないが、久しぶりに会った青年は相変わらずだった。

 気が遠くなるような時の中で何度も出会ってふらりと別れて、そうしてまた出会う。それを繰り返してきた。 

「お土産あるよ!」

 言って懐から枯れた草だの干からびた木の実だの何かの干し肉だのを出してくる。

「あとはこれ。はい、孟槐もうかい

「珍しいな」

「でしょー?」

 青年が得意げに胸を張る。

「というわけで助けて」

 人相の悪いのが背後に迫っていた。

「……おめーはなんで毎度毎度そうなんだよ」

 決まって面倒ごとを運んでくる。

「なんでだろうね。わかんない」

 うまいこと追っ手を撒いて、虎生という名に落ち着いた男の店を目指す。髪を短く切って眼鏡をかけ、ずいぶんと雰囲気が変わった。赤い瞳だけがそのままだ。

「店のもん食うんじゃねえぞ」

「がんばる」

 最近は取引先へ卸す品にまで手を出す始末で、いよいよ遠慮がなくなってきた。前回はそれに怒り狂った虎生が悪食を蹴り出したはずだ。そうして姿を見せなくなって数十年、今に至る。

「それ、何」

 青年は男の手が壺を抱えていることに気がついた。染め付けの青が鮮やかなそれは子どもの頭ほどの大きさで、かろうじて片手で持てるほど。すっと金色の眼がすがめられた。値踏みする。食べられるだろうか、と。

嫁金蚕かきんさん

 あっさりと口にされた言葉に悪食は数度またたいた。

「何年もの?」

 串に刺した山査子をかじりながら尋ねる。

「ざっと百五十年てとこだな」

 いい仕入れだったと、歌うように虎生が言った。その横顔は上機嫌だ。

 嫁金蚕は呪術の一種で、あらゆる虫を一つの壺に押し込めて、残った一匹の蟲に呪をかける。蟲はその養い家に莫大な富をもたらすが、同時に定期的に命をくべなければ養い家を呪う。そういう呪術だった。手放すことは難しい。手放すためには嫁金蚕によって得た財の倍を持たせて路上に置き、人に拾わせるしかない。

「餌足りる?」

「よく見ろ。封じてる」

 ぺし、と虎生の手が蓋をたたけば、確かに蓋はのり付けされて四枚の札で四方を塞がれていた。

「それも仕込み?」

「いずれな」

 薄く笑みを浮かべる男が珍しく楽しげで、これは何か大事おおごとになるのだろうと思った。

 虎生という男は悪徳が一番おいしいと臆面もなく口にする。あるいは自分が正しいと信じて疑っていないもの。人の悪意や義心が膨れ上がって慢心して、そうして熟すのを待っている。

「窮奇ってそんな気長かったっけ〜?」

 呆れた声を上げれば、男は無言でただ鼻を鳴らす。知ったことかと言わんばかりに。その眼鏡の向こう側の赤が夕焼けに蕩けるような色に染まっていて、悪食は小さく喉を鳴らした。

「ねーふーちゃん」

「何だ」

「ふーちゃんておいしい?」

 緩慢な仕草で虎生が悪食を見て、そして次の瞬間嫌悪を丸出しに表情をゆがめた。

「食わせるわけねえだろうが馬鹿か」

 殺すぞ、と一番物騒な言葉まで飛び出して、どうやら本当に嫌らしいと知る。

「でも悪徳が一番おいしいなら一番おいしいのはふーちゃんじゃん」

「俺なんかよりよほど悪いやつがごろごろしてんだよ」

 その言葉にいまいち納得がいかず、悪食は何度も首をかしげた。

 ──いずれわかる。

 そう言われたのはずいぶん前のような気がした。この街は日々の時間が過ぎるのが早すぎて、あっという間に置き去りにされてしまう。

「ねーねーふーちゃん」

「何だ」

 張家の帰り道、人が大勢張家の方へ駆けていった。野次馬の流れに逆らいながら今買った串焼きをくわえ、悪食はかたわらを見下ろす。

「ふーちゃんなんでいつもこんな面倒なことやってんの」

 妙な問答などせずに食べてしまえばよかったのに。そう言えば男は大仰にため息をついた。

「仕込みが大事だつってんだろ。感情の揺さぶりで味が違えんだよ」

「おいしくなる?」

「ああ」

 男のいらえにぽつりとつぶやく。

「ふーちゃんて実は俺と同じだよね」

「……」

 言いたいことは多いが否定はしない。すべてではないが、大本の感情はそちら側だ。

「ここはいい街だ」

 笑った。いくらでも人がいる。その言葉に悪食は思い出す。

「そういえばおねーさんは食べないの? 悪徳に浸りながら自分が正しいと思って被害者面するやつ、じゃないの?」

 普通に帰してよかったのかと今更に問えば、虎生は嫌そうに眉根を寄せた。

「ああいう湿度の高い感情は水っぽいから嫌いなんだよ」

「そっかー。味見くらいすればよかった」

「水っぽいつってんだろうが」

 情愛の類いは味が落ちる。少なくとも男はそう思う。

「じゃあやっぱりふーちゃんが一番おいしい気がするんだけどなぁ」

「食わすか馬鹿」

「いいじゃん味見くらい」

「……お前そのために居座ってんじゃねえだろうな」

 それなら出て行けと本気の殺意がびしばしと突き刺さる。

「味見できるならしたいけど、でもふーちゃん食べなくてもふーちゃんといるとおいしいもの食べられるから」

 だからここにいると言いながら今度は串に刺さった山査子を頬張った。虎生は嫌悪もあらわに舌打ちをする。

「俺はお前のせいで毎度いらん大損こいてるんだが?」

「今回は俺のお手柄でしょ〜? 色々わかったのは俺のおかげだよ」

 悪食が胸を張るのへ虎生はため息をついた。

「すっかり知恵がつきやがって」

 そうしてわかったと言って肩をすくめてみせる。

「次は山分けにしてやる」

「次? 次ってどこ? 租界? 銀行?」

「銀行」

 すでに行員の何人かが店の客として名を連ねている。

「ヤッター! おいしいといいねえ!」

「ああ、そうだな」

 街を見やる。

 新しきもの、外なるものへの羨望を抱きながらも権益にしがみつく旧態の生き残り。美しい理想で覆ったエゴを押しつけながら利益をかすめ取ろうとする外野。その間を行き来しながら漁夫の利を狙う夜のもの。誰もが自らの意思で積極的に人を害しておきながら被害者の顔をする。

 ──みんな貪欲。みんな悪徳。

 目を細める。

 ああ、この街は。

 ──ひどくおいしい。

 男が笑う。

「──好吃ごちそうさま


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好吃 夜渦 @yavuz

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