第1話「超絶美少女」
◇
「—―あの」
「えっ」
その動きとほぼ同時に、透き通った声音が静まり返った自習室に響き渡る。
(あ、びっくりさせちゃったかな)
あまりの驚きように少し悪いことをしてしまったなと反省する柊人。
そんな彼を視界の端にとらえながら、その少女は手に持っていたシャーペンを筆箱に戻し、視線を恐る恐る彼の立つ方へ移した。
「な、なんでしょうか?」
そんな言葉と共に露わになった少女の姿形。
前述したとおりの煌びやかでそれでいて優美な黒髪のハーフアップはもとい、横顔までしか見えなかった顔はとても一言では表しきれないほどに美しかった。
スタイルもよく、後ろから見たら小柄そうに見えたその体についた二つの山はとても大きい。
まさに、絵に描いたような大和撫子。
日本人の美しさというものを体現していて、とてもじゃないが女子高生には見えない。
しかし、恰好はワイシャツに折り目のついたスカート。
そのスタイルからして中学生ではないが、高校生にしてもおかしいくらいだった。
それに、どことなく自分が通う高校の制服に似ている気がする。
余計に頭が混乱してくる。
柊人を見つめるその眼からは驚きと共に一種の余裕差を感じるほど。
それに、どこか冷たい。
見つめる瞳がすんとしている。
びっくりさせたとか言ったが、声をかけた彼のほうが少し怯んでいた。
(って、何見惚れてるんだ。普通に仕事があるだろ)
「あぁ、その。もう閉館時間なので声掛けに……勉強の途中にすみません」
「え、うそ」
すると、柊人の言葉にさらに驚いた少女はくるりと反転して机に置いていた懐中時計を手に取った。
今時懐中時計なんてどこぞのお嬢様かな、と考える柊人に時間を見た少女は慌てたように答える。
「ほんとだ。ごめんなさい、私こんな時間まで使ってて」
「いえ、別に僕はいいんですけど……」
さっきまで余裕そうだった表情を崩して、ぺこりと頭を下げる。
それを見た柊人はなんて礼儀正しい人なんだと感嘆に喉を鳴らす。
自分から言ってなんだが、思った。
このまま返すのはちょっとひどいかな、と。
どうせ、上司が帰るまではまだ一時間くらいある。
せっかくの縁だし話しておこうという気持ちになり、机に広げていたノートや参考書、教科書を閉じて片付けようとする少女を静止するように続けて尋ねた。
「あの、何を勉強してたんですか?」
「……えっと、期末試験の勉強です」
「定期試験。そういえば、僕もそろそろだった気がしますね」
「気がするって……勉強、しないんですか?」
ぼーっと答える柊人に少女は尋ねる。
その反応を訝しげに見つめている。
「しないといけないですね……そこまで勉強得意でもなくて気乗りしないっていうか。君は?」
「私はその、得意なほう……どちらかといえば?」
「ほぉ……あ、じゃあちなみに好きな教科は?」
「好きな教科はないけど、得意なのは数学です」
衝撃な
嫌いすぎる科目の名前を聞いて、気づかないうちに一歩下がっていた。
あからさまな体の反応に本人は気づかないまま苦渋の表情を浮かべる。
もちろん、それを見ていた少女は不思議そうに見ていた。
「あ、あの、私何か変なこと言いました?」
「えっ――あぁ」
(やばい、あまりにも嫌いなせいか体が勝手に……)
「その、数学が苦手って言うだけで……まぁ、どっちかと言えば理系科目全般なんですけど」
柊人は少し恥ずかしそうに頬を赤らめ、視線をすっと逸らして呟いた。
それを見つめていた少女は拍子抜けだったようで、反応に困ったのかポーッとした顔をする。
「す、すみません。なんだかくだらないですよね」
変なことを言ってしまった。
初対面のそれも尋常ならざるほど綺麗で美しい女の子に。
後悔の念で頭を抱えて、穴でもあるなら入りたい。
「あぁ~~や、やっぱり今のなし。は、恥ずかしいので、ほんとっ!」
ぐぐぐっと身を縮こませる名前の知らない男の子の姿に、冷たい視線を貫いていた少女は少し表情を崩す。
「……っふふ、苦手で体が逃げてるの?」
「えっ――」
唐突に見せる笑み。
はにかむ様に、申し訳程度に拳で口元を隠す姿は男子が見たら一発で惚れるであろうものだった。
全力で笑っているわけではなかったが、それが故に可愛らしさがあって少しバツが悪くなって柊人は再び視線を逸らす。
「ごめんなさいっ。なんだか、反応が面白くて」
「は、反応?」
「最近は私のことをまじまじ見てくる人ばっかりだったし、言い寄ってくる人多かったから自ら墓穴掘るあなたみたいな人って新鮮で」
「ぼ、墓穴掘ってるわけじゃ……いや、そうかも」
「っふふ」
今度は違う意味で肩を震わせる少女。
それはどことなく新鮮味があって、柊人は対応に困り、口を噤む。
すると、少女は参考書を一冊手に取りばぁっと広げて表紙を見せる。
(古文……?)
