第10話 好きっ!

「お父さん、国防隊で働いてます……。だから、今まで、引っ越し多くて……」


「転勤族だったのか」


「うん……でも高校は転校が大変だから……」


 高校での転校には、希望校に空きがあるか、再度試験や面接の有無といった、面倒な要素が多々あるらしい。


「また試験を受けたり、面接するのは面倒だと思う」


「そ、そう! よく知ってますね……?」


「昔ちょっと。いろんな作品で高校生の転校シーンが描かれているが、そんなに簡単にできるのか気になって調べたことがある」


「もの知り! すごい……!」


別に褒められるようなことではないが……でも、橘さんからの視線はとても心地よいものなので、これで良しとする。


「と、なると、再試験を受けたりするのが大変だから、橘さんは親元を離れて一人暮らしをしていると。この認識で良いか?」


「うんっ!」


料理が得意なのも、そうした家庭環境が影響しているのかもしれないと思った。


「たしかにここのセキュリティーはかなりしっかりしてるからな。お父さんも安心だろう」


「夜に変なところへ行かなければ……」


 橘さんはハンバーグのタネから空気を抜きつつ、すごくどんよりした様子でそう言った。昨晩の失敗に関してとても反省しているらしい。


「もう大丈夫だろ? 反省しているんだろ?」


「うんっ!」


「それに、まぁ、その……も、もし、どうしても夜に出かけなきゃならなくて、不安な時があったら……いつでも声をかけてほしい、というか……」


 俺はまるで、橘さんのように声を震わせている。

言った後で、"俺、いきなり何言っちゃってんの!"と密かに自分へ突っ込んだ。

こんなに緊張したのは、MOAでの初陣以来かもしれない……


「良い、んですか!?」


対して橘さんはわりと真面目な表情で聞き返して来る。


「ああ。夜は大体家にいると思うし、遠慮なく」


「ありがとっ! 結構、私、買い忘れ多くて! 慌てて買い物行っちゃうことありますから!」


 橘さんは満足そうな笑みを浮かべつつ、ハンバーグのタネをフライパンへ乗せていた。途端、肉の焼けるジュワジュワといた心地よい音と、香ばしい匂いがたちのぼる。


(それにしてもここまで反応が良いとは予想外だったな……元の世界の橘さんと、まともに会話をするようになって、まだ24時間も経過していないんだぞ……?)


 俺に関していえば、"異世界の"ではあるが、めぐと3年ものあいだ苦楽を共にしているので、同じ容姿・性格をしている橘さんへ親しみを持つのは不思議なことではない。  

 だが、橘さんにとっては、俺は一昨日まではただのお隣さんで、ほとんど会話を交えたことのない人間だったはずだ。


 やはり……俺が異世界から帰還したことが、元の世界の橘さんに影響を与えているような……そんな気がしてならない。


と、なると、橘さんと俺の行く末は……


「どうか、しました……?」


「うわぁ!?」


 気がつくと目の前にはエプロン姿の橘さんが。

いくら、異世界で慣れ親しんだ顔とはいえ、やはり美人に見つめられると未だに緊張は隠しきれない。


もしも異世界の人間関係が、元の世界に影響するのならば、近い将来俺と橘さんは……!?


「ちょ、ちょっと考え事してて……すまない……」


「大丈夫?」


「なんでもないから心配しないでくれ」


「わかりました……もうちょっとだけ待ってて、ください! ハンバーグ、できます!」


……もしも、異世界での人間関係が、元の世界へ影響を与えてている……とのことならば、この恋路は勝利を約束されているものなのかもしれない。


 あの過酷な異世界で、交際がどうのとかを言っている暇はなかった。

それでも、俺とめぐは最期の瞬間まで、お互いを大事に思い、支え合って人類の脅威に立ち向かっていた。


 しかしこれはあくまで異世界での話だ。

異世界の影響があり、もしも勝利が約束されているとしても、人間関係の再構築は必要だと思う。


(なに……大丈夫さ。元の世界には、生死をかけたやりとりも、人類の脅威さえ存在しないんだ……)


 ゆっくり、今目の前で、食事の支度をしている橘さんとの関係を、これから作ってゆけば良いんだと思う。


「お待たせっ!」


 待望の橘さん特製ハンバーグが目の前に現れた。

しかも綺麗な目玉焼き乗せ、である。

他にも万丈桜井の人気商品であるコーンブレッドを軽くオーブンに通したものや、彩り鮮やかなサラダなんかもさらりと用意されていた。


早く食べたい気持ちはあるものの、それは一旦傍へ置いておき……


「いただきます」


「どうぞ! あ、あと……」


「?」


「やっぱり、田端くんは、偉いと思います……!」


「"いただきます"はちゃんと言うようにしている。一人暮らしだと忘れがちになるから、尚更な!」


「そういうことちゃんとできる人は、好きですっ!」


 不意に橘さんの口から出た"好き"と言う言葉に、頬が熱をもつ。

そしてみるみるうちに橘さんの頬もまた真っ赤に染まり始めたのだった。


「あ! あ! い、今の好きはっ! えっと……人としての態度というか、ちゃんと“いただきます!”が言える田端君に対してで……! あ!で、でも、態度以外でも好きって……ああ! わ、私また何をぉ……!」


「ちゃんとわかっているから大丈夫だ! 落ち着いてくれ!」


 ここで二人して狼狽えるわけには行かないと思い、冷静に言葉を返す。

だが内心では“好き”という言葉を聞けただけで、今にも小躍りでもしそうな俺がいるのは否めない。


「はううぅ……ごめんなさい……急に変なこと言って……」


「いや……変じゃない……」


「うううぅ……」


「ありがとう……す、好きと言ってくれて……俺も、その……美味しい料理が作れて、一緒にいると楽しい気分になれる橘さんが……好きだっ!」


 勇気を出してそう告げる。

自爆とはいえ橘さんも“好き”という言葉を言ってくれたのだから、俺も返さねばと思った結果であった。


「あ、ありがと…………好きっ………ふふ……! そ、それじゃ食べ、ましょっ!?」


「あ、ああ!」


 とはいえ、俺も最初からちゃんと"いただきます"が言えてたわけじゃない。

転移前の陰キャな俺は、そんな言葉さえ、ほとんど発したことはなかったと記憶している。

 俺をこんな風に変えてくれたのは、何を隠そう“異世界のめぐ”なのだから……

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