第85話 ノーベル平和賞

 「ノーベル平和賞をニホンヒダンキョウ(日本被団協)に授与する」。フリードネス・ノーベル賞委員長が発表した瞬間、会場を埋めた報道陣の一部が驚いたような顔を見せた。世界中の多くのメディアが、中東やウクライナで続く戦争に直接関係する個人か団体の受賞を予想していた。(毎日新聞)





 わたしが子どもだった頃、親が子どもに「偉人伝」を与えることが流行していました。この偉人伝、結構おもしろく描かれたものが多く、「エジソン」「キューリー夫人」「野口英世」といった偉人伝の定番や、「織田信長」「豊臣秀吉」といった戦国武将モノ、「紫式部」「一休禅師」といった偉人としては渋い人たちまで、わたしは10数冊持っていました。


 その中の一冊が「ノーベル」でした。ノーベル賞にその名を残すアルフレッド・ノーベルがなにをした人なのか知らない人の方が多いと思いますが、ひと言で片付けるならダイナマイトを発明、実用化した人です。


 それまでの火薬と比べ、桁違いに安全で強力な爆発力をもったダイナマイトは、産業目的にも、軍事目的にも広く利用され、ノーベルのもとに巨万の富をもたらします。しかし、自分が発明したダイナマイトを使った戦争で多くの人の命が失われることで、自分が「死の商人」と呼ばれるようになったことにショックを受けたノーベルは、その遺言のなかで「人類のために最大たる貢献をした人々に分配」することと記載しました。これがノーベル賞のはじまりです。


 後世に悪名を残すことを恐れた企業家が贖罪のために創設した賞は、もっとも権威ある賞になりましたが、そのなかでもっとも政治的な賞が「平和賞」です。


 日本被団協がノーベル平和賞を受賞しました。核兵器廃絶に向けて取り組まれている活動が評価されたこと、同じ被爆国の国民としてうれしく感じます。これからも被曝の現実と核廃絶の願いを世界届けてほしいと思います。


 いま世界では核兵器を保有する国が、その核兵器の使用をちらつかせながら、いつ終わるとも知れない戦争を続けています。核保有国は戦況が不利になると核兵器を使用する(戦闘地域以外へも先制的に発射する)かもしれず、他国がそれら戦争に干渉することを難しくしています。


「核抑止力」という言葉がありますが、いま世界で進んでいるのは、核保有国が「この戦争に手を出してみろ。核を使うぞ」と周囲に対して恫喝的に核兵器を使うことで、大義のない戦争がずるずると続き、その分死なずに済むはずの人が死んでいく現実です。核兵器に戦争を抑止する力はありません。いま世界は核兵器の存在そのものが、使用されずとも人の命を奪っているという危機感が、ノーベル平和賞が日本被団協に授与されたことに現れているのだと思います。


 被団協の関係者にはお祝いを述べたいところですが、決して世界はおめでとうと言える状況にはないし、ノーベル平和賞とは常にそういう団体や個人に与えられるものなのだなあと切なくなるニュースでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る