第2話 ここは魔界
彼女に言われるがままに着いてきてしまったけど、本当に誰だ、この人。歩く姿もきっちりかっちりしていて、厳格そう。
私はこういう人は苦手だ。誘う時も、なるべくこういうタイプは避けている。けど……
––––顔いいなあ。ってか、スタイルもいいな。脚長い。
「そんなにジロジロ見ないでもらえますか」
「!」
バレていた。後ろに目でも着いているんじゃなかろうか。そう思いつつ、私はここがどこか、この人は誰なのかを訊くことにした。
「あの、ここはどこです? あなたは誰?」
「……私のことは、言ってもわからないでしょう。ここがどこかは、これから先向かう場所でまとめてお話いたします」
––––っああ、やっぱり苦手だ、無理だ。
この沈黙にも耐え難い。けど、行く宛てもないし、ここから逃げたところでまた襲われるのがオチだ。
仕方が無いので、私は大人しく女性に着いていった。
◆◆
「でっか…………」
着いた先は、大きな
大金持ちでないと買えないような家だ。
女性に促され、私はその館の中に入っていく。中も案の定広い。天井は高く、玄関っぽそうなところも広々としている。
なぜ”玄関っぽそう”なのかというと、靴を脱ぐ場所がないから。そこで、私は確信した。
ここは絶対に日本ではないと。
長い廊下を歩いて行くと、両開きの扉が見えてきた。これは大きさ的には割と一般的だ。
その扉に、女性はノックをする。すると、中から女の人の声が聞こえた。その後に、小さく男性の声も聞こえた気がした。
「行きますよ」
そう言って女性はドアノブに手をかけ、両開きの内、右側の扉を開けた。
中にいたのは、二人の男女。
ピンク色のふわふわとした髪に、”熱情”を思わせる赤の瞳の女性と、
男性の方は椅子に腰掛けていた。女性は立ったまま机に手を置いてニコニコとしている。
一体誰なんだろうか。どうして私はここに連れてこられたのだろう。
「その子が例の子ね?」
「はい。
何とかの森というのは、恐らくさっき私が狼に襲われた場所のことだろう。
––––というより、”例の子”ってなに? この人たちは私がここに来るのを知ってたの……?
私が怪しんで周りを見ていると、白髪の男性がこちらを見る。目がバッチリとあってしまったことの気まずさから、私は慌てて目を逸らした。
「……名前は?」
言うわけがない。こんな得体の知れない人たちなんかに。もし名前を言って、何か変なことに巻き込まれでもしたら、たまったもんじゃない。
「……」
「ふふっ」
私が不服な表情を見せて黙っていると、ピンク色の髪をした女性が、ふいに笑った。
「私たちが怪しい?」
「!」
図星だった。「いや……」などと誤魔化してはみるものの、そんなもの効くはずもなく、呆気なく私はそれを認めた。
「”ウァサゴ”ちゃん、何も説明しなかったの?」
––––ウァサゴ? 誰だ、それ。
ピンク色の髪の女性の目線の先にいたのは、私をなぜか助け、なぜかここに連れてきた女性だった。
彼女はまた小さくため息をついて、口を開いた。
「何を言ったところで、理解出来ないでしょう」
「あら〜、わかんないわよ。もしかしたら、あなたの名前だけでも知ってる人間かもしれないじゃない?」
ニコニコと言う女性に対し、私の目の前にいる、ウァサゴと呼ばれた女性は、ムスッとした表情を浮かべている。
「なら、説明してあげたら? あなたなら、向こうでも有名でしょう?」
女性が言うと、男性はふうと一息つく。そして私の目をまっすぐ見て言った。
「信じられないだろうが、ここは”魔界”だ。人間の間では”
「…………厨二病?」
私が思わず言ってしまうと、ピンク髪の女性はぷっと吹き出し、グレー髪の女性は信じられないといった表情を浮かべた。
「違う」
「あっははは、面白いわね、あなた。なら、これを見せた方がはやいかしら」
「これ……?」
ピンク髪の女性は、長い髪を腕で上げ、少し前のめりになる。そこで私は信じられない光景を目の当たりにした。
なんと、女性の背中から、大きな翼が一瞬で出てきたのだ。その翼は、アニメや漫画でよく見るような、正しく悪魔の羽。
真っ黒で、コウモリのような形をした翼だ。
「信じてもらえた?」
「……いや、半信半疑……です」
さすがにこれだけでは信じられない。いや、信じたくない。この世(?)に悪魔がいるなんて、信じたくないのだろう。
今まで自分が見てきたものを、全て否定されるような気がしてならないからだろうか。
悪魔なんてファンタジーの世界にしかいない。いないはずなんだ。
「あらまあ、どうしましょう」
ピンク髪の女性は、明らかにこの状況を楽しんでいる。楽しそうに、そして
そんな様子の女性を見て、彼はため息をついた。そして私の方を見る。
「手を出してくれないか」
「え? 手……?」
とりあえず、言われるがままに両手を差し出す。これでもし切られたりしたらどうしようとか思っていたけど、そんな心配は無用だった。
「花……?」
そう、私の手の上には小さな花が現れた。
私の手には誰も触れていない。ここから男性までも、距離がある。なにせ部屋が広いから。
けど、私の手には花がある。一体、何が起きたのだろう。
「まあ、いわゆる”魔法”を使ったものだ」
「ま、ほう……」
ああ、これはもう信じざるを得ない。信じなくてはならない。本当に、私の目の前には悪魔がいるのだ。いないと信じて疑わなかった存在が、確かに存在している。
「––––
「……! 俺はルシファー」
「私はアスモデウスよ、わかるかしら。それでこっちが––––」
アスモデウスと名乗った女性が見ると、グレー髪の女性は嫌そうな顔をしつつも、私の方に向き直った。
「……ウァサゴです」
「一人だけ知らない」
私がそう言うとウァサゴと名乗った女性は余計に嫌そうな顔を見せる。
「っ、やっぱり私、この人間嫌いです」
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