「あなたにだけ弱点言わせるのは少し悪いから。強いて言えば……そうね、現代文が苦手かな」
「あ、あぁ。苦手な科目ですか」
「うん。だって、あなたにだけ言わせるのなんだか癪だもの」
「別にわざわざ弱点言わなくても」
「最初に言ったのはそっちだけど?」
「うっ……」
ぐさりと胸に刺さる言葉。
先に仕掛けたのは紛れもなく柊人だった。
(にしても……律儀な人なんだな)
さっきの行動からして当然かなと感じつつ、柊人はふと視線を合わせる。
パチパチッと綺麗に開いた瞳。艶やかに並んだまつ毛。
瞳の色は相変わらず行くのような白銀色。
まぁ、こんなに綺麗だったらそりゃいろんな人に言い寄られるものだ。
少し見つめるだけでも虜になってしまいそうだ。
すると目が合って、少女は自分の前髪を触りながら尋ねてくる。
「ねぇ、何かついてる?」
「え、いや! 別に」
「そう? ならいいんだけど……てあっ、ごめんなさい。そういえばもう閉館するんだよね」
指摘されたから気が付いた。
少女と話していたせいか、自分が何をしに来たのか忘れていた。
すぐに頷き、手元の時計に視線を移す。
「ん、あっ! そ、そうです! 二十時までには閉めるみたいなので、それまでには」
「あと十五分しかないじゃない」
「でも、別に急がなくても出るだけですよ?」
「……い、いやぁ」
柊人の言葉にその少女は慌てたようにせっせと参考書やノートを鞄に仕舞いだした。
別にそこまで慌てなくても、入り口までは歩いて五分もないくらいだ。
なぜかと尋ねると、少女は目を合わせない。
すると、バツが悪そうにこう答えた。
「そ、その……お手洗いに行きたいなって」
「あっ――――うん、そっか、ごめん」
「別に謝らないでよ。あなたは悪くないんだから」
「え、うん。ははは……」
そうして、少女は恥ずかしそうに自習室の前のトイレの扉を開けて入っていく。
その背中から視線を逸らし、柊人は思う。
年頃の女子になんてことを言わせてしまったのかと。
◇
結局、柊人は壁に背中を預けながら少女が出てくるのを待っていた。
別に知らない人ならここで帰ってもおかしくないのに、頼まれてなくてもなぜか体が勝手に待とうとしていた。
彼女のことは知らない。
話し方も、そしてその立ち振る舞いも。
あの美しく冷たい視線も、すらっと伸びている綺麗な黒髪も。
そして、不意に見せた笑顔でさえも知らないものだ。
しかし、少女を見ていると胸がザワつく気がする。
どこかで、昔どこかで会ったかのような――そんな感じだ。
知らない人のはずなのに、絶対に見たことがない人のはずなのに。
引っ掛かってままならない。
「—―ん、あれ。待っててくれたの?」
ぼーっと天井を見つめながら考えていると奥の方から少女がハンカチで手をふきながら歩いてきた。
壁を背に待っている柊人を見て、少し驚き混じりの声をあげる。
「うん。ここまで話しておいてなんか先行くのもあれだし。それに僕も
「そっか。やさしいんだね」
「ははは……よく言われますね。僕って結構地味な顔してるから」
「何それ、もっと自信持てばいいのに」
そう簡単な話でもない。
ただ、隣に並ぶ少女が思ってしまうのも必然か。
(嫌味……って思うのかな、今の女子が聞いたら)
「ん、どうかした?」
「いや、別に」
「ならいいんだけど……じゃあ、行く?」
「はい。いきましょうか」
ぽろっと一言。
まだ少しだけ、ぎこちないさ漂う二人は一緒に図書館から出ることになった。
そのぎこちなさの原因なんて、二人はまだ知ることはなく。
あとがき
ケーキうまかた。
面白いなと思っていただけたらぜひフォロー、応援、コメント、そしてレビュー☆三つをお願いします!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます