第115話 元の世界の井出さんは大丈夫だろうか……?


「おい、井出! これ落ちてたぞ」


「あーっ! それ探してたんだ! ありがと!」


 ある日の2年6組の教室。

蒼太は井出さんへ、落とし物を届けていた。


「あとさ、お前最近、授業中寝過ぎだって。筋トレもいいけど、ほどほどにな?」


「あはは! バレてたか! ご忠告どうもありがと!」


 時々、この2人が仲が良さそうに話している場面を目にする。

その度に、俺は異世界でのできごとを思い出し、少々不安を覚えるのだった。


(こっちの世界の井出さんは、蒼太のことが好きだとか、そういうのは無いよな……?)



★★★


ーー突然の訓練校の卒業と初の実戦。

そして早速失われた、佐々木少尉と加賀美少尉の命。

 しかし俺たちはそんな悲しみに暮れる暇もなく、相垈市で、生き残るために必死に戦い続けている。


「っつっ、あああぁぁぁぁぁーーーー!」


 突然、MOAの操縦席へ蒼太の悲鳴が響き渡った。

慌ててメインカメラを蒼太のMOAへと向ける。

 蒼太のMOAはジュライの蔓の直撃を受け、左半身を丸々持って行かれた。


『な、なんで、私を……? どうして……!?』


 背後には、左腕を損傷しただけの井出さんのMOAがある。

どうやら、蒼太は井出さんの機体を、身を挺して守ったらしい。


『基地に戻りましょう! しゅうちゃんは貝塚くんを、ななみんは井出さんをお願いしますっ!』


 めぐも混乱しているのか、俺たちをいつものように呼びつつ、指示を出す。


 俺はその指示通りに、半壊状態の蒼太のMOAを抱える。


「基地まで頑張れよ、蒼太! だ、大丈夫だからな!」


 俺は親友の酷い有様に動揺しつつ、それでも必死に血塗れになっている蒼太へ励ましの声を叫んだ。


『さ、サンキュ……うぐっ……』


 俺たちは敵の猛攻を辛くも潜り抜け、相垈から美咲基地へ帰投する。

そしてすぐさま目に入ったのはグランドにずらりと並ぶ損傷したMOAの機影と、多数の死傷者、そして数え切れないほどの遺体袋だった。


 軽傷の兵士は野外救護所で治療を受け、重症者は担架によって、次々と校舎内へ送り込まれている。


 俺は蒼太をコクピットから引き摺り出す。

そしてめぐ、鮫島さん、井出さんの4人で蒼太を校舎内の呻きが充満する医務室へ連れて行き、軍医へ託す。


(なんだよ、これ……なんなんだよ……)


 まるで戦争映画の中のできごとのような。

そんな凄惨な光景が、現実として目の前に突きつけられ、俺はその場に立ち尽くしてしまう。


「しゅちゃんは大丈夫……? 怪我、してない……?」


 気がつくと横のめぐが、俺のことを心配そうに見上げていた。

どうやらパイロットスーツにべっとりついた、蒼太の血が原因らしい。


「ああ、大丈夫……これ、俺のじゃないから……全部蒼太のだから……」


「しゅうちゃん……」


 目の前の光景に理解が追いつかず、まるで機械のように応じてしまった俺。


そんな視界の隅では、鮫島さんへ必死に頭を下げている井出さんの姿があった。


「ごめんなさい、七海ちゃん! 私がドジったせいで、貝塚くんが……ううっ……」


「……」


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……!」


「……もう良いよ、そういうの……やめて……」


「ひくっ、ぐすん……」


「仕方ないし……ふ、2人で、軍に入ろうって決めた時から、覚悟はできてたから……それに、蒼ちゃんだったら、大丈夫……きっと……」


 鮫島さんは拳を握り締め、唇を噛み締めつつ、絞り出すようにそう言った。

そんな耐えている鮫島さんへ、井出さんは泣き叫びながら縋り付く。


「でも……でもぉ……!」


「だから、もう良いって言ってるでしょ! 良い加減にしてよ! ウチが必死に我慢してるのわかんないの!?」


 いよいよ我慢の限界を迎えた鮫島さんは、泣きじゃくる井出さんへ怒りを爆発させた。


「よかったね、大好きな蒼ちゃんに守ってもらえて! さぞ、嬉しかったでしょうね!」


「ち、違う! 私はそんなこと……! 私は……」


「蒼ちゃんの彼女はウチなのに……蒼ちゃんだって、そんな気はないって言ってたくせに、なんで、こんな人のことを……!」


 さすがにこれはまずい空気だと俺でもわかった。

めぐも俺と同じ感想を抱いているらしい。

俺たちはとりあえず、諍いを止めようと、鮫島さんと井出さんへ近づいてゆく。

その時ーー


「今すぐ離れろぉ! 巻きこまれるぞぉ!!」


 軍医が医務室を飛び出し、そう叫ぶ。

しかし彼は次の瞬間、扉を吹き飛ばした蔓によって差し抜かれ、絶命する。


 そして目の前に見えた光景に、深い絶望を抱く。


「や、やだ、俺……俺ぇ……! ぎやあぁぁぁぁーーーー!!」


 医務室へ蒼太の最期の悲鳴と、大量の血が飛び散った。

なぜか蒼太の身体からは、まるで蛇のようにうねる、無数のジュライの蔓のようなものが生えている。


「蒼ちゃん! いや、いやあぁぁぁぁぁーーーー! 蒼ちゃん、そうちゃんっ!!」


 鮫島さんは、悲痛な声をあげる。

既にあらゆる穴から蔓を生やしている蒼太のところへ飛び出そうとしている。


「ななみん、だめっ! しゅうちゃん!」


「あ、ああっ!」


 俺とめぐは泣き叫ぶ鮫島さんを両脇から掴み、その場から引き離す。

俺たちは考える間も無く、蔓に蹂躙されてはいない、基地の奥へと逃げ込んでゆく。



★★★


「あ、春奈! おはよ〜!」


「おは〜七海ちゃん!」


 教室で元の世界の鮫島さんと井出さんは、いつも通り朝の挨拶を交わしていた。

 正直、異世界での、あの諍いを目にしているので、この2人が話しているところをみると、嫌な動悸が沸き起こる。


(やはり一度ちゃんと確認しておこう。もう、あんな光景を見るのはごめんだ……)


 俺は意を決して、井出さんへ近づいてゆく。


「おはよう」


「おはよ! どうしたの?」


「少し、話をしても良いか?」


「なに?」


「井出さんは蒼太と仲がいいのか? たしか一年頃は同じクラスだったよな?」


「うん。いっとき、席も隣だったから普通に話すくらいには、仲良いかな?」


「……ここだけどの話で良いのだが、その……蒼太のことが、好き、とかそういうのはどうなんだ……?」


 俺があえて声を潜めて質問したにも関わらず、井出さんは大きな声で「はぁ!?」と驚いた様子を見せた。


「無いってそんなこと! 絶対にありえないってぇ! てか、急になんでそんなことを?」


「あ、いや、興味本位というか……すまない、急に変なことを聞いて……」


「まぁさ、良い人だとは思うけどね。だから七海ちゃん良いなぁって。私もあんな彼氏ができたらなって思うけど……」


「できるさ、井出さんなら。いつかきっと、良い恋人が!」


「あはは……ありがと。でさ、田端くん……」


「ん?」


「そろそろ、自分の席に戻ったほうがいいと思うよ?」


 井出さんにそう言われたので、自分の席の方へ視線を移す。

するとめぐが、どよーんとした視線で、じっとこちらのことを見ていた。


「ほら、愛され男はさっさと彼女のところへ戻る!」


「わ、悪かったな急に……」


「いえいえ!」


 俺は井出さんに言われ通り、自分の席へと戻ってゆく。


「なんか……さっき井出さんが、すごい声上げてたけど、なに話してたの……?」


 するとすぐさま、どよーんとした様子のめぐが話しかけてくる。


「少し、異世界の井出さんとこちらの井出さんのことで気になることがあって、そのことを聞いていた」


「あ! あ! そ、そうだったんだ……!」


 途端、めぐの表情はぱぁっと明るむ。

どうやらいらぬ誤解をあたえてしまっていたらしい。


(そうか……めぐは海での人口呼吸の件があるから、俺と井出さんが一緒にいるのを……)


 元の世界では、蒼太よりも、自分と井出さんとの人間関係に注意をしたほうが良さそうだと思うのだった。

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