第7話 反撃したそうです

 跪いて祈りだした父親に無理を言って、領都に残る兵士たちへの指揮権を預かった僕は、残った兵士全員で正門を出ると、街を取り囲む【ドルレアンス皇国】のもとへ向かう。


 ―――が、相手は一切の動きを見せない。


 それもそのはず、領都を取り囲んでいた敵はそのほとんどが眠りについていたのだから。


 時おり、仲間を起こそうとする怒鳴り声が聞こえるがごく少数。

 その程度のことでは、眠りの世界から戻ってくることは出来ない。


「……まさかこんなことがあるとは」

「ふふふふ……、驚いてくれていいよ」

「いやぁ、こんな奇跡を見れるとは思っていませんでした」

「まさに、聖者と呼ばれるに相応しい奇跡ですな」


 僕の乗る馬に並走するダブルタイガーが、眼前の光景を眺めては驚いたように語る。


「さすがはニコル様ですね。馬にも乗れないのに、こんな奇跡を起こすなんて」


 僕の頭の後ろから、専属メイドのネザーがからかう声が聞こえる。

 ええ、ひとりでは馬に乗れないので、手綱を握るネザーに抱え込まれる形でちょこんと座ってますが、何か?


「いや、これまで過保護に育てられたから、その機会がなかっただけだからね。実際に乗り始めたらすごいんだから」


 慌ててそう反論するが、周囲からは暖かな笑いが返ってくるのみ。

 解せぬ。


 話を戻そう。

 敵兵が真っ昼間から爆睡しているのにはちゃんと理由がある。

 さっき、ダブルタイガーが言ったように僕がちょっと手を出したのだ。


 それが『神の歌声シングゴッテス』という奇跡だった。

 本来はクリスマスだからといって、サンタを心待ちにして寝ない子供たちを無理やり寝かしつける神業だ。

 じいちゃんのお供で着いていったことがあるが、興奮する子供たちって目がさんさんと輝いていて絶対に眠ろうとしないの。

 いやあ、何度見つかるかと思ったことか。


 そんなことを考えているうちに、領兵たちが敵兵の拘束に向かう。

 多分、何らかの状態異常を防ぐアイテムを持った者が起きているのだろうけど、そこまで数は多くないようなので大丈夫だろう。

 それよりも、襲われた恨みって虐殺される方が困る。


「いいか!聖者たるニコラウス様の初陣だ!決してその偉業に泥を塗ることのないようにせよ!」

「「「おおッ!」」」


 ん?

 何か仰々しいことになっているけど、大丈夫かな?


「さすがはニコル様ですね。無抵抗の敵を前にした兵士たちもちゃんと従ってますよ」


 ネザーがそう言って僕を褒めてくれるのだが、何がどうしてそうなったのかよく分からない。

 まあ、とにかくうなずいておこう。


「糞ッ!こうなれば、死なばもろともだ!」


 のんびりとそんな会話を交わしていると、敵軍の中からひときわ豪奢な鎧を身に纏った男が現れて何やら騒いでいる。


「邪悪なる暗黒竜よ、この者たちを皆殺しにするがいい!」


 男が手に持っていた水晶を地面に叩きつけると、【バルドー山】の方向から大地を揺るがす咆哮が響き渡る。


「何が……」


 そう思って視線を向けた僕は思わず言葉を失う。


 そこには、双眸に怒りの炎を灯した漆黒の竜が、僕らのもとへと一直線に翔んで来る姿があったのだから。

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